森の中のお茶会
「操縦するボディが増えたらゾンゲイルの負担が増えるんじゃないか……」ユウキは難色を示した。
「平気。見て」
ゾンゲイルは二体のボディを同時操縦し複雑なダンスを踊った。
キレがいいだけではない。二体のボディの指先にまで意識が通っているのが見て取れた。全メンバーは唖然とした。
シオンは青ざめた顔でユウキに耳打ちした。
「信じられない進化スピードだね……正直、そら恐ろしいよ」
「な、仲間の進化を恐れるなよ。お前も同じくらい進化しろ」
そうは言ったもののゾンゲイルの得体の知れない進化力には、ユウキも畏怖の念を覚えざるを得なかった。
しかしゾンゲイルは屈託なく言った。
「後でユウキにも教えてあげる。体をたくさん動かす方法」
「お、俺は体はひとつしかないぞ」
「増やせば? 万能肉で」
「増やせるのか?」ユウキはシオンに聞いた。
「か、考えたこともなかったよ。人間が体を増やすだなんて」
シオンは青ざめた顔で首を振った。
「体が増えると便利。今は私の体を増やして。もっと働きたいの」
「うーん……」ユウキは思わず腕を組んだ。
「もしユウキが先に自分の体を増やしたいなら……譲ってもいい」
「いやいや、そういうことじゃなくてな。ゴーレムを増やしたいんだよ」
「どうして? ゴーレムは細かく命令しないと役に立たない。だけど私なら簡単に命令するだけでどんな複雑な仕事もする。私の方が便利」
「それはわかってる。でもゴーレムなら危険な仕事をさせたり、敵の壁にしたりできるだろ」
当然、ゾンゲイルにそんなことはさせられない。だからゴーレムを作りたいのだが……ゾンゲイルは恍惚とした表情を浮かべた。
「私、使い潰されたい!」
「…………」
「危険な命令をされて敵の壁になって潰れてみたい! 私、もっともっと道具扱いされたい!」
人権無視されることを想像して恍惚とするゾンゲイルにユウキはドン引きした。
だが人工精霊には人工精霊なりの喜びというものがあるのかもしれない。
「わかった……そうまで言うなら、万能肉で作るのはゾンゲイルの新たなボディだ」
「嬉しい!」ゾンゲイルはユウキに勢いよく抱きついた。
*
シオンは一階の作業所で万能肉を人型に整形する作業に精を出していた。
手伝えることもなさそうだったので、ユウキは一休みするため自室に戻った。
作業着のポケットのiPhoneがWifiの範囲に入ると通知が来た。ユウキは我が目を疑った。
「ま、まじかよ。またオレの書いたテキストが売れていただと……」
しばらくチェックしていなかった間に三個も売れていた。
かつてない豊かさを感じたユウキは、ベッドに寝転がってAmazonを眺めた。
「うーん。買っちゃうか」
前々から欲しいと思っていた運動用のアイテムを勢いで買ってしまう。
その後、妹にLINEでメッセージを送る。
「明日の夜、オレ宛にAmazonから荷物が届くから、悪いけど受け取っておいてくれないか」
最近の戦いで次元のクリスタルが進化し、現世へのポータルの大きさが直径7センチにまで拡張されていた。
そのため購入したアイテム……Apple Watchの箱をこっちに持ってくることも可能のはずだ。
先ほど注文したApple Watchは最新型ではなく安い型落ちのモデルである。だが、心拍計がついているし、一日の運動量を教えてくれる機能もついている。
時計ごときに2万円も出すのは浪費かもしれない。しかしApple Watchさえあれば、『体を鍛える』と言うシオンとの約束を守れそうな気がする。
そのようなことを自らに言い聞かせて自己疑念を乗り切っていると、妹から返信が来た。
「荷物の件、了解したぞ。受け取ってユウキの部屋に置いておこう」
『ありがとう」と言うスタンプを妹に送ったところで、iPhoneが予定の通知を表示した。
「おっと……今日は迷いの森の精霊のところに遊びに行く約束だったな」
ベッドから身を起こしたユウキは残しておいたゴモニャのモコロンの箱を抱えると自室を出た。
*
迷いの森をしばらく進むと木陰から視線を感じた。
「ケロールか?」
木陰から緑色の髪の少女が現れた。
「遅いケロ。主人が待ってるケロ」
今日は人間体だ。ほぼ裸の上に、ぬめぬめした素材の雨がっぱのようなものを羽織っている。カエルに欲情したくなかったので、あまり裸を見ないようにしながら言った。
「今週は色々あってな。大変だったんだよ」
「その内容を主人に話してさしあげるケロ」
「そうだな」
午後の柔らかな日が差し込む深い森をケロールと並んでてくてくと歩いていくと、急に木立が開け、静かな沼が目の前に現れた。
その沼のほとりに苔むした木の幹が横たわっており、そこに妙齢の女性が腰をおろしている。迷いの森の精霊だ。
擦り切れた年代物の巫女装束らしき服がよく似合っている。
精霊の隣に腰を下ろすとユウキはふと気になったことを質問した。
「そういえばあんた……名前、なんていうんだっけ?」
「名前……じゃと?」
「ああ」
迷いの森の精霊は手にした『共通語入門』に目を落とすと急いでページをめくった。
「いや、あんたの名前はそんな本には書いてないだろ」
「わからんのじゃ。わらわの名前が……」
「それは元から名前を持ってなかったってことか? まあ精霊だもんな」
「いいや。わらわは元はといえば普通の人間じゃ。千年も昔、この森の主である大蛇の怒りを鎮めるために、近くの村から生け贄に捧げられたのじゃ」
「まじかよ。人権的に大いに問題のある話だな」
「まあそれは良いとして、その後いろいろあって、気がつけばわらわ自身が森の主となっておったと言うわけじゃ」
「人に歴史あり、ということだな」
「わらわの名前は……確か『イ』から始まって、『ラ』で終わった気がするのじゃが……」
「うーん。イーラ?」
「それは違うのじゃ」
「イクラ?」
「それも違うのじゃ」
「ケロケロ。お茶の用意をするケロ」
ケロールは木のウロから錆びたヤカンと縁の欠けたマグカップを取り出し、お茶の支度をはじめた。
森の精霊はなおも膝の上の『共通語入門』を忙しくめくりながら、自分の名前を探していたが、当然そんなところに彼女の名は見つかることはなかった。
「イアラ?」
ユウキが何度目かの当てずっぽうの名前を言うと、精霊は顔を上げてこちらを見た。
「お、まさかの正解か?」
「それも違うのじゃ。でも……なんだか好きな響きじゃ」
「それならイアラということにしよう。現代では自分で自分の名前を選ぶのが普通だからな。あ、そうそう。これ、お土産だ。ゴモニャのモコロン」
「ゴモニャのモコロン?」
ユウキはソーラルの由緒正しき老舗の菓子店、ゴモニャの歴史について語った。
そして、ゴモニャのマイスターが手塩にかけて作り上げる貴重なモコロンを食べながら、森の精霊とユウキ、そしてケロールはお茶を飲んだ。
ふいに精霊はお茶のカップから顔を上げた。
「……わらわは気に入ったぞ」
「モコロン、美味しいよな」
「確かに美味しいのう。でも気に入ったのは名前のことじゃ。イアラ……わらわのことはそう呼んでくれぬか?」
「わかった。イアラ……生贄に捧げられたからと言って、人類への復讐を考えるのはやめてくれ」
「べ、別にそんなこと考えておらぬ。闇の女神に協力しようとしたのは、ただ面白そうだったからじゃ。わらわは面白いことが好きなのじゃ……」
そう言いつつもイアラは膝にカップを乗せたまま黙ってしまった。
「…………」
沼のほとりに濃い静けさが漂う。
ユウキはスキル『沈黙』を発動し、その静けさを受け入れた。
沈黙の中、木々とお茶とモコロンの香りが胸に滲み入る。
最近の戦闘でささくれていた神経が癒されるようである。
その静けさを味わっているとイアラが呟いた。
「ユウキは面白いから好きじゃ……」
別にオレなんて面白くもなんともないぞと謙遜しかけたが、とっさにスキル『受け取る』を発動し、褒め言葉をグッと胸に飲み込んで吸収した。
「嬉しいよ」
「本当か?」
「ああ……それにオレも……この森やイアラが好きだぞ」
「こ、こんなところ、静かでつまらないじゃろう?」
「静けさは現代人にとって最大の娯楽だ」
「わらわとなぞ話しててつまらないじゃろう」
「そんなことないぞ。話してて落ち着くぞ」
「じゃがもう何も話すことが思いつかないのじゃ。人間と話すときは何か気の利いたことを話さなければならないのじゃ」
イアラはまたペラペラと忙しなく膝の上の本をめくりはじめた。だが当然、そんなところに何か面白い話題が書いてあるわけでもない。
ユウキは実体験からアドバイスしてみた。
「別にずっと黙っててもいいが、もし何か話したいなら、適当な世間話でも話してみたらいいんじゃないか?」
「せ、世間話じゃと? それはどうやってやるのじゃ?」
「例えば天気の話とか」
「きょ、今日は天気がいい日じゃな……こうか?」
「ああ。うまいな」
「次は何を話せばいいのじゃ?」
「身の回りであった何か面白いこととか……」
「面白いことなぞ特にありはしないのじゃ、こんな森の中には。そうじゃろう、ケロール」
「そうケロ。森の中は特に代わり映えのない毎日が永劫のごとくに続くケロ」
「だったら……身の回りであった、ちょっと変わった出来事の話とか……」
「変わったことならあるぞ。そうじゃろうケロール」
「あるケロ! 変わったことはあるケロ!」
「なんだ? 古い木の幹が倒れたとか、そんなところか?」
「ふふふ。聞いて驚くでないぞ。なんと人間どもがこの迷いの森の中で争っておるのじゃ」
「へー。わざわざこんな森の中で争うなんて、ずいぶん物好きな奴らだな。そもそもこの森は迷いの魔法がかかってるんだろ。大丈夫なのか?」
「まったく大丈夫ではないようじゃ。この森で争う愚かな人間二人は、剣と魔法で戦いながら互いに道に迷ってしまい、ぐるぐる同じ場所を幽鬼のごとくさまよいながら、半死半生で戦い続けておるのじゃ」
「哀れな話だな。戦いは何も生まないというのに」
「おお、話をすれば、奴らがこの沼に近づいてくるところじゃ。戦いに巻き込まれてはつまらぬ。少し遠ざかろうかの」
「そうするケロ。セカンドハウスに行くけろ」
イアラとケロールは、本と茶器を持って倒木の幹から立ち上がった。
ユウキもモコロンの菓子箱を持って立ち上がり、沼に背を向けて木立に向かった。
だがそのときふと気になって背後を振り返った。
一体どんな愚か者この迷いの森の中で争っているのか。
「…………!」
沼の対岸にまず姿を現したのは、白髪の初老の男であった。
男は頭蓋骨から作られた兜を被り、右手に禍々しい捻れた杖を持ち、左手にはやはり巨大な哺乳類の頭骨から作られた盾を構えている。
男は疲労の限界に達しているのか、杖に掴りながらよろよろと沼のほとりに歩いてきた。木の根につまずいて今にも転びそうである。
そんな男を追って、木立の中から一人の女が現れた。
彼女が羽織る厚手のマントは泥だらけになっている。
顔にも太ももにも泥が塗りたくられており、戦争映画に出てくる特殊部隊のような凄みを感じる。
彼女はよろよろと歩きながらもキッと顔を上げて叫んだ。
「ついに追い詰めたわ。ネクロマンサー! ここがあなたの死地よ!」
男は倒れそうになりつつも杖に掴まって体を支えて叫び返した。
「ふ、ふ、ふははははは! 死地だと? 命を奪うことを恐れる壊れたエルフのお主が、この俺様に死を与えることなど本当にできるのか?」
「確かに……最初の交戦であなたの命を奪えなかったのは長き平和で私の心が弱っていたからよ。その甘さがこうも戦いをなびかせることになったことは後悔しているわ。でも……次は必ず殺すわ」
「ふはは。できるのか? 塔の攻略は失敗に終わったが、そのぶんお前との戦いに俺様は全力を振り向けられるってわけだぜ」
男は懐から取り出した骨片を沼に投げ入れた。
瞬間、沼の中から泥でできたゴーレムが姿を現した。
イアラがユウキの作業着を引っ張った。
「あまり見てると巻き込まれるかもしれぬ。早く遠ざかるのじゃ」
だがユウキはレイピアを鞘から抜くエルフから目を逸らすことはできなかった。
「まだ戦ってたのかよ……エクシーラ……!」
完全に戦後の気分だったが、戦争はまだ終わっていなかったのである。
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