最終日
「あはははは……は、は……?」
だけど、不意にその笑いが途切れた。
「は……え……?」
しかし、その喜悦の表情が苦悶にゆがんだ。
「え……? あ、うう……」
「…………くく」
うなだれた僕の口から、かすかに笑いが漏れた。
もう我慢する必要はなかった。
「くくく……くはははははっ!」
そろそろ我慢も限界だった。僕は盛大に、高笑いをする。
「……ようやく、利いてきたみたいだね」
「え……?」
そう言って、僕は面を上げる。
彼女は息を飲んだ。
僕――いや、俺の豹変に戸惑っているのだろう。
それまでの気弱なおたく少年からの、一転だった。
ああ……この瞬間を、待っていた。
待ち望んでいた。
待ち焦がれていた。
さあ、せいぜい盛り上げてやる。
瞳を釣り上げ、突き刺すように睨み付ける。
「貴様を捕縛するプログラムだよ……」
ひどく低い声は、ひどく暗かった。
心地よい、暗さだった。
「さっき貴様にやった俺のプレゼントだよ……」
「……どういう、こと……?」
「おいおい、まだわからないのか?」
全く愚かな奴だぜ、と目を見開く。
それから、思いの丈、言葉を叩き付けてやる。
「――騙されていたのは、貴様のほうだったんだよ!」
「任務は成功したみたいね」
「……!」
突然割り込んでくる女性の声に、彼女は表情をひきつらせた。
僕はふりかえらぬまま、答える。
「ああ。うまくいったよ」
「本当……悪趣味なんだから」
「仕方ないだろう」
悪びれたふうもなく、言いながら立ち上がる。
彼女はため息をつきながら、部屋に足を踏み入れる。
俺の姉であるはずの女性だった。
本当は、姉を演じていた同僚だ。
「わざわざこんな演出までするんだから……」
「必要なことだろ?」
ふたりの会話に、画面の中で少女はますます混乱する。
「…………何……何なのよ?」
「ああ、血糊だよ」
断片的な言葉でしかない彼女の疑問に、答えてやる。
ナイフにぬめりついた赤いものを、ぺろりと舐め取る。
これ見よがしと、さも美味そうに。
見せつけてやった。
それは、どこか――殺人鬼のそれにも似ていただろう。
「全部、貴様を欺くための芝居だったってことだよ」
「……どうして……?」
それはわかった。自分がだまされていたということ。
しかし、彼女はわからない。そう、いったい彼らがなぜこんな手の込んだ真似をしてまで自分を欺いたのか……。
それが、わからない。
その愚かさが、いっそ、いとおしい。
そんな彼女に、
「はん、聞いてなかったのか?」
俺は鼻を鳴らす。
「言っただろ、任務だよ。ネット世界で悪さをしていた仮想人格。貴様を捕縛するのが、今回の俺達の仕事だったってことさ」
「…………!」
より一層の絶望に歪む彼女の顔に、溜飲が下がる。
俺は更に、なぶるように言葉を重ねた。
「はは、苦しいか? 痛いか? 辛いか? 悔しいか? 貴様のデータ容量は半端じゃないらしいからね。捕縛にもそれ相応の時間がかかる」
キーボードを人差し指で叩く。
すると、少女のまとった純白のドレスが、真っ黒に塗りつぶされるた。「ああ、ちなみに、より苦痛を与える術式を選んだのは俺の趣味だ。楽しかったぜ? 苦痛に悶える貴様の顔を想像しながら、喜々として組み上げさせてもらった」
彼女の表情が、より苦悶に染まる。
「貴様と同じく、性格歪んでるサドなんでね。まあ、一時間以上はかかるか。その時間をせいぜい苦しんでくれ……」
その表情に、俺は満足そうに微笑んだ。
「まったく、そんなに意外だったか? 予想の埒外だったか? 考えもしなかったか? 警戒くらい、しようとは思わなかったか? 自分自身が騙すだけと? 一方的に欺くだけだと、人間はそこまで馬鹿だと――本気で、盲信してやがったのか?」
そして、彼女に顔を近づけると、
唾棄するように。
「まったく、ここまで愚か過ぎると、笑えねえな」
睨みつけて、侮蔑を上回る、昏くたぎった憎悪を込めて。
その言葉を、たたきつけた。
「――人間を、あまり甘く見るなよ……!」
他の作品群と毛色が違っていたかと思います。でもまあ、根底には通じるものがあると思っております。理不尽な恐怖に負けない意思。抗うハート。まあ、今回の主人公は、少しあれですが。
バッドエンド、仮想人格ちゃんにとっては紛れもなくバッドエンドです。
最後の言葉に、ぴんと来られた方は、きっとわたしと同年代だと思います。




