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とある神父の一人旅  作者: 旅をしたい
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11話 虜囚

 


 体が痛い。


 おぼろげな記憶の中で、自分が海へと沈んだことが少しずつ思い出されてきた。

 だが、身を貫くこの鮮明な痛みが、ここを死後の世界だとは思わせない。

 意識の覚醒につれて、今の状況がつかめてきた。


 どうやらどこか、硬い地面に転がされてるようだった。

 しかも、腕も足も縄か何かで縛られているようで、自由な身動きが許されない。

 グラグラと床が揺れるに合わせて、押しつぶされる腕の痛みに、口から苦悶くもんのうめきがもれてゆく。


 目を開いてみると、ここが暗くジメジメとした、せまっくるしい小部屋であることが分かった。

 そして、思い出したように、鼻の奥をツンとつく酸っぱいすえた臭いがした。


 ……あまり、良好な待遇とは言いがたいようだ。


 鈍い音がしてドアが開き、薄汚れた野卑な格好の大男がはいってきた。

 即座に寝たふり続けて、男の様子をさぐる。

 すると、その男は突然にこちらの背中を蹴っ飛ばしてきたのだ。

 ぐぅ、と小さなうめきがこぼれるが、男はそれを気にすることもなく、舌うちをひとつ残して部屋から出ていった。


 状況は、かなりマズそうだ。

 海にも海賊と呼ばれるぬすっとどもがいると聞いていたが、この船の連中はそのようなたぐいであるかもしれない。


 船が揺れる度に床のうえを強引に転がされ、痛む節々が悲鳴をあげる。それにこの異臭や空気の淀みが合わさって、意識をつないでいることさえ苦しくなってきた。


 そうだ、聞いたことある。

 人間を捕らえ、人間を売る者たちが外の世界にはいると。

 彼らはきっとそうなのだ。

 つまり、自分の立場は、奴隷ということか。






 数日もすると、すこしは状況が飲み込めてきた。

 幸か不幸か、彼らが向かう先はトルキアであるらしく、しかも自分はそこで売っ払われる予定であるらしい。

 海の男の例にもれず迷信深い彼らは、海で偶然拾った自分の扱いでずいぶんと揉めていたようだ。

 といっても、それは奴隷として売るか海に捨てるかという二択であり、いずれにせよこの状況に変わりはなかった。

 船底での生活は人生で最も最悪なものであり、とても脱出などと頭を働かせる余裕は生まれなかった。


 あくる日、縄で両腕を縛られたまま船の外へと連れ出された。

 足はまともに歩くことすらままならないほど覚束なく、天からさすお昼時の太陽の光は頭をくらませるほどに眩しく感じた。


「ほんとに売れますかい? もうボロボロですぜ?」


「バカヤロウ! こいつが売れなきゃ大赤字だ! まったく、クソついてねぇぜ!」


 船頭と思われる大男が怒鳴り散らしながら自分の縄をひっつかんだ。そのまま無理やり引きずるようにして自分を引っ立てる。


「いくぞ! ったく気色わりィな」


 いっこうに回復の兆しがない頭であったが、港からも見えるその壮麗な景色を目にして、やっとここがトルキアなのだと理解した。

 先端から下にいくにつれて膨らんでいく独特の尖塔、天へと競うように立ち並ぶそれらが、その地の豊かさを示しているかのようだ。


 ただ、自分はすぐに裏路地へと連れ込まれ、その繁栄の裏にある陰を目にすることとなった。

 死体のようにうなだれる者、腹を膨らませた孤児たち、うわ言を繰り返す薬物中毒者。

 その隙間を、ネズミや野犬が我が物顔で闊歩していた。


 自分が連れ込まれたのは、そのなかでは比較的まともな小洒落た建物であった。

 よく肥えた男がバッチリと燕尾服に身を包んで、自分たちを出迎えた。


「ふむ、こちらが……」


 自分のことを上から下まで、無遠慮に品定めをする。

 その眉が訝しげにゆがんだ。


「これは、どこで取ったのですかな?」


「あ? 海に落ちてたんだよ、それ以外は知らねぇな」


 頭目の答えに肥えた男は不快そうに鼻を鳴らした。

 彼が嘘をついていると思ったのだろう、その体からは想像もできない低い声を発した。


「そんな偶然がありますかね?」


「てめぇ、疑ってんのか? 部下の反対を押し切ってまで拾ってきたんだぞ! ふざけんじゃねェ!」


 頭目は普段やましいことをしてるだけに、疑われたことがよほど腹立たしかったのか怒声をあげた。

 この単純な人間を肥えた男もよく知っていたのか、嘘ではないと納得したようだ。


 それから、自分はそこそこの値段でこの男に売られることとなった。

 頭目は金をうけとるとすっかり気分を直したのか、鼻歌まじりに去っていった。

 肥えた男は自分の体を触ったり、言葉を話せるかなどといくつか確認をとってから、なかなか(・・・・)という判断をくだして自分を部下に預けた。

 部下は自分を別の部屋へ連れていくと、そのあと疲れきった様子から判断したのか寝床につくように指示した。


 グラグラと揺れる視界のなかで、必死に寝床へとたどりつく。

 そしてひとつの思考すらする暇もなく、泥のような深い眠りへとおちていった。






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