8~9日目
〈8日目――10月13日月曜日〉
『順調なようだね』
『はい』
『それで? 用意してもらいたいものがあるって』
『これです』
『ふむ……わかった。すぐに手配するよ』
それから、男は彼女の雰囲気に気がついたらしく、
『どうしたんだい?』
『いえ……ここまでする必要があるのかと思いまして……』
『まあ、準備は万全のほうがいい。こういった仕事はちょっとした油断や手抜きが命取りになりかねないからね』
『………………』
『ずいぶんと手回しをしたんだ。ここで詰めを甘くするわけにいかない』
〈9日目――10月14日火曜日〉
「どうしたの? 純君……」
「ううん……何でもないよ」
心配そうな彼女に、僕は答える。
もっとも、僕の様子では彼女は納得できないに違いない。
僕は、とても憔悴したような表情をしているのだから。
それこそ、一睡もせずに何かを悩み続けてでもいたかのように……。
「昨日はどうしたの? 会いにきてくれなかったよね」
「うん……ごめん。ちょっと風邪を引いてね……」
「大丈夫なの?」
「うん……大丈夫……大丈夫だから……!」
彼女の言葉をさえぎるように、僕は声を荒げた。
「純君……?」
「ごめん、何でもないんだ……あ。あのさ……」
「何?」
「プレゼントがあるんだけど……受け取ってくれる?」
「え? 何」
期待に満ちた表情をする彼女。
僕はうっすらと笑いながら、パソコンにDVDROMを挿入して、ファイルを開く。
すると、彼女の姿が一瞬ゆらめいて……
「わああ……」
その服装が華やかなドレスに変わった。
「気に入ってくれた?」
「ええ、とっても。ありがとう純君」
本当に嬉しそうに、はしゃいだ声をあげる彼女。
「………………」
僕はしばらくの間、無邪気にはしゃぐ彼女を満足そうに眺めてから……
不意に表情をこわばわせ、立ち上がる。
「……どうしたの?」
「うん……」
僕はあいまいに答え、
「ねえ」
言う。
震えを押し殺した口調で。
「僕が何をしても……君は、僕を好きでいてくれる?」
「……え?」
「答えてよ……」
戸惑う彼女に、彼は静かに言った。何かを決断するために、必要だとでも……。
「……うん」
彼の意図することがわからないようでありながらも、真剣な何かを感じ取って彼女は答えた。
「わたしは純君のことが好きだよ……」
「……ありがとう」
彼はそう言うと、踵を返した。
彼が部屋を出て行き、そこには彼女だけが残った……。
そして。
さしたる間もおかず――その部屋に、遠くから女性の悲鳴がとどろいてきた。
「………………」
絹を裂くような悲鳴が途絶えたあと……異様なほどの静けさがその部屋を支配していた。
「…………くす」
やがて、その静寂が除々に破られ始める。
「…………………くすくす」
少しずつ大きくなる笑い声が、その静寂を打ち破っていく。
「くすくすくすくす……」
笑っているのは彼女だった。
パソコンの画面に映る『リリィ』と名づけられた少女が笑っているのだ。
「あは……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……!」
狂笑しはじめる彼女。
その時、部屋のドアが開いた。
姿を現した僕は、そこで笑い続けている少女を前にして唖然として見せた。
「リリィ、ちゃん……?」
虚ろな瞳になって。
空洞のような口から、その名前が漏れた。
「殺したの? ねえ、殺したんでしょ? あはは、ばあかじゃないのお?」
それまでの清楚な雰囲気が嘘のように、狂気に表情をゆがめて言う彼女。
「え? なに……なにを言っているの……?」
僕は突然の彼女の変貌が受け入れられない――そんな困惑を見せる。
「まあだわからないのお?」
げらげら、と下品に笑いながら、
「騙されたんだよおまえは!」
「……!」
えぐられたように、はっと息を飲む。
その麻痺していた脳がだんだんと事情を飲み込めてきたのだろうか……。
その表情に少しずつ絶望の色が浮かびはじめる。
その表情を、現実とういう猛毒が侵食していく……。
「きゃははは! まったく愚かねえ、救いようのない愚かねえ純君~?」
「僕を……だましたの……?」
「だから、そうだって言ってんじゃあないの?」
「僕を好きだって……」
「ええ、それは本当よ。あなたみたいにわたしの思い通りになってくれる愚か者は大好きよ~?」
「…………」
がくり、とひざをつく。
その手にしていた包丁が滑り落ちた。真っ赤に染まった包丁が……。
「ふふ……あははははは……」
僕はもはや何も口を開かない。
がっくりとうなだれ、死んだようにその場を動かない。
そんな僕を目の前にして、彼女は笑い続ける……。
まだ、続きます。




