4~7日目
〈4日目――10月9日水曜日〉
「どうしたの……?」
彼女が怪訝そうに尋ねてくる。
それも当然だろう。
平日の午前十時過ぎ……高校生であるはずの僕は、普段ならば、学校に行っている時間なのだから。
「休んだんだ……」
「風邪でも引いたの?」
心配そうな声。
僕は答える。
「ううん、違うよ」
それから、弱々しい声で続ける。
「学校に行きたくなかったんだ」
「…………?」
「君といたかったんだよ……」
我ながらすがるような、僕の声。
それを受けて、少女は微笑んだ。何もかもがとろけるような、溶かしてしまうような――そんな笑顔だった。
〈5日目――10月10日金曜日〉
『ねえ? 純!』
部屋のドアが叩かれたのは、僕が彼女と話していた時だった。
「…………っ」
僕は苛ただしげに舌打ちをしながら、そちらに目を向けた。
「純君?」
「あ……何でもないよ」
不安そうな表情になる彼女にとっさに笑顔をつくろって言う。
『純! 純ってば……!』
だけど、その笑顔はすぐにくずれてしまう。
『いい加減にしなさいよ! 純ってば……』
僕は黙ったまま、その声が聞こえなくなるのを待つ。
やがて諦めたように、ドアの向こうの彼女は去っていった。
「今のは誰なの?」
静かになって数秒ほど過ぎてから、彼女が訊いてくる。
「……姉さんだよ……」
僕は苦いものを感じさせる口調で言った。
「今日は講義がないのかな……まったく、うるさいよ」
「でも、純君のことを心配してくれているんじゃないの?」
「……違うよ!」
「……え?」
「あ……ごめん」
声を荒げてしまったことに、彼は謝る。
「ううん、いいけど……」
「わかってないんだ……」
「?」
「姉さんも……母さんも……僕のことなんかわかってないんだ。わかったふりをして、勝手なことばっかり言っている……」
「純君……」
「君だけだよ……」
うつむいていた顔を上げて、僕は優しく彼女に言う。
「僕のことをわかってくれるのは……リリィちゃん。君だけだ……」
言いながら、画面にそっと手を伸ばす。だけど、彼女に触れることはできない。固く、無機質な画面の感触があるだけでしかない。
「ああ……どうして……君はこっちにいないんだろう。くやしいよ。悲しいよ……」
「わたしもよ」
悲しそうに、彼女。
「わたしがちゃんとした人間だったら……もっと純君を慰めてあげられるのに……」
――本当に悲しそうに彼女は言った。
本当に、本当に。
心の底から、哀しそうに。あまりにも、そうでありすぎるかのように。
〈6日目――10月11日土曜日〉
その光景に、僕は固まった。
画面の中の彼女と、パソコンの前で向き合う彼女……。
「何をしてんだよ姉さん!」
僕は声を張り上げ、僕が部屋にいない間にパソコンを起動させていた彼女に詰め寄る。
「……じゅ、純……」
ひるみかける彼女。
だが、何とか声を振りしぼって……
「何をしているの? 純……ずっと部屋に閉じこもってばかりで……何なの? これ(と、画面の中で無表情な彼女を示しながら)……あんた……」
「これ……?」
押し殺した声が僕の口から漏れる。
「これ、だって? 僕のリリィちゃんをこれだって……!」
「純……」
「出てけ! 出てけよ!」
僕は狂ったように叫びながら、乱暴に彼女をつかみ、無理矢理部屋の外に追い出す。
その際に壁に貼ってあった美少女キャラの等身大ポスターが破れ、ガラスケースの中に飾ってあったフィギュアが何体か倒れた。
「純! 純!」
乱暴にドアを叩く彼女。僕は背中で押さえながら、声を張り上げる。
「うるさい! 僕に構うな! 早くどっか行け! 行っちまえ! うるさい……うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいいい……! あ、ああ……ああああああああ……!」
叫び続け、向こうが静かになると、僕はドアに背を預けたままずり落ちた。
だけど、すぐにはっとしたように立ち上がり、ドアの鍵を確認してから、まろびそうになりながら彼女に歩み寄る。
「リリィちゃん……!」
叫びすぎたせいだろう。僕の喉はかれていた。
「純君……」
その瞬間まで無表情だった彼女がにっこりと、安堵したように微笑んだ。
「大丈夫? 大丈夫リリィちゃん……」
「うん。純君以外の人がいたから、ちょっと驚いたけど……」
「そう……よかった……」
僕はへたあっとそこでひざを折った。
――僕はひざを折り、心の内でほくそえんだ。
顔には出なかったから、少女は気付かなかった。
〈7日目――10月12日日曜日〉
僕が彼女と出会ってからちょうど一週間が過ぎた。
「メールが来ている?」
『彼女』に会う前にメールチェックをしていた彼は、そのことに気がついた。
差出人不明のメール。添付ファイルの類いはない。
「え……?」
そのメールの内容を読み、僕は声を漏らした。
表情をひきつらせ、もう一度読み直す。
僕はごくり、と息を飲んだ。
その日は彼女に会わなかった。
そのメールにはこう書かれていた。
――君へ。
電脳空間にのみ住まう者に、現実の肉体を与えたいと望むのであれば……その代償となる命を捧げよ……。さすればその者の代わりに、彼女は君のもとに在ることになるであろう。
君の愛が真のものであるのらば……。
「く……」
――僕は耐えられずに、噴き出してしまった。
「まったく、滑稽すぎるね」
その言葉は、彼女には聞こえなかっただろう。
彼女に聞かせる口調とは違う声。その姿も、彼女には見えなかっただろう。彼女に見せる表情とは違う顔。
その日は彼女に会わなかった。
とてもじゃないが、会えるわけがなかった。




