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赤い花 白い花

 完璧に拒絶された俺は恐る恐る女の子に声をかける。

「あの、本当に大丈夫か?」

 もう1度声をかけると、女の子は顔を真っ赤にして口を開く。

「だ、だだだだいじょうぶで、す」

 女の子は俺達のことを決して見ようとしない。その姿に違和感を覚えた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

 話を聞こうと司が近づいた途端――。

「来ないでください!!」

「あ! ごめん。」

 再び女の子の泣き叫ぶ声が響き渡り、司はその場に立ち止まる。女の子から多少距離があるものの、俺達は仕方なくその場から話を続ける。

「ここからなら良いかな?」

「なななななな、何ですか!?」

 言葉を詰まらせる女の子を不思議に思いながらも、俺も何か聞いてみようと試みるが何を聞けばいいのか分からなかった。分からないことがあり過ぎて、何を聞くべきか迷ってしまう……。それは司も同じだったようで、しばらく考えていると女の子の方から口を開く。

「こ!」

『こ?』

 しかし、発せられた1文字の意味を理解できず、俺と司は思わず同時に聞き返す。

「こ、こここ転んだだけです、から。ご、ご心配なく……」

 俺と司は顔を見合わせた。何を言われているのか、さっぱり分からなかったからだ。しかし、司は何か閃いたようで、パアッと表情が明るくなった。

「もしかして、倒れてた理由ってこと?」

 彼女は相変わらずこちらを向くことはなかったが、後ろから見ても分かる程に大きく頷いた。

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

 そう言うと司は突然、女の子の目の前まで走り出す。突然の出来事に女の子も叫ぶことができなかったようで、唯々司を見つめていた。

「大丈夫?」

「だ、だだだだ大丈夫です!!」

 女の子の声はとても小さくて、何とか声を振り絞って出したようだった。司はそんなこと気にする素振りもなく、話を続ける。

「そっか。良かった……。あ! まず名前教えて貰っても良い? 僕は藤城司で、あっちが霧谷巡也。よろしくね」

 司に紹介されて、軽く頭を下げた。しかし、女の子はこちらを見ていないので、俺に気づくはずもなかった。そんなことより、女の子が今にも再び倒れそうで、司に声をかける。

「司……そんな近くだと話しにくいんじゃないか?」

「あ、そっか。ごめんね」

 司が女の子の側から離れようとした時、彼女が司の服を掴んだ。そして、ようやく俺は女の子の顔を確認する。

植木うえき……奈々ななみ、です……」

 司の服を掴む奈々美ちゃんの手を司はギュッと握って、彼女と話し始める。

「奈々美ちゃんか。よろしくね」

「よ、よよよよよろしく、お願いします……」

 奈々美ちゃんは俯きながらも、ちゃんと司の方を向いて話していた。それよりも俺は司の積極的な行動に驚いていた。俺の勝手な想像だが、司は女性に対してもっと奥手な奴かと思っていたからだ。どうやらその考えは間違っていたらしい。恋愛に関して奥手なのは俺の方だ。

「あの、手……」

「あ! ごめん、ごめん」

 ずっと握っていた奈々美ちゃんの手を司はようやく離した。

「僕さ、奈々美ちゃんみたいな可愛い妹がいるからさ。嬉しくって、つい……」

「かかかかかか、か、可愛いなんて!」

「司……」

 奈々美ちゃんは顔を真っ赤にさせながら答えていた。司は奥手などではない。無意識でこういうことをする奴だと確信した。こういうのを人たらし……とか言うのだろうか?

「そんなに否定しなくても。可愛いよ、すっごく。だから俯いたりしないで話した方が絶対良いよ!」

 司は屈託なく笑顔を浮かべ、自分の犯している小さな罪に全く気づいていない様子だった。

「え、あの、その……」

奈々美ちゃんはさらに顔を真っ赤にさせていた。

「こ、こうですか……」

 奈々美ちゃんが徐々に顔を上げ、司をじっと見つめて口をパクパクさせていた。司はある意味すごい男なのかもしれない。

「うん、その方が絶対良いよ。ねえ、巡也もそう思うよね?」

「あ、ああ」

 俺は適当に返事をしておいた。司の行動に圧倒されてしまったからだ。

「じゃあ、僕達の聞きたいこと聞いても良いかな? と言っても何を聞きたいのかもあまり分からないんだけどね」

 奈々美ちゃんは小さく頷いた。

「奈々美ちゃんは、この世界のことよく知ってるの?」

 司の質問に対して奈々美ちゃんは首を横に小さく横に振った。

「カンパニュラ……」

 本当に小さな声で、呟くようにして奈々美ちゃんは言った。

「それは、何?」

 と、司が奈々美ちゃんに問いかける。俺も初めて聞いた言葉だった。

「わ、私の花です」

 俺はレイに言われたことを思い出した。あの時見せられた花。ネリネ……きっとあれがこの世界で言う、俺の花だろう。この世界にいる人は皆、自分の花があるのだろうか?

「花言葉は?」

 花言葉がこの世界を知るための鍵かもしれない……。尚更、レイが教えてくれなかったネリネの花言葉が気になり始めた。

「……『後悔』。私にぴったりの花です」

「どういうこと?」

「司、そういうのはさ。」

 司がさらに質問を続けようとするので、俺は咄嗟に止めに入る。踏み込んではいけない領域、人には皆そういうものがあるはずだ。

「あ、ごめんね。奈々美ちゃん」

「いえ……大丈夫です」

 奈々美ちゃんは少し俯きながらも、先程よりも随分スラスラと話すようになった。これも司の積極的な行動のおかげなのだろうか?

「司さん達になら……お話しできると思います」

「良いの?」

 司が尋ねると、奈々美ちゃんは小さく頷き、ゆっくりと話し出した。

「私、ここに来て。本当のことを知りました。私、こういう性格だから……。誰かに会ったり、話したりするのが怖くて……」

 ぽつりぽつりと、言葉が紡がれていく。俺達はただ静かに奈々美ちゃんの言葉を聞いていた。

「――私は自分で、ここに来たんです……」

 その言葉を聞いた時、俺の心臓が跳ね上がるのを感じた。何だ、この感覚は……? ただ、俺の体が熱くなっていくのを感じた。

「色んなことを言われて。あ!その人達が……嫌いとかではなくて。こんな自分が嫌で……」

「奈々美ちゃんは、優しいんだね」

 こういう時、何と言えば良いか分からなかったが司は奈々美ちゃんを励ますように優しく呟いた。しかし、奈々美ちゃんは司の言葉を否定するように、激しく首を振った。

「こんな自分が嫌で、嫌で! どうしようもなくって。だからここに来たんです……。間違ってるって分かってるんですけど。ここに来た自分のことも嫌で……」

「そんなことないよ」

「えっ?」

 司は急に奈々美ちゃんの手を取って真剣な声で続けた。

「さっき、奈々美ちゃん言ってたよね。花言葉、自分にぴったりだって。ここに来る前の奈々美ちゃんがしたことは正しいことではないよ。でも、ここにいる奈々美ちゃんは今、ちゃんと自分のことを見ようとしている」

 司の言葉が俺の胸に突き刺さる。「自分を見る」、それがどれ程難しいことか……俺は誰よりも知っているような気がする。

「あの時の自分がどんなことをしたのか、ちゃんと見ようとしている。それって、すごく大きなことだと思う。だって、自分を見るのってすごく怖いよ。僕はそんな奈々美ちゃんがすごいと思う。奈々美ちゃんは本当に素敵な女の子だよ」

 司の言葉を静かに聞いていた奈々美ちゃんの目から涙が零れ落ちる――。

「わわわ! 奈々美ちゃん、大丈夫? 会ったばかりなのにごめんね、こんなこと言って」

 そう言うと司はポケットから取り出したハンカチを差し出す。俺のポケットには何も入っていない……。

「ありがとう、ございます。変ですね……。何か司さんに言われると、こんな私でも良いのかなって思っちゃいます」

「良いんだよ、今の奈々美ちゃんで」

 ハンカチで涙を拭いた奈々美ちゃんは初めて笑顔を見せた。

「私……分からなかったんです。でも、今、分かりました。ありがとう、ございます」

「僕は何もしてないよ」

「いや、色々してただろ……」

「何か言った?」

「いや、何も。」

 心の声が思わず言葉に出てしまったが、司は本当に何も気づいていないらしい。

「お話しできて、本当に良かったです……」

「僕も奈々美ちゃんに会えて本当に良かった。奈々美ちゃんに負けないように僕もちゃんと自分を見ないとね。ありがとう、奈々美ちゃん!」

 司はグッと顔を近づけて真剣な目で奈々美ちゃんを見つめる。さっきまで普通に会話をしていた奈々美ちゃんが急に慌てて、司から離れる。

「いえ、そんな! あ、ごめんなさい。こんなにお引き留めしちゃって。も、もう、行きますね!!」

 最初会った時のように、奈々美ちゃんは口をパクパクさせていた。それでも司は相も変わらず屈託のない笑顔で奈々美ちゃんを見つめる。無意識は本当に怖いと俺は本気で思ってしまった。

「じゃ、じゃあ……」

「またね、奈々美ちゃん!」

 ゆっくり歩いていく奈々美ちゃんに司が声をかけると、後ろを振り向いて小さく手を振っていた。俺も小さく手を振り返すと、奈々美ちゃんが初めて俺のことを見て笑顔を見せてくれた――。



 奈々美ちゃんと話をして分かってのは自分の花と花言葉の関係性……。奈々美ちゃんの花言葉は彼女がここに来ることと関係していた。ネリネにも何か意味があるのかもしれない……。そんなことを考えていると

「奈々美ちゃん、大丈夫かな」

 と、司がぽつりと呟いた。

「大丈夫だよ。だって、奈々美ちゃんは俺達よりもずっと分かってる、自分のこと。俺は俺のことが分からない。自分のことなのに変だよな」

「そんなことないよ。僕だって分からないよ」

 俺と司は自分のことが分からない。でも、司の方がきっと自分のことを分かっている、そんな気がした。こんな俺が自分を見つめる、自分を認めることなんてできるのだろうか?

「花と、花言葉……。そこにヒントがあるかもね。もう1回見に行ってみない?」

「見に行くって、どこに?」

「僕と巡也が初めて会った所。レイさんに花を見せて貰ったでしょ? 僕達の花以外にも、あそこにたくさんの花があったの、覚えてない?」

 そういえば初めてここに来た時、カラフルな花々を見た覚えがある。

「そうだな。行ってみよう。花言葉を聞けば、何か分かるかもしれない」

 自分のことを知ることに多少の不安はあったが、今は自分を知りたいという興味の方が大きかった。



 そこには色とりどりの花があった。小さな鉢に植えられたたくさんの花。世界の間における、唯一の色がここに在るような気がした。

「綺麗だね。僕の花はどこだろう。巡也は赤い花だったよね。名前は忘れちゃったけど」

「これが、君の花、ネリネ」

『うわっ!!』

 俺の目の前に赤い花が現れた――。それはレイの仕業だった。

「これが君の花、シロツメクサ」

「あ、ありがとう」

 司も戸惑いながら花を受け取る。

「レイ、この花の花言葉、教えてくれよ」

「僕もシロツメクサの花言葉、教えてほしいです」

 レイは俺と司をじっと見ながらフラフラと歩く。

「……ナイショ」

 口に人差し指を当て、レイはそう言った。

「内緒ってことは、知ってるってことだよな?」

「うん。でも言わなイ。ダッテ、自分で見つけなきゃいけないことダカラ」

「自分で見つける、か……。僕も奈々美ちゃんみたいに……」

 どうすれば良いか分からず、黙り込む俺達を見て、レイは小さく笑って言った。

「じゃあ、見てみると良いヨ。君達が何をしたノカ。見なきゃいけないことダシネ。この花に込められたモノ。君達が見つけなきゃ」

 そう言うとレイは俺と司の花にそっと触れる。その瞬間――、急に激しい睡魔に襲われる。

「じゃあ、おやすみナサイ」

「おい、これって……」

「巡也……」

 隣を見ると司がゆっくり倒れ込み、寝息を立て始めた。俺も目を開けていることができず、司の側に倒れ込む。

「良い夢ヲ」

 真っ暗な世界の中でぼんやりと、そんな言葉が聞こえた気がした――。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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