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黒い答え

「自分と向き合う場所?」

 俺は吾郎さんの予想外の答えに、思わず聞き返してしまう。

「そう。自分と向き合い、自分を認めた奴だけが上か下に進むことができるんだ。まあ、最終的に決めるのは俺らであって、あいつらでもあるけどな」

「あいつら?」

 俺が聞き返すと、司も吾郎さんの言っていることが気になるのか、震えながらもこちらに戻ってきた。

「さっきここに白い服着た奴らがいただろ?」

「レイさんとゼロさんが何かを決める……審判者ってことですか?」

 司がやっと口を開く。

「ああ。……お前は頭が良いみたいだな。そっちの奴は俺と同じでバカみたいだけどな」

 吾郎さんは俺を指差して言い放つ。勉強はそれほどしてこなかったが、初対面の人にそう言われるのはやっぱり腹が立つ。

「国語なら得意ですよ。平均点くらいは取れますから」

「巡也、それって自慢にならないと思うよ……」

「え?」

 ふと吾郎さんの方を見ると、お腹を抱えて小さく震えていた。そして、次の瞬間、吾郎さんの笑い声が響き渡った。

「あっはっはっ。お前、面白いな。……巡也ってのか。お前は?」

「藤城司です」

「巡也はバカで、司は利口って訳だな」

 吾郎さんはひとしきり笑うと、目元を拭いながら俺の肩を掴んだ。

「なあ、巡也。俺と一緒に下に行こうぜ」

「え、何か……嫌です」

 上と下、その意味は全く分からなかったが不敵な笑みを浮かべる吾郎と一緒に行く気にはなれなかった。

「あっはっはっ。」

 すると、吾郎さんは再び豪快に笑い出す。

「巡也、お前は本当にバカらしいな。気に入った。やっぱり、巡也は俺と一緒に下に行くべきだよ。俺の勘だが、司はたぶん上に行くだろうしな」

「俺も、上が良いです!」

 司と吾郎さん、どちらか一方と一緒に行くなら断然司の方を選ぶ。

「ひっでー奴だな、色々教えてやったのに。まあ、その答えは間違っちゃいないよ。何せ上は楽園だからな。下にあるのは……」

「行ったことがあるんですか?」

 俺が咄嗟に問いかけると、吾郎さんはクククッと小さく笑う。何度笑えば気が済むのだろう……。

「バーカ。お前は俺以上にバカらしいな。行ったことがあるなら、俺は今ここにいないだろうよ。まあ、最初はみんなそんなもんか」

「吾郎さんも、最初はそうだったんですか?」

 司は俺とは違って、何か考えるようにして吾郎さんに問いかける。

「当たり前だろ。ここに来る前のことはあんまり覚えてねえよ。審判者とかいう2人から聞いたんだ。」

 やっぱりあの2人は本当のことを知っているらしい。

「まあ、知らない方が良いこともあるけどな」

 吾郎さんはさっきまでの豪快な笑いとは違って、不気味に小さく笑った。

「覚えちゃいねえが、ここが牢屋より広くて自由なことは知ってるぜ」

 その言葉を聞いた途端、俺は思いっ切り司に手を引かれる。

「ック。ククククク……」

 吾郎さんは先程と同じようにお腹を抱えて笑う。ただ、その笑い声は消え入るように小さい。司に手を引かれ、吾郎さんから離れるにつれて笑い声は大きくなっていった。

「あっはははは。司だったな。お前は、本当に頭が良いらしいな。巡也と違って」

 俺は何のことかさっぱり分からず、首を傾げる。

「俺はな、奪ったんだよ、この手で。でも、そうするしかなかった。やられたらやり返す。それが人間ってもんだろ。そう思わねえか?」

「思いません」

 掴まれている手から司の震えが伝わってくる。小さく震えながらも司は真っ直ぐな声で、はっきり答えたことに俺は驚いた。

「なあ、司。どういうことだよ」

「巡也。この人には近づかない方が良い」

「え?」

 俺の手を握る司の力が、どんどん強くなっていく。

「俺は当然のことをしただけなのに、色んな奴らが俺を見下して、ここに追いやった。まあ、仕方ねえといえば仕方ねえか。俺も、色んな奴をここに追いやったんだからな。司なら、もうこの意味分かっただろ?」

「はい、何となくは」

 司は答えを見つけたようだったが、俺には何も見えてこない。本当に何も……。吾郎さんに言われたように、自分は思った以上にバカなのかとさえ思ってしまう。

「分かったってことは……お前がどうなったかってことも分かったはずだよな? それは知らない方が良かったことじゃないか?」

「そうですね。でも、ぼんやりと思い出しましたから。知ることは罪じゃありません」

 吾郎さんは嬉しそうに、不気味に笑う。

「司、思い出したってどういうことだよ」

「後で話すね」

 さっきまで司より俺の方が優位に立っていた気がしたが、今では立場が逆転している。

「まあ、そんな怖い顔するなって。ここじゃ、どうしようもないだろ。もう、俺がお前をここに送ることもねえんだから」

「それも、そうですね。」

 やっと、司は俺の手を放した。司がずっと握っているから俺の手は真っ赤になっていた。今はそんな痛みより、司と吾郎さんの張り詰めた空気の方が耐えられなかった。

「あの、俺バカだから、全然分からないんですけど……」

「巡也。何も知らないっていうのは、ここじゃあ特に気をつけた方がいいぞ。先輩からのアドバイスだ」

「は、はいっ!」

 自分でも思っていた以上にビビッていたらしく、素っ頓狂な声が出る。

「司も、そんな怖がることねえだろ。もう、死ぬこともねえんだからさ」

「えっ……」

 ようやく、俺にも司と吾郎さんの言葉を理解できた気がした。司は、吾郎さんをじっと見たまま、何も言わなかった。吾郎さんはいつも答えをくれるが、その答えは俺が予想だにしないものばかりだ。「もう、死ぬことはない」――、その言葉だけが俺の頭で何度も繰り返された。


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