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「98番ト98番……」

 俺達の後ろに現れた2人をレイがいつものように番号で呼ぶ。俺は22番で司が2番……この番号には何の意味があるんだ? そんなことを考えていると、背の高い男性がフッと笑みをこぼす。

「その呼び方は止めてくださいよ、レイさん。私達にはちゃんとした名前があるんですから」

 男の子は相変わらず男性の後ろに隠れて、じっとこちらを見ている。

「初めまして、私は野村笑平のむらしょうへいです。こっちは息子のまことです。ほら。誠、挨拶は?」

 笑平と名乗る男性に促されて、誠君が少し前へ出て、ぺこりと頭を下げる。

「誠です……」

 それだけ言うと、誠君はまた笑平さんの後ろに隠れてしまった。俺達も簡単に自己紹介を済ませると、司が笑平さんに問いかける。

「あの、さっき笑平さんが言っていたことって?」

「さっき……? 私、さっき何と言いましたっけ?」

「えっと、このままという選択肢もあるみたいなことを……」

「ああ! そうでした! では、お答えしますね」

 何だがマイペースというかおっとりというか……少しゼロに似ている。

「ここで私達は決めなければいけません。でも、選ばないという選択肢もあるということです。そう、思いませんか?」

 そう告げた時、ニコニコしていた笑平さんから笑顔が一瞬消えたのを俺は見逃さなかった。

「巡也さん達にも運命の時がいつかやってきます。その時に上か下か……選ばなければいけません」

「それ、吾郎さんが言ってました」

 吾郎さんに「一緒に下に行こう」と言われたことを、ふと思い出す。

「下川吾郎、26番。花はアザミ」

 レイがはっきりとした口調で言い放つ。

「……26番ですか。その方も選ばないということを選んでいるんですね。巡也さんと司さんは?」

 俺と司は何を聞かれたのか分からず、首を傾げているとレイが代わりに答えてくれる。

「霧谷巡也、22番。花はネリネ。藤城司、2番。花はシロツメクサ」

「22番……。私が言うまでもなかったということですね。巡也さんは既に選ばないという選択肢をご存知のようだ。まあ、忘れているのも当然なんですけど」

「え?」

 知っているのに忘れている……。笑平が言っていることは矛盾している。それくらい、俺にだって分かる。

「司さんはきっともうすぐですね。まあ、これは私の勘ですけど」

 笑平さんはまるで、何もかも知っているように話していく。

「君達も選ばなきゃいけないノニ。ずっとここにイル。ここにいることを決めるのはいつも98番。でも、98番はいつも迷ってル。そんなことも君は気づいてナイ」

 さらにレイが話を続け、俺と司は余計に話についていけなくなる。

「それでも選ばないことを選ぶなら……今度もそうすればイイ。ずっとここで止まっていればイイ。進まなきゃ全て止まったままナノニ……」

 レイはいつものような冷たい目ではなく、感情を露わにした目で誠君を見ていた。とても寂しそうに……。誠君もまた、笑平さんの後ろに隠れながらもレイのことをじっと見つめていた。

「レイさん、これは私達が選んだことです。私も誠も望んで、ここにいるんです。それで良いじゃないですか」

「君は……ネ。でも、98番はそうじゃない」

 そう告げるとレイは俺と司の花を持ち、その場を去っていく。今度こそレイを追いかけようとしたが、誰かが俺の服を後ろから引っ張っていた。

「お兄ちゃん、遊ぼう!」

 レイがいなくなった途端、誠君は笑顔を浮かべていた。

「お兄ちゃん、遊ぼうよ!」

「すみません、誠が」

「いえ……」

「誠君、一緒に遊ぼうか!」

「うん! お花! お花見たい!!」

 俺が戸惑っていると司が誠君と手を繋ぎ、側にある花々の方へ走っていく。兄弟のように手を繋いでいる姿を笑平さんはただ静かに見つめていた。

「巡也さんくらいの年齢の方に会うのは久々なんですよ。だから、誠もあんなにはしゃいでしまって……」

「あの、笑平さん!」

「何ですか?」

「俺がもう知ってるって……どういうことですか。番号に何か意味があるんですか?」

 レイやゼロに聞くより、笑平さんは包み隠さず教えてくれるような気がした。

「番号は……ここにいる時間のようなものですよ。きっと、もうすぐ分かります。1度、運命の時を見てみると良いですよ。そうすれば分かるかもしれません」

 俺と笑平さんがそんな話をしている時、誠君が紫色の花を指差しているのが見えた。

「ほら、今、指差している花が誠の花です。名前はシラー。花言葉は『寂しい』……。だから、私がずっと一緒にいてあげないとダメなんです」

 花言葉はやっぱりその人に関係しているのかもしれない。しかし、司と一緒に花を見て回る誠君は寂しいという感情だけに囚われているようには見えなかった。 

「まだ6歳ですからね。誠の側にいてあげられるのは私だけですから。まあ、そうしてしまったのは私ですけど……」

「笑平さんの花はどれですか?」

「ああ、私の花は誠の花の隣にあるオレンジ色の花……カリフォルニアポピー。花言葉は確か、『私の願いを叶えて』だそうです。レイさんから教えて貰いました」

 私の願いを叶えて……そんな花言葉もあるのかと素直に驚いてしまった。

「……笑平さんの願いって何ですか?」

「さあ、何でしょうね。分かりません。私は、ただ誠と一緒にいられればそれで良いんです」

 笑平さんは笑っていたが、誠君を見つめる目はそうではなかった。

「笑平さんは、誠君とずっとここにいるんですか?」

「はい、そうですよ」

 笑平さんはゼロと似ているものの、聞いたことをはっきり答えてくれる。俺の知らないことが次々と明らかになっていく。だからこそ、俺の問いかけも止まらない。

「ずっとって、いつからですか?」

「ずーっと、ですよ。選ばないということを選べばずっとここにいられるんです。もし、選んでしまえば私はきっと誠とは一緒にいられなくなってしまう。酒に酔って事故を起こしたのは私ですから……。誠は何もしていません」

 その言葉で笑平さんと誠君がここにきた理由を理解する。世界の間はやはり、死者が来る場所らしい。

「私がここに連れてきてしまっただけですから。選ぶことで一緒にいられないのなら私は……選ばないことを選びます」

「笑平さん……」

「これでも、君たちよりは長く生きているので。あ、生きていた……か。長く生きていたので自分のことくらい分かります。私がどこに行くべきなのか、誠がどこへ行ってしまうのか」

 俺とは真逆だ。自分のことを知っているからこそ、笑平さんは選ばない……。自分のことを何も知らない俺とは違う。

「上か下、そして選ばないという3つの選択肢があるんです。巡也さんも選んでここにいるんです」

「何か不思議ですね。さっき会ったばかりの笑平さんの方が俺のことをよく知っている気がします」

「そんなことはありません。巡也さんは私と同じです。分かっているからこそ、それを隠しているんです。逃げている……と言った方が正しいかもしれませんね」

 そう、逃げている……。その通りだと思ってしまった。

「きっと巡也さんも本当に選ぶ時が来ますよ。私のようになってはいけませんよ?」

「え?」

「幸せなのは私だけですからね……」

「それって、どういう意味ですか?」

 笑平さんはにっこりと笑っただけで、最後の質問には答えてくれなかった。

「パパ!」

 丁度その頃、満足したのか誠君が笑平さんの所へ駆け寄ってきた。

「あ、司さん。ありがとうございました。良かったね、誠」

「いえ、僕も楽しかったですから」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして」

 笑平さんは誠君の頭を優しく撫でる。親子の何気ない光景……これが選ばないことを選ぶということなのかもしれない。上と下がはっきりしない以上、こういう選択もアリだと思ってしまう自分がいる。しかし、俺達がこうして過ごしている間に茜や裕香ちゃんはどうしているのだろう……。笑平さんの「幸せなのは私だけ」、その言葉が俺の心の中で何度も響いていた。


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