作家
今日も男は空を仰ぎながら街を歩いていた。
自分の横を通り過ぎた車の運転手がにらみつけてこようがそんなの気づくこともない。
ただ自分の歩きたいように、想像を膨らませながら男の口はゆるむ。
「いやあ、いいのが、いいのが書けそうですな!」
そうつぶやくと男は今度はスキップしながら鼻歌まじりに街を通った。
男の開け放ったドア。
部屋には大量の紙、何冊も積み重なった本、
古ぼけたソファ。
紙に埋もれた机をなんとか見つけ出し、ペンを引き出しから引っ張りだすとすらすらと用紙の上で踊らせた。
とある男の話。なにかから逃げるシーン。
ーひたすら走り走って走り続けた先に果たして希望はあるのか。
ー待っているのは過酷な現実かもしれないし、自分に変化をもたらす出会いの始まりかもしれない。
ーしかし、それを考える余裕はなかった。
ーなぜなら今日の寝床と明日朝を迎えられるかどうかで彼の頭はいっぱいだったからである。
ー夢を描いている暇なんかないのだ。
ーああ、やはり過酷な現実しか今は与えらないのか。
書いている途中にふとなにかが視界に入り込んだため、紙の海からそれを引っ張ってみた。
「ほぉ…」
確かにこんなことはあったがさほど興味は抱いてはいない。
かつて被害者たちと同じ職ではあったがそれはもはや過去のこと。
自分はもうこの仕事に魅せられ、そして楽しんでしまっているのだから。
反対する者はすべて捨てた。
家も故郷もあの頃の仲間でさえも。
結局理解者はいなかったのだ。
だが、
「ネタとしてはちょうどいい‼︎これは今の世界観にもぴったりなのだから。」
新聞を我が子のように高く掲げると満ち足りた表情でそしてなにかを思いつく。
「まずは、情報の提供をしてもらわなくては」
仕事をほっぽり出したまま彼はまた支度を始めた。
新たなネタを掘り起こすために。