赤と白
レイとゼロの無言の圧力が静寂を生む。静寂を破ることなく、レイとゼロはどこかへ歩いていく。それを呼び止めることすら俺にはできなかった。
「僕、藤城司。よろしくね。えっと、巡也君だよね。巡也って呼んでもいい?」
静寂を破ったのは、藤城司だった。
「別にいいけど」
「ここって、どこなんだろうね。僕、ここに来るまでのこと覚えてなくって」
「俺も。何となくは覚えてるんだけど……。雨になりたくて、それから……」
青の雨・赤の雨・赤い傘の女の子、1つ1つのシーンが絵のように記憶に刻まれている。記憶を繋ぐ鎖は千切れてしまったようだ……。
「へえ。何か巡也って面白いね。雨になりたいなんて」
「そうかな……」
普通の会話。ここがどこかも分からないのに、普通の会話をしてしまった。ここに在るのは俺達の言葉だけで、他には何もない。そんな場所で俺達は話をしている。ここがどこなのか誰も教えてはくれない。
「司は、ここが何なのか知らないのか?」
「うん。だって、僕もここに来るまでのこと覚えてないから……。ごめん」
「じゃあ、1つだけ教えてあげル」
『えっ』
俺と司の間に突然現れたのはレイだった。いつの間にこんな近くまで来ていたんだろう――。それにしてもレイの距離感はやっぱりおかしい……。
「レイ、あまり巡也さんを驚かせてはいけませんよ」
レイに続いて、ゼロもいつの間にか戻ってきていたらしい。
「別に驚かせたつもりはナイヨ。これ、届けに来たノ」
レイが持っていたのは、鉢に植えられた真っ赤なヒガンバナ。それは俺が見た真っ赤な傘を彷彿とさせる――。ゼロが持っている真っ白な花はレイのそれとは持って対照的だった。
「これは、ネリネ。君の花」
「俺の?」
「そう、君の」
そう言われて俺はレイに差し出されたネリネを受け取る。どうやらヒガンバナではないらしい……。ヒガンバナは見たことがあるが、ネリネは聞いたこともない花だ。
「そして、これはあなたの花です、司さん」
今度はゼロが司に白い花を渡す。
「僕の花……」
「これは、シロツメクサです」
「シロツメクサ、聞いたことあります」
と、司が答える。俺もシロツメクサは聞いたことがある。でも、今大切なのは花の名前じゃない。どうして俺達に花を渡すのか――、それが問題だ。
「この花は、ここではとても大切なものダヨ。あっ!」
今までずっと感情が見えなかったレイが、初めて嬉しそうな顔をした。
「どうしました、レイ?」
「名前って意味があるなって思って。花の名前には意味がある。だから、君たちの名前にも意味があるかもネ」
俺はネリネという名前を何度も心で呟く。
「花言葉ですか?」
「うん、正解!」
俺が考えている間に司がいとも簡単に答えを導き出し、レイが1人で子供のようにはしゃぐ。
「花言葉。だから、花は好き。外も内も綺麗ダカラ。人間と違って。そう思うデショ?」
子供のようにはしゃいでいたレイだったが、言葉にはどこか子供とは思えない部分があった。
「う、うん」
俺が何も考えずに空返事をすると、レイがにっこり微笑んだ。
「君の悪い癖ダネ」
「え?」
「ネリネの花言葉、教えてアゲル。ネリネの花言葉は……」
レイはどんどん顔を寄せ、にっこり微笑む。
「やっぱり、内緒!」
「え、気になるんだけど」
素っ頓狂な答えに、俺は思わずズッコケそうになった。
「内緒!」
さっきまでの雰囲気から一変して、レイはまた子供に戻った。
「そのうち分かるヨ。キット」
ネリネの花言葉……いずれ分かるのだろうか。ただ、レイが何を考えているのか、俺には分からなかった。
「では、私達はこれで失礼しますね。巡也さん、司さん」
そう言うとゼロは司の花……シロツメクサを受け取る。俺もネリネをレイに渡すと、レイは顔をグッと近づけてくる。
「またネ?」
「え、ちょっと待ってよ」
俺が2人を追いかけようとした時、突然後ろから腕を掴まれた。
「何だよ、司!」
せっかく色々聞けるチャンスだったのにと思いながら司を睨みつけると、そこには司ではなく強面のおじさんが立っていた。余りの迫力に、司は側で小さく震えていた。
「あ? 何だって?」
「す、すみません……」
俺が慌てて目を逸らすと、男に掴まれた右手が解放された。
「じゃあ、俺達はこれで……」
司と目を合わせ、俺はすぐさまその場を立ち去ろうとした。
「もしかして、お前ら新人か? ここに来たばっかりだろ?」
男から予想していない言葉が発せられ、俺は思わず男の元へ駆け寄った。
「もしかして、ここが何なのか知ってるんですか?」
俺の知りたいことがようやく分かるかもしれない……、今は恐怖よりそっちの方が大きかった。
「ああ、知ってるぜ。ここ、世界の間がどんな所なのか」
「教えてください!」
「いいぜ。俺は、下川吾郎。ここは、自分と向き合う場所だ」
俺の知りたかった答え、それは到底理解できないものだった。
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