###8 屋敷の庭へ
「違う場所でもためしてみたいんだけどさー」
採取した薬草をまとめて日陰に干しながら、実験結果を軽く話し、そう締めくくったイシャスに、カシスは一番近くの違う場所を提案する。
「母さんの薬草園はー?」
「ロザリアのかー。いいかも…って、オレの場合母さんでいーけど、カシスは母上って呼ばないと怒られるんじゃないかー?」
「イシャスしかいないから平気だよー」
「…オレじゃなきゃ怒られるんじゃん」
「イシャスはおれの母さん呼びすてても怒られないよねー。イシャスだから」
イシャスだからで全て済ますのはどうなのかと、ゆるく言い合いつつ屋敷の薬草園に向かう二人と、カシスにスライムもどきと言われ、つつかれ、水を纏うのを止め不可視の精霊状態になったパール。
それを、イシャスが引き抜いたものの落としてしまった根に薬効のないハーブ――だったものが見送った。
イシャス達はわざわざ表にまわらず、カシスが来たルートの裏庭を通り、離れの敷地を囲っている低い木のフェンスを乗り越え、目隠し用の植木を掻き分け薬草園に来た。
『わー広いのー。薬草たくさんお花もあるのね。……水をまきたくなるの』
「まくなよ? もう水やり終わってんだろーし」
横に長く建っているカントリーハウスの本館の東西に、縦に長く突き出るように建っている東館に正妻のロザリアが、西館に子息――息子達が住んでいる。
そして、東館に面した広い庭一面が薬草園である。
薬草園といってはいるが、展示しているわけではないので、ハーブガーデンというのが一番近いだろう。
奥に果物等を育てる温室と手前にガラス張りの談話室も小さいながらあるが、一年中初夏の陽気のため利用法を少し変え、オランジェリーはもっと暑い気候で育つ薬草類を、コンサバトリーは魔道具で冷やし、初春に適した薬草類を育てている。
「イシャスの精霊、水まきしたいって?」
「そー…って、オレの精霊? なのかなぁ」
『私はイシャスの精霊なの! それにオレンジの呼び方はイシャスの精霊でいいの! パールって名前で呼ばせないのよ』
「オレンジじゃなくてカシスな、パール。――オレの精霊でいーんだって」
『オレンジでじゅうぶんなの』
「おれの事オレンジって言ってるんだ、イシャスの精霊」
「……なんか通訳してるみたいでめんどくさい。パール、カシスにも聞こえるよーにできないかー?」
『できなくは、ないの。でも、オレンジに…」
「パールがすねんのはわかるけど、オレンジじゃなくてカシスだって」
呼び方を直そうとするイシャスに、カシスはほやほやしながらオレンジでいいと言う。
自分の言動でパールが機嫌を損ねたと、カシスは感で分かったのだろう。
そのカシスの様子に、パールは何か考えるところがあったのか、イシャスの要望に応える事にした。
『イシャスが大変じゃないように、オレンジにも聞こえるようにするの。でも、わたしの事パールって名前で呼んじゃダメよ』
「パールー、カシスがほやってて優しそーだからって、呼んじゃダメよってさぁ、オレの兄ちゃんだぞー?」
「イシャスの精霊は、イシャスに付けてもらった名前が大事なんだよー。おれにも聞こえるようにしてくれたし、いーよー」
頭は悪くないのに感で生きているカシスは、今までの言動通り、七歳にして物事の本質がわかるのだろう。
「あー、そうなんだ? パールもすねて意地はってんじゃなくて、カシスもいーならいーけど」
二人とパールの間で取りあえず話がついたので、イシャスは早速実験第二弾を始めようと辺りを見回す。
「んーと、薬効が強すぎたり危険だからダメって言われたのはあっちだから、こっちの――一般的だけど離れで育ててないのでやってみるかぁ。…温室のもためしたいけど、まぁいいや」
フェンスを乗り越える時に預けた採取道具を、カシスに持たせたままだったイシャスは、ザルを受け取ろうとして止める。
「手があいてる方が楽だから、そのままでいー?」
「いいよー。どうせイシャスの実験みるんだし」
イシャスは手ぶらのまま、同じ手順で、まず手で薬草を摘み始める。
「あっちより増える数が少ないかなぁ。…そーいやティスカーは?」
「ティスカーは執事とか一般教養とか以外のも勉強してるよー。おれがしないから」
「あー、父さんたちとうとう頭つかうの乳兄弟の方にまかせちゃおーってかぁ?」
「みたい。おれが剣術とかおれにとって面白いことしかしないから。――それにおれ冒険者になるつもりだし」
「そっか。カシスにはあってるかもなぁ冒険者。いいよーに使われないか心配なトコも成人してからだし、ティスカーも付いてんならそこら辺もだいじょぶかも…」
イシャスは、イリアとカシスではあるが人前でもパールと話している調子で、段々自分が思っている事をそのまま喋っている。
だが、その違いに当然気が付いているカシスは、そんなことよりも、イシャスの言葉に嬉しそうにしている。
「イシャスも一緒に冒険者するー? おれイシャスといるの楽だし、たのしいから」
「う~ん、楽でたのしーのはオレもそーだけど、ちょっとオレが冒険者ってチガウ気すんだよなぁー。ほかに稼ぐ手段がなきゃ別としてー…」
採取している自分の手を見てイシャスは続ける。
「採取はもともと、こー、収穫感が好きだけど、今こんなのできるし、いろんなトコでいろんなもん採取したいなーとか……冒険者のカシスを護衛に雇ったりして」
まだ先だが、イシャスもカシスと同じく、十四歳になったら出ていく心づもりのようだ。
「じゃあおれ、すごい冒険者になってイシャスの専属護衛になるよー。イシャスは調薬とかで稼いでー」
『それじゃあオレンジはイシャスにたかるみたいなの。それにイシャスはなんでもできるのよ!』
「カシスをオレンジって…なんかうまそー。じゃなく、なんでもできる人間なんていないぞーパール」
「護衛するからたかりじゃないよー。――おれの名まえと続けると果物か飲み物みたいだよねー。ああ、イシャスならなんでも出来そうな気がする。イシャスだから」
『オレンジはよくわかってるの』
「だからさー……あ、ハサミで切っても少ないかな。――カシス、ナイフとってー」
面倒くさくなったのかイシャスは諦めて、というよりは、会話を薬草と共にスパッと切って、実験を続行するようだ。
スキルの検証だけではなく、未来のことなど色々話す声は、落ち着いていたり、ほやほやしていたりはするが、元気な子供のものなので、わいわいと楽しそうな雰囲気といい良く通る。
その声にひかれ、東館の二階の窓から二人を見たロザリアは、少し考える様子を見せた後、侍女に何事か命じているようだ。
「じゃあ、一応の実験結果はー、あっちよりこっちのが増える数が少ない、で」
『イシャスはアバウト? なの』
「アバウトなの?」
「あー……大ざっぱって事かなぁ」
(アバウトってどーなんだろ? ――まぁ、カシスだしいーか。ってオレも大概カシスだからで済ましてんな)
「ま、引っこ抜いたのが全部増えてかないのはよかったかも。増えないわけじゃないけど」
話しながらもしっかり後片付け――引っ掛ければすぐに干せるように薬草ごとにまとめると、丁度朝の三鐘が鳴り響く。
「もうお茶の時間かぁ。カシスもくるかー?」
「行くー。平日は母さんと午前のお茶の時間ないから」
楽しそうに言うカシスにイシャスは不思議そうな顔だ。
「なんでロザリアとお茶の時間がナイのがうれしそーなんだー? 時間かぶってなきゃオレはロザリアとお茶したいけど」
「そんな風に思えるのはお前くらいだ、イシャス」
思いがけず背後から返ってきた返事は、嫡男アルフォンスの声だった。




