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とある神父の一人旅  作者: 旅をしたい
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5話 決別

 



 サリアは、いわゆる年長組であり、その中でも一番の世話好きであった。

 怪我をして、サリアにびぃびぃと泣きついたことも幾度かあったものだ。

 腕の中で震えるようにすすり泣く彼女からは、そんなかつての闊達かったつとした姿を知るだけに、よりみるような痛々しさを感じた。


 しばらくの間、昔そうしてもらったように背中を撫でてやると、サリアは少し落ち着きを取り戻したかと思いきや、慌てたように言葉を紡いだ。


「いけないわ、アイツに見つかる前に、ここから離れて。目をつけられたら、恐ろしいことになる」


「落ち着いてください姉さん。いったい、何があったのですか?」


 サリアは忙しなくキョロキョロと辺りを見回し、ドアを開いて孤児院内にも人がいないことを確かめる。

 それでもソワソワとしながら、手で囲いを作って小さな声で端的に告げた。


「この孤児院の院長はバケモノよ。きっと悪魔に魂を売ったか、あの男が悪魔そのものだわ」


 あまりにもあっさりと告げられた真実に少し呆然としていると、サリアはさらにまくし立てるように言葉を続ける。


「奴隷商から子供を買って、貧民街から連れてきて、しまいには親のいる子供にまで! それで自室に子供を連れこんで、一人で出てくるの! 何をしてるのかは知らないけど、おぞましいことには違いないわ。

 ……わたしも、アイツに穢された。もう、神に仕えることもできぬ身であるというのに、アイツは、わたしを逃がす気はないの」


 サリアの新緑の瞳は、複雑な色に燃えさかっていた。

 悪魔のようなモノへの恐怖。

 子供たちを害し、自らを穢されたことへの怒り。

 なにもできなかったことへの罪悪感。

 逃れようのない状況への諦念。

 そして新しい風を運ぶかもしれない、自分への期待。


「事情はなんとなく察しました。とりあえず、場所を変えま――」


「おやおや、お客様でしょうか?」


 狙ったように会話を遮った声に、サリアが反射的に小さく悲鳴をあげた。

 扉から現れたのは酒場の男が言っていたとおりの、たいそう肥えた大男であった。

 弛んで見えてるのかも怪しい目をさらに細く広げ、大男は形ばかりの笑顔をつくる。

 私はそれから、確かに人間あらざる穢れたものを感じた。


「ようこそ当孤児院へ。私は院長を務めますガルトフと申します。私たちは貴方を歓迎しますよ」


 体に似合わず、妙にかん高い耳にさわるような声で、ガルトフと名乗った大男は握手を求めて手を差し出した。


「これは丁寧に。私は名乗るほどの名もなき放蕩ほうとうの身。懐かしき旧友の顔を見たく、ただ立ち寄っただけのことです。大それた歓迎は、日陰者には眩しすぎるゆえ、ご勘如を」


 そういって頭を軽く下げるだけにおさめ、突き出されたその手を無視する。

 ガルトフは気分を悪くするでもなく、変わらず笑顔のままだ。


「ほぅ、サリアくんの知り合いでしたか。そうご謙遜されなくとも、ここは神の慈悲の庇護下にあります。貴方様も神の子の一人、どうぞごゆるりと寛いでいかれてはどうでしょう」


 その言葉を聞いて、サリアが今にも殴りかかりそうな憤怒の形相を浮かべる。

 どの口が畏れ多くも神の名をかたるか!

 そんな思いがヒシヒシと伝わってくる。


「私は神の子ではありません」

「なっ!?」


 サリアとガルトフ、両者が一様に驚きの声をあげる。

 普通、教会の支配圏内でこれほど正面きって聖職者の目の前で、神を拒否する者はいない。

 それは異端となる行為であり、場合によっては火刑に処されるからだ。

 サリアは自分が司祭となったことを知っているだけに、その驚きはなおさらだろう。


「これはこれは、異なことをおっしゃる。我らは等しく神の血を受け継ぐ選ばれし人間。兄弟の間で、無粋なことはお辞め願いたい」


「貴方と、兄弟であった覚えはありません」


 ニィィと、ガルトフは初めて感情を露わにし、身がすくむような壮絶な笑みを浮かべた。


「ほっほう! では、異端の子よ! 私は貴方を審問せねばならないようです! 罪深き穢れた異端者の魂を、捨て置くわけにはいきませんからなぁ」


「なるほど。この国は、ずいぶんと異端の子で溢れているのだな」


「なんと!?」


 昨今の教会の腐敗はとどまることを知らない。

 神という崇高なる概念すらも、金というバケモノの前に飲み込まれつつある。

 不正な搾取で私服を肥やす教会は国すらものっとる勢いで拡大し、そうとは知らぬ敬虔な信徒はただひたすらに貪られる。

 悪意が満ちている。

 神の威光をもってしても、もはや抑えきれなくなっている。


「これは噂だが、あなたの悪意ある風評もまことしやかに出回っている。気をつけられよ」


 ここまで言ってしまっては、もはや敵対の道しかない。

 聖職者の殺害、またはそれに準ずる行為は最大の禁忌である。激しい拷問の後に車輪ひきにされ、一ヶ月の間死体を衆目しゅうもくに晒されて、最後に骨が灰になるまで燃やされる。

 魂すらの救済もない、絶対の禁忌に自分は手を伸ばすことになるのだろうか。


「くっくっ、どうやらあなたは、命を粗末に扱う者のようですね」


「一人旅の者など、そのような輩しかおらんでしょう」


 殺意がほとばしる。

 ガルトフはそのたるんだまぶたを上げ、悪意に染まりきったようなその粘っこい殺意の眼をのぞかせていた。

 人を殺すことをなんとも思わぬような、濃厚な死の気配を孕んだ殺意だ。

 この太った男が機敏に動けるとは思えないが、油断を許させないような何かがある。


 重心を落として戦闘に身構える。

 感覚を研ぎ澄まし、相手の一挙一動に警戒を広げる。

 限界まで張りつめられた空気がいまにもはち切れそうだ。

 いっそのこと、先手を撃つか。


「や、やめてください! お二人とも! 神の庇護下で血を流すおつもりですか!」


 サリアはそう叫ぶやいなや、自分を掴んでガルトフから引き離すように引っ張った。

 ガルトフは興ざめしたようにこちらを見るだけで、特に手を出してはこなかった。


「旧友と、積もる話がございます! 今日は幾ばくかのお休みをいただきますので、御容赦を」


 それだけ言い残すと、サリアは逃げるように自分の手を引きつつ駆けだした。

 自分はそれにされるがまま、ガルトフから目を離さずに孤児院から退散した。

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