繰り返す色
目を覚ました笑平さんはキョトンとした表情で、俺達に問いかける。
「お、俺ですよ。巡也です」
「巡也さん……? 初めまして。野村笑平です。こっちは息子の誠です」
初めて会った時と同じように自己紹介をする笑平さんは、本当に俺達のことを覚えていない様子だった。
「誠君は!?」
司が誠君に話しかけても、誠君は笑平さんの後ろに隠れているだけだった。
「すみません、恥ずかしいみたいで」
「僕、司です。本当に覚えていないんですか?」
「覚えていないとはどういうことでしょうか? どこかでお会いしましたか?」
「さっきまでここで話をしていたじゃないですか!?」
「さっき? 私と誠は……車の中にいましたよ。気づいたら、ここにいて……。ここはどこなんですか?」
笑平さんは俺達よりも世界の間のことをよく知っていたのに……。本当に何もかも忘れてしまったのだろうか?
「ここは世界の間ダヨ」
「世界の間?」
レイの話を真剣に聞いている笑平さんの瞳に嘘はなかった。そして、レイは花畑から2つの花を指差した。よく見ると花畑の中には先程消えたはずのオレンジ色と青色の花が咲いていた。
「コレが99番の花、カリフォルニアポピー。コッチが99番の花、シラー」
「パパ……」
淡々と話を続けるレイを怖がっているのか、誠君は笑平さんの手を強く握り締めていた。
「すみません。誠が怖がってるので私達はこれで……。行くよ、誠」
「待ってください!」
「すみません……」
俺が呼び止めても、笑平さんと誠君はそのまま行ってしまった――。
「レイさん、ゼロさん! これはどういうことですか? さっきのは何ですか!?」
司が2人を問い詰めると、ゼロがニッコリ微笑んだ。
「これが世界の間の真実……ですよ」
「98番と98番は進まないことをエランダ。上にも下にもイカズ、ここにイルことを選んだ。ソシテ、99番と99番になった。ソレダケ」
それだけ……。決してそんな軽いものではない。
「98番が99番に……。じゃあ、僕の2番っていうのは……」
「そういうことダネ。2番も選んでココにいる。そして、また運命の時がやってクル。ソレダケ」
「俺の22番っていうのも!?」
「モチロン。22番も99番と同じ。ここにいることを自分で決めたノ」
98番の笑平さん達が運命の時を迎えて、99番になった。そして、俺の22番と司の2番……。つまり――、俺達は番号の分だけ、この世界の間で繰り返しているということだ。信じがたい真実だったが、1つだけ大きな問題がある。
「でも、俺はそんなこと覚えてない」
「僕も……」
「やっぱり司も?」
そう、俺達はこの世界の間で過ごしたことを何一つ覚えていない。覚えていたらレイやゼロ、運命の時に一々驚くこともないだろう。
「その通りです。ここに来たままの気持ちで運命の時を迎えて頂く。それがこの世界の間でのルールです」
「止まることを選んだら、忘れるノ。そして、自分を認められるまで何度でもクリカエス」
だから、笑平さんは俺達のことを覚えていなかったのか……。俺は納得してしまったが、すかさず司が反論する。
「でも、笑平さん達はこの世界のこと僕達よりずっと詳しかったですよ?」
「彼らのようになかなか進めない者達は多少、追い詰める必要がありますから」
「後でワタシが全部話すノ。ここに来るまでのコト、この世界の間のコト……」
忘れるという笑平さんの願いが叶う……。その意味が俺にもようやく理解できた。笑平さんは何度も何度も進めた時間を忘れて、止まることを選んでここにいる。誠君と一緒にいるために。
「忘れる……」
司がポツリと呟いた。俺は忘れたくない、忘れちゃいけないと思っているのに……。22番……、その数字が俺に重くのしかかる。
「君達も忘れたからここにイル。それが嫌なら選べばイイ」
「……忘れちゃう。そんなの! そんなの……僕は嫌だ! 忘れたくないよ!」
「司、落ち着け。落ち着けって!」
「巡也! だって忘れちゃうんだよ、全部。そんなの……嫌だよ!!」
俺が司の腕を抑えると、逆に司に腕を強く掴まれた。
「司!」
「僕は……。ここでも逃げたんだ。忘れて、逃げた……」
俺の腕に次々と冷たい雫が落ちてくる。
「だから意味がないんですよ。名前も記憶も……全て忘れてしまうんですから」
「君達もワタシのことなんて、忘れちゃうヨ?」
「忘れる……忘れちゃう……」
司は何度もそう呟いていた。俺もそうだ。何度も逃げて、繰り返している。その真実が大きな痛みとなって、俺の胸に突き刺さる。司の気持ちが痛い程分かる。
「忘れたくない……。忘れたくなんか……ない!! ああっ……。うわああああっ!」
「司!」
突然走り出した司を追いかけようとするが、冷たい手に腕を掴まれる。冷たい手の主は、やっぱりレイだった。
「レイ、離して! 司がっ!!」
「私が行きましょう」
そう言うと、ゼロが司の向かった方へ歩いていった。それでもレイが俺の腕を離すことはなかった。レイもゼロも、こんな俺達をもう何度も見ているのかもしれない……。
ようやくレイは手を放してくれたが、司達はまだ戻ってこなかった。
「君と話がしたカッタ」
「俺と?」
沈黙を破ったのはレイだった。
「そう。君ト」
「……俺も忘れてるのか?」
「そうダヨ。22番ダカラ」
レイは偽りのない言葉を吐く。残酷だが、今はそれが嬉しくもあった。
「じゃあ、俺はこうしてレイと何度も話してるってことか」
「ウン。でも、君は忘れる」
21回、俺はこうしてレイと話している。そして、運命の時を迎える度に忘れている。
「ごめん」
「ドウシテ謝るの?」
「だって、俺は忘れてるんだろ。レイのことも、この世界の間のことも全部。それって、何か……」
「カナシイ?」
「うん……」
レイは俺のことを覚えている。全てを忘れた俺のことも覚えているんだ。それなのに俺はレイのことを何も覚えていない。さっきここに来て、初めて会って、少しだけ一緒に過ごした関係。忘れられる悲しさは忘れる者には分からない。レイ達は覚えているのに……忘れられるのはいつもレイとゼロだけだ……。
「大丈夫。ワタシ、何も感じないカラ」
「その方がずっと悲しいよ……。レイだって色んな人に会って、変わってるはずだよ」
確かに人間とは違う何かかもしれない……。でも、レイに感情がないとは思えない。
「感じナイヨ。ナニモ。だから、ワタシ達がここにイル。人間は感情のイキモノだから。審判者にはナレナイ」
「どういう意味だ?」
「人間は感情を持ってル。ここに来て『もう苦しむことがない』とヨロコブ者。ここに来て『もう戻れない』とカナシム者。ここに来たくもないのに送られてしまったイカリ狂う者。ここに来てどうすれば良いか分からずマヨッテイル者。人間の感情で審判をスレバ好きな者には良い道を、嫌いな者には悪い道を選ばせてシマウ」
感情は審判に悪影響を及ぼす。だからこそ、レイやゼロのように無の感情が必要なのか……。
「感情で決めてしまったラ、ワタシとゼロの元いた世界が崩れてシマウ。正しい選択を与えるために感情ナンテ必要ない」
「じゃあ……レイとゼロは何者なんだ?」
「ワタシはワタシ。ゼロはゼロ。人間ではない存在。ソレダケ。感情がないソンザイ」
人間じゃない……感情がない……言葉で説明してしまうのは簡単だ。でも――。
「……そんなことない!」
俺が言葉を発した瞬間、レイが大きく首を傾げる。
「だって、レイもゼロも時々、悲しそうな目をしていた。ほら! 笑平さんや誠君が進まないことを選んだ時……! 本当は進んでほしいって思ってるんじゃないのか?」
「そんなことナイ。だって、何も感じないカラ。」
「笑平さん達が覚えてなくても、レイとゼロは忘れないだろ。今までずっとここにいた、笑平さんと誠君のことを覚えてる。何も感じないなんて、そんなの……。忘れるよりもずっとずっと辛い……」
何も感じなければ、悲しいことを悲しいとは感じないかもしれない。でも、楽しい時も楽しいと感じられないなんて……そんなのあまりにも残酷だ――。その時――なぜか、俺の頬にいつの間にか冷たい涙が流れていた。
「あれっ……? おかしいな……。何だ、これ」
俺は必死で涙を拭った。自分のことではなく、誰かのために泣いたことなんてなかったのに……。
「ドウシテ、君がそんな悲しい目をするの?」
どうして……? その答えは簡単だった。
「だって、レイは友達だから……」
「トモダチ?」
理由なんてない。友達のことを……大切な人のことを忘れた、それが答えだ。
「……俺が覚えているのは少しの間だけどさ。ここにいて、色々なこと教えてくれて。茜のことも。きっと、何度もレイは同じことをしてくれたんだろ?」
「そうだネ」
「……ごめん」
忘れた相手に対して、何度も手を差し伸べるのはどれほど辛いことだろうか……。俺には想像もできない。
「君はイツモ同じ。でも、今度こそ変わるかもしれないネ。もう1度、会ってミル? 茜に」
「茜に?」
「ソウ。君が謝るべきなのはワタシじゃないデショ? 君のせいであんな思いをしている茜に……君は伝えるべきデショ」
そして、レイが俺の花を持ってくると同時に、真っ赤な傘を差した茜が目の前に現れる。これが茜に会える最後のチャンスかもしれない……。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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