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とある神父の一人旅  作者: 旅をしたい
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2話 過去との対峙

 


 私には、両親という者がいなかった。

 手を繋ぎ楽しげに談笑する親子を見ては、孤児の私は、なぜ自分には大きな人間が助けてくれないのか、と疑問に思っていた。

 そして、いつか大きな人間に自分も選ばれるのだろう、と期待を抱いていた。

 残飯を漁り、金をかすめ取り、それでも腹を空かしていた幼少期。お前は捨てられたのだと、孤児仲間に言われるまで幸せへの淡い幻想は続いていた。

 教養もなく精神も未熟なガキ(・・)が現実を受け入れるのは容易ではない。自分は仲間内と、喧嘩別れをした。


 大きな節目は、孤児院に運良く拾われたことにより訪れた。

 自分には、法術と呼ばれる、奇跡を顕現する才能があったのだ。だがそれとは関係なしに、孤児院の先生は慈悲深い人であった。

 歳の違う兄弟たち、優しく心強い先生、残飯とは比べようもない温かな食卓。


 それ見たことか、自分には強い大きな人間がいる。

 自分の正しさを、境遇への自慢を隠しきれず、かつての孤児仲間の場所へと足を運んだ。

 それが愚かで残酷なことだと、かつての無知な私は分からなかった。


 だが私は、集団リンチにあう羽目にも、罵詈雑言を浴びせられることにもならなかった。

 昔から見知った顔が、地面に転がっていた。

 それは野犬に脚をしゃぶられていたり、ほろけた顔で壁にもたれていたり、孤児であった自分が幾度かは見てきた、うごかなくなった人であった。


 思えば、あの光景が、すべてを愛するという神への猜疑(さいぎ)心の種となったのかもしれない。

 彼らは罪を繰り返したからだと、自分に言い聞かせた。

 しかし、同じ罪を繰り返していた自分は、果たしてどうなるのかと。

 心をむしばむように、恐怖が滲んだ。

 その時、ひたすらにゆるしを乞いて懺悔を重ねていれば、自分は敬虔けいけんで信心深い信者となっていただろう。


 しかし、私は拒絶した。


 死んでたまるか、神なんてものは嘘っぱちだ! 

 かつて苦しみを共に耐え抜いた者たちの、そのあまりにも強烈な死の有様を前にして、死への忌避感はまるで怒りか憎しみのように燃えあがっていたのだ。


 鼻の奥を貫くような悪臭、ハエがたかりうじうごめく腐った体、それを喰らう鳥獣、真っ暗な眼窩がんか

 今でも鮮烈に思い出されるその様に、私は満腔まんこうの怒りをもってして神を拒絶した。


 結局、自分は生活の糧を得るために、教会所属の神父となる道を選んだ。

 気づけば、神を信じきることができない、どうしようもなく中途半端な神父である自分がいたのだ。

 死から逃れるために、切り捨てた過去の思い出。

 自分の人生の歪の始まりの地である、その都市が姿を現していた。




 歩き続けること二週間、途中の村や町に寄りつつ歩を進め、見えてきたその都市は海に近い大きな交易都市である。

 大陸の玄関口とまでいわれるこの都市では外界からもたらされる様々な商品と、それらを運ぶ商人や旅人たちにより、運航期は大いに賑わいをみせる。

 幼い自分は異国の見たこともないような不思議なものがたくさんあったことを覚えている。

 だからだろうか、旅と聞いたときにこのあまり思い出したくない生まれ育った地が浮かんだのは。


「……分かりませんね」


 その姿を見れば、少しは感慨か、あるいは感傷めいたものがあるのかもしれないと思っていた。

 だが、実際には大きな都市に辿りついたのだという、ただそれだけの感情だった。

 ただ、ここまでの道中これほどまでに歩き倒したのは生まれて初めてであり、普通の運動とは違う歩行の辛さを味わったのだが、そういう意味ではひとつの目標地点に辿りついたことは感慨深い。

 乗り合い馬車を使わなかったのは、これから歩く機会が増えるだろうことを予想してだ。


 この都市は交易都市であるため非常時でもない限り、都市の出入りに検問がなされることはない。

 海側に作られた強固な防壁と違い、おざなりなその出入り口の端には、見張りの兵士が欠伸あくびをかみ殺していた。


「もし、お尋ねしてもよろしいですか?」


「おっと、これは失礼。どのようなご用件で」


 その兵士は慌てて顔を整えるとこちらに向き直る。


「旅の身のゆえ、宿場町の場所を教えてもらいたいのです」


「へぇ、一人旅ですか、珍しい。うーん、そうですねぇ……」


 目の前の歳若い兵士が頭を悩ませていると、後ろで聞き耳を立てていたもう一人の兵士がニヤニヤと笑いながら割り込んできた。


「あんた、犯罪でもやらかしたのかい? それとも、女に振られちまったかよ」


「先輩! 何を言い出すんですか!」


「なぁに、男一匹はぐれ旅、そんな奴ぁだいたい犯罪者だと相場が決まってんのよ」


 憤る若い兵士をもてあそぶように、中年の男はそう返した。

 確かに、自分ははたから見れば怪しいやからに見えるのかもしれない。

 村に寄った際、水をもらうだけでも警戒されていたのは、単に排他的なだけではなく、そのような事情があったからなのだろうか。

 これはとんだ誤算であった。


「で、どうなのよ、あんた」


「どちらかといえば、後者ですかね」


「おぉ! そいつはいけねぇや! わりぃな、変に勘ぐってよ。証明書もなくて一人なら、”海蛇の岩穴”がお勧めだぜ。ちっとやべぇ奴らもいるが、それもご愛嬌ってな! 宿場町は港の出入り口付近に広がってるからよ、そこで尋ねりゃ一発だぜ」


 中年の兵士は、親切にも大げさな身ぶり手ぶりを添えてそう説明してくれた。

 酒を飲んでるかのようによく喋る男だが、単に仕事が暇なのかもしれない。


「ありがとうございます。しかし、犯罪者かもしれない私を、野放しでいいのですか?」


「あぁ? 捕まりてぇのか?」


「いや、それは勘弁を……」


 だけど、怪しい怪しいと言われた自分を、あんな雑な言い訳で通してしまうというのも、都市を守る一兵士としてどうなのか。


「あんたは、そっち(・・・)の奴にはみえねぇしな、口調といい、物腰といい。それに、交易都市ってのはな、色々と寛容・・なのさ」


 ニヤリと笑うそれは、まさしく悪い顔であった。

 本来の神父であるなら、ここで説教のひとつや二つしなければならないのかもしれない。

 しかし自分はもう、ただの旅人だ。ここはそういう文化なのだと、柔軟に受け止めねばならに。


「先輩!!」


「おっと、いまの話は内緒だぜ? ま、だいたいの奴が知ってるけどよ。だから俺たちは、ここで欠伸あくびをかみ殺してるわけだ」


 ヘラヘラと今度は皮肉気な笑い。

 よく笑う男だ、しかし、親しみを覚えてしまいそうな魅力がある。説法の仕方は心得ていても、このような話し方には疎い。

 今日はひとつ、この男を参考に酒場でものぞいてみようかと、そんなことを考えた。


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