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私が本を買う理由

作者: 薄荷グミ

 最近、書籍の売り上げなどに関して「初動が~」「電書が~」といった様々な意見をよく耳にする。私は書籍化作家ではないし、趣味で気ままに書いているだけ(もちろん本になるのなら嬉しいが)なので、読者の一人として「本を買う理由」を書いてみようと思う。出版業界とは一切関係のない、ごくごく私的な内容だ。



 読書の楽しさを知ったのは小学三年生の頃だ。

 国語の授業で、図書室で本を読むという時間があった。当時どういう気持ちで選んだのかは覚えていないが、そのとき手に取ったのがアレクサンドル・デュマ(ペールの方、大デュマ)の『三銃士』だった。思いのほか面白く、授業の終わり際に借りて夢中になって続きを読んだ。


 以来、学校の図書室や市立図書館に足を運ぶようになった。この時点で大人に一歩近づいたと勘違いし、最初に夏目漱石に挑んだ。このとき『坊ちゃん』を選んでいなかったら、私は読書嫌いになっていたかもしれない。

『坊ちゃん』を読んで、「漱石おもしろい。そりゃ千円札になるわ」と思った。『吾輩は猫である』は少々苦戦したが読めた(理解度は二割もなかったかもしれない)。『こころ』はさっぱりわからなかったが、それでも読めた。だから、太宰治に手を出した。

『走れメロス』は楽しく読めたが、『人間失格』でボコボコにされた。このとき小学四年生、十歳だった。鴎外に挑戦する気概はなくなっていた。その後は星新一と宮沢賢治を好んで読んだ。図書館で妙齢の司書のお姉さんに薦められて、あさのあつこも読んだ記憶がある。


 中学生になると、部活で時間的にも体力的にも読書をする余裕がなくなってしまった。我が家では高校生になるまではお小遣い制ではなく、いわゆる申告制だったのだが、遠慮がちだった私は本をねだることができなかった。反抗期だったし。この三年の冷却期間が、私の本に対する姿勢を大きく変えた。


 高校生になり、お小遣い制が解禁されてからも、しばらくは自由に買い物ができなかった。そもそも不慣れであったし、部活は消耗品が多かったために余裕がなかったからだ。ただ、定時制課程を擁する学校だったため部活は午後五時までしか活動できず、時間的な余裕は結構あった。

 ふと『坊ちゃん』を読み返したくなり、学校の図書室で借りることにした。借りて、愕然とした。


 読めなくなっていたのだ。


 歴史ある高校で、本も年季が入っていた。だからだろうか。集中して読むことができなかった。小学生の頃は楽しく読めた作品に、まったく入り込めなかったのだ。

 『坊ちゃん』を返却しようと部活の昼練前に図書室へ向かうと、図書委員になったクラスメイトがいた。同好の士認定されて仲良くなり、色々と語り合ったり薦め合ったりした。そして後日、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『魔法使いハウルと火の悪魔』(ハウルの動く城の原作)を貸してもらった。


 読めなかった。

 私と本との間に、なにか厚い壁が存在しているかのような感覚を覚えた。


 このとき、私は悟った。借りものでは読めないと。

 私にとって読書とは、本腰を入れて取り組むものだった。それは、ある意味では魂を削っているようなものだったのかもしれない。

 中学の三年間、私が触れた書籍は教科書・辞書・参考書・問題集といった、新品かつ自分専用のものばかりだった。他人が使ったものに触れる機会が、極端に減っていた。

 だから、高校で『坊ちゃん』を借りたとき、友人から『魔法使いハウルと火の悪魔』を借りたとき、「他人が読み、宿していった魂」のような何かに阻まれる感覚を味わったのだ。無地のキャンバスにしか描けなくなっていた。


 それ以来、私は読みたい本があれば買うようになった。新刊を追うこともあるが、基本的には読みたいと思ったときに買う。長々と書いたが、それだけだ。作者を応援するとか、そういった気持ちで買ったことは一度もない。作者が好きで買う、ということはある。買った本は、何があっても他人に貸さないようにしている。



 本腰を入れて、魂を刻みこむかのごとく読むという姿勢の都合上、ある時期までラノベには偏見を持っていた。電子書籍に関しても、魂が宿る気がしなくて敬遠していた。


 そんな私を変えたのが、伊坂幸太郎と有川浩(現在の筆名は「有川ひろ」である)だ。

 あるとき、伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』を購入した。表紙買いだった。個性的なキャラクターが軽やかに銀行強盗を行うが、対立するのは警察ではないという作品なのだが、あまりの軽快さに魂を刻みこむのを忘れてしまうほどだった。その感覚が新鮮で、既刊はすべて購入した。『オーデュボンの祈り』で初めて読書で泣くという経験をし、ほとんどの作品で「そうきたかぁ!」という驚きと爽快感に打ち震えた。

 

 読書でストレスを発散できると知った私は、軽い気持ちで読むことを受け入れられるようになっていた。そんな時、有川浩の『図書館戦争』シリーズが目に留まった。なんとなく六冊すべて購入し、『陽気なギャング』以上の衝撃を受けた。


 涙が止まらなかった。

 ページをめくる手も止まらなかった。


 軽い筆致で、重厚なテーマとともに描かれたラブコメに、号泣した。それはもう、ことあるごとに泣いた。ちなみに、何回読み返しても泣く。堂上教官と私は背格好が似たようなもの(筋肉は劣っているが)で、高校の頃好きだった子が郁と概ねイメージが一致するのが悪い。

 そして作家買いをした。ラブコメものは全部泣いた。『塩の街』が電撃大賞だと知り、「ラノベもありじゃね?」と思うようになった。単純。単純だから、高知にも行った。



 そんなこんなでラノベに対する偏見が取り払われ、ついでに読書で魂を削ることもなくなった。だから電子書籍もいまでは受け入れているし、積極的に活用している。絶版となっていても入手できる可能性があるのは便利だし、本棚を圧迫しないのも非常にグッド。

 本棚のレイアウトにはこだわりがあるので、ラノベ、特に四六判の書籍はすべて電書で購入している。新刊を追いかけている作品に紙と同発でないものがあるが、これはもやもやする。本棚の見栄えのために我慢するけど。



 魂を削ることはなくなったが、他人の魂が宿った本は未だに読めない。だから新品を買う。



 叶うなら、私も「初動が~」とか呟いてみたい。そろそろ長編投稿しなきゃ。




蛇足


既刊をすべて購入している作家は以下の通りです。()内は旧筆名


・アガサクリスティ(原著込み)

・有川ひろ(有川浩)

・伊坂幸太郎

・秦建日子

・湊かなえ

・宮部みゆき

・吉本ばなな(よしもとばなな)


両片思いラブコメはいいぞ(小声

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふと、図書館で借りた本を読んで内容が入ってこなかったというところと、そこへの主人公の戸惑い。ふと気付いてハッとした感じが出ていたと思います。 [気になる点] 自分で買った物しか読めない、読…
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