###2 きっかけ
「そういえば…母さんがまともで安心したよな」
転がっていた体をうつ伏せで止め、足をパタパタさせながら、何気なく酷いことを呟くイシャス。
(目が覚めた時の母さんの勢いというかテンションというか、すごかったからなー。心配してくれてたんだってのは、わかりすぎる程わかったけど――実は我慢してただけでアレが素で、この機に我慢するのやめる~とかなったらって、ちょっとイヤだったけど…お休みの挨拶の時は落ち着いててほっとした。特にオレの体の調子わかってる言葉に少しビックリしたくらいだよ……)
「あれ? でもなんでそんな風に思ったんだろ?」
(ん~……あぁ、母さんって普段からなんか無理してるよーなトコ、あったからか。ふつーに考えれば魔術師として雇われたのに妾にもなっちゃったのが原因なのかなーとか思うけど、違うような……)
「うち、ふつーじゃないもんな。――それに妾ってちゃんとした仕事ってか、職業枠だし?」
イシャスの言うように、この世界の王族・上級貴族の妾というのは、政略結婚による精神的不具合を解消し、心を休ませてくれる存在として公的にではないものの、側室の次の立場を、側室がいなければ正妻の次、側室の立場を認められている。
仕事を精力的にこなさなければならない貴族にとって、軽んじられない重要な存在である。
その他の階級の妾はその限りではないが。
愛されている分、貴族の義務が発生していないにもかかわらず、側室や正妻よりもある意味、立場が上になったり敬われたりすることもある。
ただし、寵愛を受けている事で嵩に懸かる真似をしたり、必要以上に贅沢をするような人物であったら、その王族・貴族家の恥となる。
貴族家の恥は信用に係わるため、常ならば正妻や側室、その家に仕えている者達との関係上、無理をする・無理をさせられる、ということがあるが、このファメール家は辺境伯家という事と、本来妾を快く思わないはずの正妻により、そのようなことは一切ない。
イリアの性格や能力によるところも、もちろん大きいのだが。その上、不満を持ちやすい側室をルシスが娶ってない、というのもあるだろう。
とにかく、イリアは妾という事で無理をしている、という事はないのだ。
イリアが気にかかるのは、妾の子という立場のイシャスであるが、イシャスは、イシャス・ファメールという名が表す通り、ファメール家の子であると認知されているので、その点でも安心だろう。
「まー、考えても母さんの事情?は、わからないからなぁ、気になるけど……」
(オレが、母さんなんか無理してない? って聞いたって、5才ちょいの子供に言わないよなー。オレだってオレが目覚めてなきゃこんな事思わな……)
「あ」
(オレってば、肝心の目が覚めるキッカケの事、考えてないじゃん! ――――まぁ、母さんの方が気になったんだからしょうがないか。あんな…少しやつれて、薄っすら隈のあった目元に、オレが起きてから大泣きして充血した目と腫れぼったくなった瞼、に…あのハイテンショ~ン)
「俺のテンションが下がったよ。愛されてるのは素直に嬉しいんだけど……アレはなんかちょっと引く」
また何気なく酷いことを呟き、仰向けになるイシャス。
愛してくれる母の事は大事だし感謝もしているのだろうが、怒濤のごとき勢いは苦手なのだろう。
(でも、そんな顔でも美人だったのは驚愕だよなぁ、普通は~って、また脱線してるし)
「オレ魂の目が覚めるキッカケだよキッカケ、なんだったっけ?」
イシャスはすでに自分が魂の意識のみであるとは思っていないのだろう。その事をオレ魂と、妙な略し方で表す。
(んーと、起きたらオレだったんだから、寝込む前寝込む前……気絶したよ。つー事は気絶したらオレ魂の目が覚めたんだよな? なんで気絶したんだっけ?)
「う~ん…」
記憶を思い出すように、またころころ左右に転がるイシャス。
「気絶した日は~……」
イシャスが気絶する前は、イリアとイシャスが住んでいる離れの――――離れというよりは、大まかに例えるとイギリス風の二階建ての広い庭付き一軒家、といえる緑あふれる庭にて、普段通り午前のお茶を休憩も兼ねて楽しんでいた。
庭といっても何もない所ではなく、虫よけ効果のある植物をふんだんに絡ませたパーゴラのような場所である。
「母さんといつもの場所でお茶してる時……なんか祝いの日の話してたんだよな。オレは準貴族じゃないから、7才と14才のでいいよねーとか…」
簡単に説明すると、祝いの日というのは神殿で行われる、神からの祝いに感謝する儀である。
両親ともに貴族の子、準貴族であると、五・十・十五才時に必ず行う義務でもある。
イシャスの場合、義務は発生しないが受ける事も出来たため、話し合っていたのだろう。
「そしたら…」
(急に泉の方から何か感じて……)
「ああ‼ ゆら球だよ、ゆら球!」
思い出した拍子に仰向けでピタッと止まったイシャスは、数秒固まったが――
(…ああ、オレ、不思議空間の時みたいに、そのゆら球目掛けてダイブしたよ)
――くたっと脱力した。
(まだオレ魂込みのイシャスじゃなかったのに同じ事して…や、同じ魂だからな、うん。――と、それにしてもあのゆら球は、何問目か忘れたけど色とりどりの中の青ゆら球だったよーな…でもなんでゆら球見えたんだ? 見えるもんなのか? それに、泉とかにダイブなんて今まで散々してんのに…それで気絶はナイよな? ってことはゆら球で気絶して目が覚め――――……なんで目が覚めたかわからないけど、多分あの青ゆら球って精霊なのか、なー。だって、同じ質感の青い、オレの手のひら位の大きさの、長い髪した女の子の形で輪郭がゆらゆらしてる…)
「…なんかが居るし」
イシャスは天蓋上部の内側を見ながら、一応冷静に呟いた。




