静かな花火
「むむ、何処に行くんだお前。んなおめかしして。あれか?デートかぁ?」
「うわっ、優美ちゃんいきなり出てこないでよ驚くなあ」
「いきなりとはひどい。ただリビングでもやししてたら、足音聞こえたから出てきただけだっちゅーの」
「もやしする。何その新しい動詞」
「引きこもるの意」
「だろうね」
「そりで、どうしたのよ、無駄に気合入ってるではないか」
「え、あ、えーっとね。ちょ、ちょっとしげちゃんと遊んでくるだけだよ」
「挙動不審過ぎんだろ。どんだけ緊張してるのか恥ずかしいのか。どこ行くのさ」
「え、えーとちょっと映画見に…」
「デートやん」
「で、デートとはまだ認めてないもん」
「傍から見たら完全にデートやろそれ」
上から下まで千夏を見る優美。
どう考えても普段よりもオシャレ度が高いように思われる。
まあ、詳しくないので優美的にはよく分からないのだが。
「…まあ、楽しんできたら」
「うん、じゃあ行ってくるね!」
「あ、ちょい待ち。いつ帰る?」
「えーっと…夜、かな?だいぶ遅くなりそう」
「んーそうか?ならもう夕飯食ってこいよ。俺家でなんかテキトーに食っとくから」
「いいの?」
「気にすんなや。最悪一食抜いても死にゃしねえ」
「食べてね?」
「食べますともさ。まあどうせ会うなら長いほうがいいだろ。つーわけで俺のことは気にしなさんな」
「う、うん。分かった!じゃあ夕飯食べてくるから。優美ちゃんもちゃんと食べてね」
「あいよ。行ってらー」
「行ってきまーす」
見送る優美。
若干にやけている。
「…まあまあ、せいぜい愛を育んでくれたまへよ」
そう言いながら家の中へと戻って行った。
「しっかし、またあいついねえのか。暇だな」
そうして襲い来るのは暇の嵐である。
やっぱり千夏がいないとやることが相当限られてしまう。
一人でやると何事もあんまり楽しくもないわけで。
「むー、どうしようかな。佳苗でも呼ぶか?あーでもあいつも暇じゃねえよなたぶん。まあいい。PCつけるか」
がPCをつけてもいざ画面を前にすると何もやる気が起こらない。
というかやることもない。
「…動画見るだけで時間つぶすのもクソだしなあ。やっぱやめよ。まだ他ごとしてたほうが経済的だわ」
つけたPCを速攻で閉じてリビングの方に戻る優美。
「かー、やっぱ掃除しかねえか。つーか暇あると掃除してる気するぞ最近。俺こんなに掃除好きだったけ?絶対違うよね?」
別に優美は掃除が好きと言うわけでは断じてない。
まあ確かに他人がやりたがらないような場所は率先してやったりはしていたが、
全ての理由は誰もやらない時間が無駄でめんどくさいから。
ただそれに尽きる。
「暇だし、葉っぱ一枚残さずに掃除してやろうかなー。境内掃除のプロになる日も近いな」
箒で地面を掃きながらぶつぶつつぶやく優美。
相変わらず抜けない独り言癖である。
「…やっぱそれはやめた。暑い。干からびる。いつも通りでいいや」
さすがに暑いのでやっぱりそこまでやる気はないようである。
「…ん、誰か来るな。こんなクソ暑い日にお参りとは熱心なこって」
こつこつと上がってくる足音。
ひょっこり覗かせた顔は優美のよく知る顔だった。
「…ああ、なんだ。君、だったか」
「久しぶり。優美姉」
「あはは、久しぶり」
純清翔也。
優美に告白してきた少年である。
「どーしたのこんな暑い日に」
「…優美姉に会いたくなって」
「え、あ、そ、そう」
暑くて赤い顔がさらに赤くなったように感じる優美。
千夏の件こそあったが、
それでもやっぱりこういうことには慣れてない優美である。
「…上がってきなよ。ちょうど今誰もいないしさ?ほら、今日死ぬほど暑いし」
「え、いいの?」
「遠慮は無用だよ」
「そ、それなら…お邪魔します」
「いらっしゃい」
二人で玄関側から、
家の中に入る。
「じゃあ、ちょっと待っててね。お茶でも持ってくるからさ」
「あ、うん」
リビングの座布団の上に座る翔也。
ただ正座である。
「あ、そんなに固まらなくていいから。楽にしててよ」
「え、あ、うん」
「じゃあちょっと待っててね」
そう言って優美がお茶を連れて戻ってきたときには、
体育座りになっていた。
「足伸ばしてもいいよ?気にするような人いないから」
「あ、このまんまで大丈夫」
「それならいいけど。あ、はいお茶」
「ありがと。優美姉」
翔也の前に座り込む優美。
「…ちー姉はいないの?」
「いないんだよねえこれが。今日は遊びに行ってるだけなんだけど」
「そうなの?」
「そうなんだよね。最近外出かける割合が多くてさ。昼間あんまりいないんだよね。千夏」
いかんせん、
茂光との外出が増えたせいで、
昼間は家を空けることが多くなった千夏である。
それに伴って暇な時間が増えた優美なわけである。
「千夏いないと暇な時間多くてさ…私やることない方が疲れるんだよね…仕事はそんなに時間かからないからさ」
「へえ…お仕事大変じゃないの?」
「そんなに。まあここがそんなに人来ないってのもあるけど、もう慣れちゃったからさ。早く終わるようになっちゃったせいで余計時間が余っちゃうっていう」
「…それなら、また優美姉の家に遊びに来ていい?」
「うん。いいよ。むしろ君なら大歓迎」
「やった」
「そういえば、最近君の友達見ないけどどうしたの?」
「うん、なんかね、親戚の家に行ったり、旅行に行ったり…家族と一緒にいろんなとこ行ってるみたい。夏休みだから、ちょっと離れた公園とかも行けるし」
「ああ、そりゃそうか。小学生の夏休みは休みだったなちゃんと…」
「え?」
「あ、いやなんでもないよ」
優美の頭によぎるのは高校の夏休みである。
休みとかなかったといわんばかりのレベルに忙しかったことを覚えている。
「ん?でも君は?どっか行った?」
「おばあちゃんの家に泊まってきたよ。昨日帰ってきたんだ」
「ああ、最近見ないなーと思ってたら君も出かけてたか」
「うん。ここに来れないのは寂しかったけどね」
「はは、大丈夫だってここは無くならないし、私たちもいなくならないからさ。それに、楽しかったんでしょ?」
「うん、楽しかったよ。遠くてあんまり行けないから」
「…ちなみに何処にお住まいで?」
「えーっと…東北?」
「うわ、そりゃ遠いわ」
「うん、だからあんまり行けなくて…」
「そっか。あんまり会えないならなおさらそういう時間は大事にするんだぞ?」
「大丈夫。仲良いから」
「あはは。それならいいね」
その後も部屋の中でお喋りを続けた二人。
「…あ、そうだそうだ。ちょっと待っててね」
「うん」
そう言って部屋を飛び出していく優美。
戻ってきた優美の手には何やら袋のようなものが握られていた。
「これなんでしょうか」
「…?花火?」
「正解!ちょっとあるの思い出したから持ってきた」
この花火はもらい物である。
貰ったはいいが、
すっかり忘れて倉庫のこやしになっていたものである。
「それでさ、ちょっと時間的に早いけど、やらない?」
「え?花火を?」
「そうそう、あんまり飛んだりするやつは木が燃えるといけないからできないけど、こじんまりした奴ならできそうだし?」
「優美姉と一緒だよね?」
「そりゃあね?一人じゃさみしいでしょなんかこういうのって」
「や、やる」
「よーし、それなら縁側行くぞー」
縁側の前の庭部分にバケツと花火セット持ってやってくる二人。
「あー…やっぱまだちょっと明るいなあ。日長いな…」
「花火は見えるから大丈夫だよ」
「ま、そうだね。あんまり遅くなると君の家に迷惑かけちゃうからね…やろっか!」
ごそごそと袋から取り出したのは線香花火。
「吹き出し花火とかやると大参事になると大変だからさ。やるって言ってもこれだけど…」
「いいよ。優美姉とできるなら何でも」
「あはは。じゃあほら」
線香花火を持たせる優美。
自分も持って火をつける。
「…あー、線香花火とかいつ以来だろ」
ぱちぱちと火花が散る。
辺りは静かでそれ以外は虫の音だけである。
「…やらなかったの?」
「うーん…やる時間が無かった、が正しい。かな。時間ができるようになったの最近だからね」
「そうなんだ」
まだ明るいが時刻的には夕方。
辺りの景色も赤くなっている。
「…君は線香花火好き?」
「…んー、激しいのも好きだけど、これも好きだよ?」
「そっか。よかった。…私これ好きでさ。静かに儚い感じって分かるかな。こういうの大好きなんだよね」
「そうなの?」
「そうそう、短い期間だけ綺麗に輝いてる。そんな儚くも美しい…みたいなね。だから桜とかも大好きなんだよねえ」
「ここにも桜の木いっぱいあったもんね」
「そうそう。ほんとに綺麗だったなああれ」
事実そういったものは優美は大好きである。
まあ普段はあんまり気にしている様子は無いのだが。
「…ありゃりゃ、もう終わっちゃった」
「本当に、あっという間だね」
「…まあ、まだあるんだけどね」
そう言って袋から数本取り出す優美。
「一本なのかと思った」
「さすがにちょっと物足りないでしょ?それにこれ残しといてもしけっちゃいそうだからさ。線香花火だけでも全部やっちゃおう」
「うん」
線香花火が尽きるまで、
二人の静かな時間は続く。




