落としてから持ち上げる
「…朝か」
起き上がる優美。
「…夏も半分ってとこか」
壁にかけられたカレンダーを確認する。
自分の部屋にないと不便なのでこの前買ってきた。
「…ああ、今日は」
優美の寝ぼけた目が一点に止まった。
今日の日付である。
「…やらんとね」
意味ありげに笑いながらつぶやく優美。
当然近くには誰もいないのでこの声が聞こえた人間はいない。
「…まあとりあえずいつも通りっと」
というわけでいつも通り起きる優美である。
「優美ちゃんごはんだよー」
「ん、今いく」
いつも通りに掃除していると、
いつも通りに声がかかる。
部屋に入ればいつも通りに朝食である。
もはやワンパターン。
「優美ちゃん」
「んー」
口に朝食を押し込んだ状態で返す優美。
まあこの状態だと喋れないのだが。
「今日なんかない?」
なんだか少し興奮した感じで聞く千夏。
「…ごくん。なんかって?」
「いや、こうなんか」
「んー…なんかあったか?」
「え、えーと何にもない?」
「…さあ?あったけか?なに?」
疑問符を発射する優美。
「あ、え、えーっと、な、なんでもないよー」
「…?なんだよ?変なの」
「あははは…」
なんだか妙に落胆する千夏である。
「ん、ごちそうさん」
「あ、うん。おそまつさまでした」
「なんだよ元気ねえな」
「いやいつも通りだけど?」
「…そうか?」
立ち上がる優美。
「んじゃあ俺いつものお仕事してくるわ」
「あ、はい。いってらっしゃい。私も、ちょっと外に出てるね」
「ん。熱中症にはなるなよ」
そのままさっと部屋を出ていく優美である。
と、まあいつもならここで部屋にこもって色々作業するなりするわけなのだが、
何故か今日は自分の部屋中に入ったかと思ったら戸の前に座り込む。
「…」
息をひそめて戸の前で聞き耳を立てる優美である。
当然今まで一度たりともこんな行為はしたことないはずであるのだが。
「…」
何かを待っている優美である。
そんな優美の下に聞こえてくるのは千夏が発生させている音である。
おそらく今千夏も自分の部屋に入ったのだろう。
「…こっから十分かそこらか…」
何やらぶつぶつつぶやく優美。
それから十分ちょい。
千夏が戸を開けた音が聞こえた。
どうやら出かけて行ったらしい。
「…よし。手早くやりますか」
自分の家なのに何故かこそこそと移動する優美。
向かった先は携帯電話である。
さすがに家の中でまでは持ち歩いていない。
「さてさてーっと…」
ピピっと操作してどこかに電話をかける優美。
「…あーもしもし。そうそう。うん。うん持ってきて」
そこで一度電話を切って
別の所へとかけなおす優美。
「…もしもーし。ああうん。そ、今から。うん、来てね」
なんとも楽しそうな顔な優美であった。
□□□□□□
「はあ…やっぱり…覚えてないかあ…」
外に出たは良いが
特に行く場所も決まらず、
いつもよく行く大型スーパー内で、
黄昏る千夏。
「優美ちゃんなら覚えててくれるかなーって思ったんだけどなあ…」
それもそのはずである。
本日、
八月十日は千夏の誕生日である。
なので心ひそかに期待していたのである。
何かしらお祝いしてくれるかなと。
だからさりげなく聞いてみたのだが、
返ってきたのは全く覚えてい無さそうなセリフ。
そりゃへこむ。
「…はあ」
ただぼーっとしてるだけ。
それでも時間は過ぎていく。
「…帰ろうかな。いてもやることがないや」
座っていた場所から立ち上がる。
向かうべくは自分の家。
十分落ち込んだので、
こっからは心機一転である。
「家に夕飯の食材はあったよねー」
外面では落ち込んでいたなどと分からない空気を振りまきつつ、
石階段に差し掛かる。
既に夕方である。
どれだけぼーっとしていたのか。
「ただいまあ」
玄関にて微妙に沈みつつ、
帰ったことを伝える千夏。
だがしかし、
返事がない。
「聞こえてないのかな…?」
家の中は妙にひっそりしている。
確かに優美はいるはずなのだが。
「うん…?」
とりあえずリビングに向かう。
何かあったのかと思って。
そうして扉を開ける。
バーン!
「ハッピーバースデイ!千夏!」
大音量で響き渡るはクラッカー。
そこに優美、茂光、佳苗の声が重なる。
「ふはは、驚いたか。お前の誕生日を俺が忘れるはずがなかろうて」
「今日が誕生日って聞いて慌ててすっ飛んできました。だから準備らしい準備もできなかったんですけど…」
「でも優美ちゃんにあんなに頼まれたらねえ?断れないよねえ?」
「わ、馬鹿、言うな」
いつものリビング中央のテーブルには
がっつりケーキ1ホール。
部屋にもしっかり装飾がされている。
朝っぱらにこそこそしていた電話は
二人を呼び出してこれらの準備を手伝わせるためだったらしい。
「ん、あれ?ちなつー?おーい?」
そして固まる千夏。
というかなんだかプルプルしている。
あげく目から涙が。
「え!?ちょ、な、泣くなし。あ、朝言わなかったのは驚かせたかったからで…」
「ううん。違うそうじゃなくて」
目元に溜まった涙を拭きながら千夏が答える。
「いや…こんなことやってくれるなんて全く思ってなかったから…嬉しくてさ」
その顔は満面の笑みであった。
「そういうことかよ…驚かせんなよな…」
頬をポリポリする優美。
「まあとりあえずそんなとこ突っ立ってないで中に入れよ。今日の主役はお前だからね」
「うん…!」
というわけで中に引きずり込まれた千夏。
「つーわけで、はいはいまずはテンプレですがこれですよね」
そうやって指示した先にあるのはケーキに突き刺さった蝋燭である。
「じゃあ、いきまっせー。てめえら準備はいいかあ!」
「「あいあいさー!」」
「「「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデーディア千夏―。ハッピバースデートゥーユー。フォー!」」」
謎のテンションでお誕生日ソングの定番を歌う優美と二人。
最後の掛け声に合わせて千夏も火を吹き消す。
「はいはーい十七歳の誕生日おめでとーですー」
「ありがとー」
ちなみに実際には十七歳の誕生日は二回目である。
だがしかし、気にしたら負けである。
学年に年を合わせるとこうなるので仕方ない。
「つーわけで、皆様方から貴様にプレゼントを用意してある。ありがたく受け取るがいい」
「え、ほんと?」
「そりゃそーよ。みなさんこの日のためにこっそり準備してたんですぞ?」
実際このことについて計画していたのは一ヶ月以上前だったりする。
優美的には忘れることなんてありえなかったのだ。
「つーわけでーまずはこの人から―」
「はいはーい、ちなっちー。私だ!」
音がしそうな勢いで立ち上がる佳苗。
手には何やら小さ目な物を持っているようである。
「はい、これ!誕生日おめでとう!」
「ありがとう。…これは?」
「あはは、いやー、何にしようかなってさんざん迷ったんだけどさ。やっぱり使える物の方がいいよねって思ってね。そしたらこんな小さく…」
「開けてみていい?」
「どうぞどうぞ」
渡された物を開いてみれば、
中から出てきたものはヘアゴムであった。
シンプルだが小さくも綺麗な装飾付きである。
「いやー、ちなっちってツーサイドアップにしてること多いからさ?使えるかなーって思ったんだけど、どう?」
「うん…ありがとう!大事にするね!」
「おーよかった。気にいられなかったらどうしようかとひやひやしてたよ」
「あとで早速使ってみるね!」
「その時は見せてねー!」
思いっきり喜ぶ千夏。
「じゃあ次はお前の番だぜ」
「お、おう」
そうやって立ち上がったのは茂光である。
「えーっと…千夏さん。お誕生日おめでとうございます。何を贈ろうかさんざん悩んだんですけど…」
そう言いつつそこそこの大きさの物を渡す茂光。
「ありがとう。…これは?」
「えーっと…前千夏さんと一緒に買い物行った時覚えてます?」
「う、うん」
「その時の千夏さんがほしそうにしてた物を…今回プレゼントとして選んでみました。ちょっとずるいかな」
「ううん。そんなことない。…開けていい?」
「はい」
開けて中から出てきたのは服であった。
「っ!これっ、ものすごく高い奴…!いいの…!?」
しかも千夏が値段の高さに購入を見送った物である。
あえて言うなら、
0の数が一つ多いとかそんな感じである。
「ええ、千夏さんに喜んでもらえるのなら」
「…ありがとう!」
さすがに抱き着いたりはしなかったが、
全身から幸せオーラを発射しながら、
本当に嬉しそうにそういう千夏。
そんな千夏を見て茂光も少し恥ずかしそうながらも嬉しそうであった。
「はいはい、じゃあ最後俺ね」
千夏にスッと近づく優美。
「はいよ。これ」
「ありがと」
「なんだこれって顔してるな」
「先に言われたっ」
千夏に渡されたのは箱である。
大きすぎでも、
小さすぎでもない。
「はいはーい、とりあえずお前が必要そうな物をな。選んできたぜ」
「開けていい?」
「どーぞどーぞ」
開いてみれば中にあったのは
デジタル絵描きには欠かせないアイテムである。
「こ、これペンタブ」
「ん、そうそう。ちょいとふんぱつしていいやつ買っといたぜ」
「いいの?」
「遠慮は無用。ありがたく受け取るがよい」
「ありがとー!」
「うむ、そんだけ喜んでくれれば買ったかいがあるというものじゃな」
幸せをかみしめる千夏。
「じゃ、まあ最後にーこれなーんだ」
「あ、それはピザではないですかっ!」
「そそ、お前好きだったなーと思ってね。買っといたぜ」
「最高の誕生日ですぅ…」
「ふはは、さあさあ、とりあえず冷める前にたべよーず。ケーキはとりあえず後なんだぜ」
最高に盛り上がった誕生会であった。




