僕の色
レイとゼロが運命の時を告げても、司の目はもう何の迷いもないようだった。
「巡也……。僕、決めるよ……」
「司……」
今の俺には、司の名前を呼ぶことしかできなかった。茜もこんな風に、自分で決めて進むことを選んだのだろうか? どれだけ思い出そうとしても無駄だった。俺が覚えているのは、ここに来て司と会ってからのことだけだ。
「司さん、決めましたか?」
「……はい」
「待って、待ってくれよ……」
気づくと俺は司の腕を必死で掴んでいた。司が決めてしまえば、俺は1人になってしまう。茜が決めた時も、俺はこんな姿だったのだろうか?
「大丈夫。巡也もきっと進めるから」
「無理だよ、俺には……」
「そんなことない。僕は巡也のおかげで、決めることができたんだから。巡也も、大丈夫」
大丈夫……これ程当てにならない言葉はない。俺は司とは違うんだ。
「2番。決めれば進むことにナル。それでも良いノ?」
「はい。裕香と約束しましたから……。今度こそ約束を守りたい。裕香は進もうとしています。だから、僕も進むことを選びます」
「司さんの思いは、必ず届きますよ……」
「ありがとうございます、ゼロさん」
司と裕香ちゃんはもう二度と会えないんだ。俺と茜のように……。そんな状況で司の思いが、俺の思いが届くはずない――。
「待って、待ってくれよ。俺を置いていかないでくれよ。俺は、どうすれば良いんだよ……」
「巡也のしたいようにすれば良いんだよ……。大丈夫、答えはきっと巡也の中にある」
俺自身が何をしたいのか、何を選びたいのかなんて分からなかった。きっと、答えは俺の中にもないんだ。俺はただ、こんな現実から逃げ出したかった。茜をここに送ってしまった俺のことなんて、忘れてしまいたかった。吾郎さんや笑平さんと同じ……。忘れることを願っている。今まで理解できなかった2人の気持ちが俺にははっきりと分かった。俺の中に答えがあるとすれば、これが俺の進むべき道なのだろうか?
「2番はどうしたいノ?」
「僕は……忘れたくない……。裕香のこと、巡也のこと、奈々美ちゃんのこと……。皆のことを忘れたくないんです。1度は忘れることを望んだ。でも、そう望んでしまったことさえ覚えていないなんて。そんなの悲し過ぎます」
司は俺と真逆の考えを告げる。忘れたくない……それが司の答え。
「皆のこと忘れずに済むなら、どんな結果になっても僕は進むことを選びます。それが、裕香の今に繋がると思うから!」
「そう。それが君の答えダネ……」
「はい」
司の言葉に迷いはない。司は決めたんだ。つまり、俺が1人になるということだ。今までずっと1人だった俺が1人になることを恐れているなんて、おかしな話だ。司は俺よりもずっと先にいる。いつまでも進まない俺が司と同じ所にいられるはずがない。俺の中に正しいのかさえ分からない答えが生まれてくる。
「今の司さんを見れば裕香さんもきっと喜びますよ」
「そうだと良いんですけど」
「前の君を見たら裕香はきっと心配だったヨ。ずっと1人でシロツメクサを見て、裕香って呼び続けてタ……。君にとって裕香が特別なように、裕香にとっても君はトクベツ。裕香への思いに縛られていた君が、今度は思いを繋ぐ選択をするんダネ」
「茜ちゃんも思いを繋ぐことを選んだからこそ、進むって決めたんだよ。巡也!」
茜は俺に思いを繋いでくれた……。忘れたくない……でも、忘れたい……。矛盾した思いが俺の胸で騒いでいる。
「では、司さん。あなたの罪は何ですか?」
「……裕香との約束を守れませんでした。そして、1度は忘れてしまった。それが僕の罪。でも、僕は僕がしてしまったことを忘れちゃいけないんです。僕の罪を見つめなきゃいけない。それが自分を認めることに繋がると思うから」
そうだ……。俺は茜のことは忘れたくない、でも俺の罪を忘れたくてしょうがないんだ。
「ちゃんと決めたネ?」
「1人じゃきっと無理だったけど、巡也がいてくれたから……」
司が俺のことを見る。司はこんなに近くにいるのに、とても遠くにいるような気がした。皆、遠くに行ってしまう――。俺にはもう、進む力なんて残っていない。司が言っていたように俺の中に答えはもうあるのかもしれない。きっと、司とは違う答えがここにある……。
『審判終了』
とうとう、司の運命の時が終わってしまった。レイやゼロが言わなくても、司の判決は俺にだって分かる。
『判決を下します。2番の道は……上、になります』
奈々美ちゃんと同じ、上……。上と下、その意味をはっきり理解している訳ではなかったが俺は何となく理解した。
「巡也! ありがとう」
そんなことを考えていると不意に司に抱き着かれ、俺は慌ててしまった。
「巡也のおかげだよ。本当にありがとう」
司は何度も何度も、俺にお礼を言っていた。俺が司にしてあげたことなんて、何もないのに。
「僕も待ってるよ。茜ちゃんと一緒に、巡也のこと待ってるから。だから、必ず来てね……」
「俺は……」
茜と司が待っている所へ俺は進めるのだろうか? 吾郎さんが前に言っていた。俺が行くべきなのは下だって――。俺も何となくそんな気がしていた。もしも茜達と違う場所だったら……。そんなことを考えると、俺の思いはやっぱり同じ答えへと辿り着く。このまま忘れてしまえば、またやり直せる……。
「これが2番の花」
レイは俺から離れようとしない司にシロツメクサを渡す。
「シロツメクサ……。レイさん、最後に花言葉を教えて貰えませんか?」
「シロツメクサ。花言葉は『約束』ダヨ」
司は真っ赤になった目から、また涙を流す。
「そっか……。約束、か……。裕香……。ありがとう」
司のシロツメクサをギュッと抱き締めていた。
「では、司さん……。行きましょうか」
「はい……。待ってるからね、巡也……。またね」
司とゼロが花畑の奥へと歩いていく。「またね」という言葉が重くのしかかった俺は、その場に残されたまま2人を見つめていた。その時、司が俺の方を振り向いて叫び出す。
「巡也! 自分がしてしまったことをもう忘れちゃいけない。どんなに苦しくても自分がどれだけ大切な人を傷つけてしまったのか、ちゃんと見なきゃ、何も始まらない!」
それが俺にとってどれだけ難しいことか、司は分かっていない。
「変われるよ、巡也なら! だって、僕を変えてくれたのは巡也だから!僕が進むことは裕香の今に、巡也の今に繋がるって信じてる。裕香も巡也も僕にとって、かけがえのない存在だから」
俺は何もしていない。司が優秀だったんだ。俺と違って――。
「忘れないよ、巡也のこと。だから、巡也も忘れないで! 僕のこと、茜ちゃんのこと、自分のこと……。また会おうね、巡也。約束だよ!!」
司はにっこり笑って、大きく俺に手を振っていた。手を振り返すこともない俺を見て、司は少し寂しそうな顔をしていた。
「俺は……その約束……守れない……」
再び歩き出した司には、きっと聞こえていなかっただろう。
花畑の奥が光に包まれ、奈々美ちゃんの時と同じようにゼロだけが戻ってきた。司はとうとう行ってしまった。俺は1人になってしまったんだ――。
「ふふふ。はははは」
1人になってしまった自分がおかしくて、笑いが止まらなかった。
「何がおかしいノ?」
「1人だよ。俺は1人だ……。ふふふふ。はははははっ。……あーあ、決めたよ。俺も決めたから……」
「そう。君にも答えができたんダネ……」
「さあ、早く始めてよ」
「司さん……」
もう、俺を見るレイとゼロの目なんて気にならなかった。これが俺の望んだことなんだから。
『今から22番の運命の時を始めます』
この時がずっと来なければ良いと思っていた。でも、俺は今、この時が来たことが心底嬉しかった。俺は願いを叶えられるんだ。その願いは笑平さんと同じかもしれない……。だが、司と同じように俺にも、もう迷いはない……。これが俺の答えだ。
俺の笑い声だけが、世界の間に響き渡る。その声はいつかの吾郎さんに似ていると俺自身が感じていた。吾郎さんと同じ所に行くと言っていたけど、きっとそうはならない。俺は……吾郎さんよりも、笑平さんと似ている……。だって、俺の願いも「忘れる」ことだから――。
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