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とある神父の一人旅  作者: 旅をしたい
13/13

13話 奴隷たち

 

 私が移された部屋ではたくさんの奴隷たちが雑魚寝になっていた。

 入ってきた私に見せた顔には生気がなく、私がただの奴隷と知るやすぐに興味を失われた。


「大人しくしてろよ」


 見張りの男はそう言い残し、去っていく。

 とりあえずはしばらく様子見だ。

 昨日の今日で体力は少し戻ってきているが、まだまだ本調子ではない。

 部屋にいる奴隷たちは年寄りからまだ年端もいかない少年まで、たくさんの人々がいた。

 ただ、彼らは一様に、真夏の日差しに晒され続けられたかのようにうなだれている。


 私も失礼して彼らの仲間入りし、壁にもたれかかって体を休める。


 これからどうするか、考えなければならない。


 第一案、何もしないでいる。

 奴隷がどのような末路をたどるのかは知らないが、あまり期待しすぎない方がいいだろう。

 ただ、連れられて早々殺されるということはないはずだ。

 奴隷が商品である以上、商品には価値がある。

 買ったものをよく考えずに捨てるような酔狂な人物はそういないだろう。

 ならば売られた先で逃走するかどうかは考えればいい。


 第二案、いま逃げる。

 奴隷を収容する施設であるなら、それなりに脱獄対策はしているだろう。

 ただ、本当に売られるだけなのか、この地について何も知らないため確かなことが分からない以上動ける時に動くのもありだ。


 現実的に考えれば第一案が最も堅実な考えに思える。

 ことを起こすなら移動中などの警戒が比較的薄いときが良いだろう。


 ならば、しばらく大人しくしていよう。

 従順な奴隷という触れ込みがあればなおやりやすくならかもしれない。


「アンタも、さらわれてきたのか?」


 突然声をかけられる。

 話しかけてきたのは隣にいる浅黒い肌の青年だった。


「まあ、だいたいそうですね」


 話しかけられたことに驚いたが、無難に返しておく。

 青年はやつれた顔ながらも、同族を迎え入れるような苦々しい笑みを浮かべた。


「そうか。オレもだよ。故郷を捨ててまでここにきたのに、次の日起きたらこのありさまさ」


 と、青年は木の手枷を掲げてみせる。


「それは災難でしたね。私は、家族も恋人もいないことがせめてもの救いですよ」


 実際のところグレイやサラのことは気がかりであったが、これ以上余計に話を重くしたくはない。


「それはすこし、気が楽だなぁ。オレは母ちゃんも父ちゃんも、兄弟たちのことも気がかりだよ」


「ならば家族に会うためにも、生きねばなりませんね」


「アンタ司祭様みたいなこと言うなぁ。そうだな、故郷に帰って、今度は孝行するよ」


「いい心がけですね」


 この言葉が空元気であることは、彼も分かっていよう。

 それでも、些細な言葉が救いになることがあるのなら、私はいくらでも詭弁きべんを紡ごう。

 もしかしたら最初に信仰を語りだした人々は、皆このような思いがあったのだろうか。


「……オレたち、何をやらされるんだろう?」


 青年は不安げに呟いた。

 結局のところ奴隷は何をさせられるのか、彼らの不安はここに募るのだろうか。


「男なら、港の積荷人か炭鉱夫じゃねェか?」


 壮年の男が会話に割り込んでくる。

 私は港で船乗りたちと一緒に運び込んだ積荷を思い出した。

 あれはかなりの重労働だった。

 身体強化なしでは、かなり苦しい作業になっていただろう。

 炭鉱夫といえば私の国では犯罪者か、異端として連れてこられた戦争捕虜たちがその役割を担っていた。

 それだけ普通の人はやりたがらないことなのだろう。


「女は、知らねぇな。見目好けりゃあ金持ちにでも買ってもらえんじゃねぇか?」


「娼館だろうね」


 こともなげに向かいの女性が言った。


「まあいままでとあんまり変わらないけど」


 それは既にすり切れたような言葉であった。

 ただ、年若い少女たちには厳しい現実だろう、何人かの少女が小さく嗚咽をもらす。


 両親や恋人の名前を呼ぶ彼女たちに感化されて、こちらまで気分が落ち込んでくる。


「チクショウ、逃げてぇなぁ」


 青年が射すような視線で鉄の扉を睨みつけた。

 どっしりと構えるその門扉は、何をしたところでそう簡単に開かないだろう。

 しかしギッギッと音がして、その重い扉が開かれる。


「おら、今日はもういいぜ」


 私についてた見張りとは、別の男が少女を連れて入ってきた。

 すると、私以外のこの部屋の者たちは一斉に顔を伏せてそれを見ないようにと目を閉じ、何も言うまいと口を閉じた。


 すえた体液の臭いが、私の鼻をつく。

 生まれたての子鹿のように力なく歩く少女は青く色ずんだ腫れた顔をしていて、人形のように虚ろな瞳からそれでも涙をこぼしていた。

 はだけた服の隙間から見える噛み跡、殴打の跡、彼女が何をされたのかは一目瞭然であった。


 一人だけ顔を上げていた私に気づいたのか、男が機嫌よく私に声をかけてくる。


「なんだおまえ、新入りか? おまえもヤりたいのかぁ?」


 ニヤニヤと男が笑い、少女の髪を乱暴につかんでこちらを向かせた。

 虚ろな瞳のなかに、恐怖の光が再び戻ってくる。


「なぜ、このようなことを……!」


 奴隷なのだから、このようなことがされることもあるとは分かっていた。

 頭では、分かっていたのだ。

 それに私の心が追いついていないだけで。


「しょうがねぇなあ、特別に教えてやらあ。こいつはな、ナマイキにも俺に歯向かってきやがったんだ。だからアレだな、言うことを聞かない犬はしつけるだろ? それと一緒だな」


 こんなことが平然と行われているのか、この国は。

 いや、私が見てこなかっただけで、それは当然のように裏では行われてきたことなのかもしれない。


 だからといって、


「そのようなこと、許せません」


 男はキョトンとしたが、すぐに大口を開けて笑い転げた。


「ハッハッハッ! こいつはいいやっ!」


「おいアンタ、馬鹿なことすんじゃねぇ!」


 隣の青年が慌てて止めに入る。


「いいこと教えてやるぜ! こいつがなんで歯向かってきたか知ってるか? こいつらをかばってだよ!」


 男が下を向いて黙り込んでいる他の奴隷たちを指差す。

 彼らはビクリと震えたが、やはり顔をあげることはない。


「こいらはな、女一人にかばわれて、自分たちは何もしないクズどもだぜ? まったく、奴隷になるのもしょうがねぇよ」


 青年の方を向くと、彼は気まずそうな、悔しそうな顔をして、口を開き、そして押し黙った。


 あぁ、ダメだ。

 せっかく計画を立てたというのに、私はダメな人間だ。

 でも、私は自由に生きると決めたのだから、自分のしたいようにするのも、いいではないか。


 この男は、彼らを弄んで楽しんでいるのだ。

 少女を欲望のままに犯し、彼らの良心をズタズタに踏み潰して、まるで王にでもなった気分なのだろうか。

 そんなことが、許されていいはずがない。


 私のすることが正しいのかどうか、その結果どうなるのか、そんなことは何もわからない。

 ただもし彼女がここにいたら、きっと助けてあげてと言うだろう。


 身体活法、硬化、身体強化。


 バキッ、と、私を縛る手枷が割れた。

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