君がいた夏は
「…ああ、いたいた」
「あ、優美ちゃんこっちこっち」
ベンチと言うわけではないが、
座れそうな場所に腰掛けている佳苗。
その姿を見つけた優美は、
ゆっくりとそちらに近づいていく。
「…ったく、マジで走ったな?本気で見失いかけたぞ」
「それでもちゃんと追っかけてきてくれたんだね。偉い偉い」
「子供か俺は」
佳苗の隣で腰を下ろす優美。
佳苗も逃げる様子もなくそのままである。
「…ここいらはちょいと静かだな」
「まあ、少し祭りの中央部からは外れてるしね」
「みんな浮かれてるな」
「まあお祭りなんてこんなもんでしょ」
「まあ、そうだわな。つっても俺、こういうのあんまりこないからよく分からないけど」
「あはは、優美ちゃんこういうの苦手なんだっけ?」
「めんどくさいだけだな。行くのが」
優美が空を見上げると星空がよく見える。
「さっきまで若干曇ってたけど晴れたな」
「晴れたねー。これなら花火も綺麗に見れるかな?」
「そうだな。若干上がらないかもとか思ってたわ」
祭りの締めとも言える花火が無くなるのは惜しいものがある。
思い出に一番残るポイントでもあるし。
「…あの二人はどうしてるのかなー」
「さあ、な」
「せめて、こういう行事くらい二人で楽しんでほしいと思ったんだけどね」
佳苗が先ほど逃走を図ったのは、
千夏と茂光を二人だけにするという佳苗の計画であった。
当然優美もグルである。
なので同じタイミングで二人が退散するとかいう事態になったのである。
「…せめて、何か進展すればいいと思うんだけどな」
「進展、か」
優美の心によぎるのは千夏の言葉。
千夏が茂光に対する気持ちを固めない限りは、
おそらくこれ以上は無いだろう。
「…ま、俺はこっからは傍観者に徹するさ。どのみち最後はあいつらの問題だしな」
「まー見えてないけど」
「ちゃかさんでええっての」
ふっと息を吐く優美。
「…さてと、場所変えるぞ。こんなとこにいてナンパでもされたらたまったもんじゃない」
「おっと、優美ちゃん、恋人作るチャンスかもよ?」
「望んでねえ。それに…」
「それに…?」
「…いや、なんでもねえ」
「お?おお?まさか優美ちゃんに好きな人がっ!?」
「なんでもねえって言ってるだろ!ちょ、ちけえ!」
「誰?誰ですか!?」
「何にもねえって!というか仮にいても言うかっ!」
「なんでよー、教えてよー」
その場から逃走を図る優美。
「あ!ふふふ、優美ちゃん、私の手から逃れられるとでもっ!」
それからしばらくの間、
わりと本気の鬼ごっこが繰り広げられることになる…
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「今年は屋台多いですねえ…いつも以上に人きてるのかな」
「…そうなの?」
「こんなに道が人だらけなんて去年まで無かったですからねえ…千夏さんがいるからかな?」
「それは…無いと思うけど」
こちらは祭りの会場内を歩く千夏と茂光である。
そろそろだいたい回り尽くしただろうかと言った感じである。
「…千夏さん」
「何?」
「…なんか、あんまり楽しくなさそうですね?」
「え…いや。そういうわけじゃ」
「ずっと、なんだか心ここに在らずって感じがします」
「そんなこと…」
「…さすがに、分かります。俺だって、千夏さんのこと、ずっと見てきたんですよ?」
「…」
茂光の視線が千夏の目を貫く。
千夏が目をそらす。
「すいません。気づいてたのに」
「そんなこと別に…」
「…」
「…」
二人のことなどつゆ知らず。
周囲は相変わらずの活気を見せている。
「…ああ、そうだ。千夏さん。ちょっと来てください」
「…どこに?」
「えーっと…なんていうか、俺のお気に入りの場所?」
「お気に入り?」
「はい。…来てくれますか?」
「…うん」
茂光に手を引かれる千夏。
たどり着いた場所は祭りの会場から少し離れた川辺。
ざわめきが遠のく。
「ここは?」
「えーと、ここはですね。まあ、なんというか花火の穴場なんです」
「穴場?」
「はい。ちょっと離れてるせいかまず人がいないんですよね。まあ椅子とかは無いんで、土手に座ることになりますけどね」
「へえ…」
言うが早いか土手に座り込む茂光。
「あー千夏さん、そのまま座ったら浴衣汚れちゃいますね…そこまで考えてなかった…」
「…いいよ。これくらいは」
千夏もそこで座り込む。
「…今時、土手が残ってる川なんて、珍しい」
「そうですね。良くも悪くもまあだいぶ田舎ですからねーここ」
茂光が笑いながら答える。
「…」
「…」
「…しげちゃん」
「なんですか千夏さん」
「…今日はね、楽しかったよ。楽しかったんだよ」
「…」
「でも、駄目だった。やっぱり、どうしても、考えられずにはいられなかった」
川のせせらぎが静かに響く。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように。
「私だって、さ。あんなに真面目に言われたら、何も感じないわけ、無い」
川の方を見たまま千夏が告げる。
「何度も考えたよ。こんなこと初めてだったし」
「…」
「…でも、どれだけ考えても、このままじゃ。駄目だ」
「え…?」
「…どうしても、私でいいのかってなるんだ。どうしても」
「そんな、俺は千夏さんなら…!」
「ううん。違う、違うの。そうじゃない」
千夏が少しうつむく。
「どうしても、しげちゃんに言わないといけないことがあるの」
「…?」
「信じられないだろうし、嫌われるかもしれないって思って、言えなかった。でも、これを黙ったまま、しげちゃんの気持ちに応えることなんてできないよ」
「それは…」
「私、男だったの」
「え…!?」
何かを言おうとした茂光が固まる。
驚きに目が見開かれる。
「こんなこと言って、信じてもらえるかは分からない。でも私は生まれた時は確かに男だった」
うつむいたまま、千夏が続ける。
「私は今から半年くらい前にあの、今の私が住んでいる神社に突然飛ばされてきたの。…この、今の姿として」
「…」
「ここに来る前の私はいたって普通の男子高校生だった。だからこそ、今まで頑なに全ての告白を断ってきた。私も受け入れられなかったし、相手を騙すみたいな気もしたから」
茂光は何も答えない。
千夏も何処か遠くを見る目で話し続ける。
「女子高生としての生活は楽しかった。男の時とはまるで違ったし、しげちゃんや佳苗ちゃんとも会えたから。だからこそ、絶対に誰にも話すつもりはなかった。…全部が崩れちゃいそうで」
千夏が茂光の方に首を向ける。
「だけど、私のことを本気で好いてくれているしげちゃんに、このことを話さないままいるのは、やっぱり許せなかった」
「…」
「しげちゃん。これが私の秘密。誰にも話せなかった。私の。これでも、私への気持ち、変わらない?これでも、私のことが、好きでいてくれますか?」
返答は、ない。
耐えかねた千夏が立ち上がり、
茂光に背を向ける形で一歩前に出る。
「…あはは、そりゃ。そうか。そうだよね。こんなこと聞かされて好きでいられるわけが…」
「そんなことないっ!」
茂光が叫ぶ。
その声に千夏が驚き、
茂光の方へと向き直る。
「そんな、そんなことは、ありません。あるわけ、ないじゃないですか…」
「しげちゃん…?」
「今一度、はっきり言います」
千夏の前にやってくる茂光。
その目に迷いはない。
「俺は千夏さんが好きです。好きなんです」
今度は千夏が驚く番だった。
「え、え、え?う、嘘じゃないよ。さっきの話」
「わかってます」
「私が男だったってこともほんとだよ?」
「しってます」
「な、なんで?なんで?なんでそれでも私を…」
「俺はあなたに惹かれたんですよ。千夏さん。俺は、千夏さんが千夏さんだったから好きになったんです。あなたがあなたでなければ、俺は好きになってなんていません」
しっかりと千夏を見つめたまま、
茂光が続ける。
「とびきりの美少女で、人に優しくて、なのに、ちょっぴりドジな、そんな千夏さんが好きなんです。たとえかつて男だったとしても、たとえ男の心が千夏さんの中に残っているとしても、俺は受け入れます。だって、それもこれも、全部合わさって千夏さんじゃないですか。俺が好きになった、千夏さん。あなたじゃないですか」
「しげちゃん…」
「だから、何度でも言います。俺は千夏さんが好きなんです。その程度で、俺の気持ちは変わりません!」
強く、はっきりと、茂光が言い切る。
「俺は、あなたが元男だろうが、化け物であろうが、絶対にこの気持ちは変わらないと断言します。だから、千夏さん。教えてください。あなたが、どう思っているのかを」
「私は…」
「…」
「私も、しげちゃんなら…いい」
「!千夏さん…」
「あなたへの気持ちが恋なのかと聞かれたら分からないけど…それでも、私はしげちゃんいると楽しかった。しげちゃんと話して、一緒にいられることが嬉しかった。だから、これからも、しげちゃんとは一緒にいたい。…これだけは絶対に違わない、私の、気持ち」
千夏もはっきりと言い切る。
その言葉を聞いた茂光がスッと息を吸い込む。
「千夏さん」
「なにかな、しげちゃん」
「俺と…俺と…」
「…」
「俺と、付き合ってください!」
茂光が叫んだ。
「え、えっと、えっと」
短い、
しかし二人にとって、
無限に等しい時間が流れる…
千夏がゆっくり口を開く。
「…こちらこそ。よろしくお願いします」
バンッと天に咲いた花火が、
二人を照らした。




