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自分の色

どれだけ歩いても、壁というものに辿り着くことはない。ここにあるのは空間だけだ。不思議なことがあり過ぎて、今まで周りの不自然さに気づかなかった。隔たりがないこの世界で俺達は自分を見つけることができるのだろうか。これほどに広く、先が見えない世界の中で。そんなことを考えながら俺は司と歩みを進める。

「巡也はどんなこと思い出したの?」

「え?」

「巡也のこと何も知らないなあと思って」

 言われてみると俺も司のことを何も知らない……。

「全部は思い出してない。自分が死んだってことも、正直言ってまだよく分からない。ただ……雨の中で俺は倒れていて。赤い傘を差した誰かが、俺に向かって何か叫んでて……」

 司は俺の目を見て真剣に話を聞いてくれている。今まで俺の話をこんな風に聞いてくれる人なんていただろうか?

「まあ、すごくぼんやりだけど、それは覚えてる。それが俺が覚えている自分の最後」

「その前のことは?」

「前?」

「そう。例えば家族とかさ。最後よりもずーっと前のこと」

 家族と言われて最初に出てくるのは茜のことだった。勿論、父さんや母さんのことも覚えている。

「ああ。それは、覚えてる。友達のことも。でも……」

「でも?」

 でも……俺はただ何となく過ごしてた。毎日、適当に話して、ご飯を食べて、友達とも適当にふざけ合って……。俺はそんな自分が嫌いだった。いや、それは今でも変わらない。

「ううん。何でもない」

 こうやって本心を隠す以上、俺はどこに行っても変わることはないだろう。

「司は? 司は全部思い出したのか?」

 話を逸らすべく、今度は俺から司に質問を投げかける。

「うん、たぶんね。僕にも裕香ゆうかっていう妹がいるんだ。僕、病弱で、よく気分が悪くなったり倒れたりしててさ。そんな時、いつも看病してくれたのは裕香だった」

 そういえば茜も俺が熱で倒れた時は文句を言いながらよく看病してくれた……。

「病気のせいで学校にもあまり行ってなかったし。ただ、そばにいてくれるのが裕香だったんだ」

「良い妹だな」

「ありがとう」

 司はこの世界とは釣り合わないくらい、満面の笑みを浮かべた。本当に妹のことが好きなんだろうな。そう思うと同時に、その笑顔に何かが欠けているようにも感じた。

「でも、僕はそんな裕香との約束を守れなかったから……」

 それ以上は聞けなかった。……聞いてはいけない気がしたから。

「あ、ごめんね。何かこんな話しちゃって」

「いや、いいよ。ありがとな」

 俺はこんな風に話をするのは初めてかもしれない。相手のことを知るために話を聞いて、自分のことを伝えるために話す。いつも相手の一方通行だった会話。今はちゃんと会話をしている、そんな気がした。


 司と俺はお互いのことを話しながら歩き続けたが、吾郎さん以外の誰かに会うことはなかった。どこまで歩いていけば良いのかさえ、俺達には分からない。

「きゃっ」

その時、近くで女の子の声がした。俺は司と顔を見合わせ、急いで声のする方へ走っていった。そこには三つ編みをした女の子が倒れていた。

「ううっ……」

「大丈夫か!?」

 俺は女の子を助けようと、その子の側へ駆け寄った。その時――。

「来ないでください!!」

 女の子は泣き叫ぶようにして言い放った。余りの迫力に、俺はその場で立ち止まってしまった。

「1人で……立てますから」

 そう言うと、女の子は1人で立ち上がった。俺と司は何もできずに、ただその場に立ち尽くした。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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