夏祭り
「…」
縁側にて空を見上げる優美。
「…そろそろか」
静かに優美が告げたのとほぼ同時に、
縁側の脇から顔を出す少女が一人。
千夏…ではない。
しかし見知った顔だ。
「来たのか」
「来たよー!優美ちゃん!」
「わっぷ、ちょちょ、離れろって」
いきなりその人物に抱きつかれて慌てる優美。
飛びついてきたその少女は川口佳苗。
千夏と同じクラスにして、
こちらにやってきた千夏の最初の友達である。
「表に居なかったからこっちにいるのかなーってさ」
「何故ばれた。というかなんで俺の行動パターン把握しとるねん」
「だって付き合い長いし?」
「いや長いって言っても半年ちょいだが…」
「十分長いから問題ない!」
「いや、まあなんでもいいんだけど離れよか?」
「いやだって今日の優美ちゃん可愛いんだもん!」
「はあ…さいですか。いやまあ巫女服じゃねえけどさ今日」
今日の優美が来ているのは巫女服ではない。
浴衣である。
まあ結局和装だが、
浴衣を着ているのには当然理由があるわけで。
「そろそろだっけ?夏祭り」
「うん、もうちょっとでしげみっちも来るってさー」
「そうかい。んじゃまーもう少し待つとしましょうか」
今日は祭りの日である。
この神社ではさっぱりその手のことはやらないが、
電車に乗って少し行ったところでやるようなので、
行くことにしていたのである。
当然メンツはいつもの四人。
「ちなっちは?」
「あいつ部屋にこもってるな」
「な!?こんな時に引きこもりですとっ!?」
「いや、なんか何を着てくかで悩んでるっぽい」
「ああなるほどー。ちなっちそういうところこだわるもんねー」
「あいつの持ってる服の量は業界随一。というか洋服多いことは知ってたが浴衣まで悩むほどあるのかあいつ」
「学校で、買っちゃったテヘペロ。ってやってたよちなっち」
「マジかよ聞いてねえ」
と、そこまで話したところで
家の中から足音が。
「あ、やっぱりここにいた」
浴衣に着替えた千夏がそこにいた。
千夏の和装はなかなか珍しい。
一応巫女のはずだが、
ほとんど巫女服も着ないので。
「あ、もう佳苗ちゃん来てたんだ」
「やっほー、ちなっち。夏祭りだよ!なっつまっつり!」
「テンションたけえなおい」
「だって祭りだよ!?はしゃがなくてどうする!」
「いや佳苗ちゃん、まだ始まってないからね…」
「というか現地にすらいないっていう」
とかなんとか言っているとさらに聞こえる足音。
そして縁側脇からのぞいた顔はこれまた見覚えのある顔であった。
「よお、茂光」
「あ、おっす優美ちゃん。どうもです、千夏さん」
「あ、うん、こんばんわ、しげちゃん」
「もー遅いぞー!私を待たせて殺す気か!」
「そんな程度じゃ死にゃしねえよ」
「私は待たされると死んじゃう病なんですー!」
「どんな病気だそれ」
というわけでなんだかんだ気が付いたら全員そろっていたので、
そのまま駅に向かうことに。
「夏祭り―、夏祭り―、踊って騒いでおいしいもん食べてー…うーん幸せ!」
「まだ始まってないのにもうクライマックスだな」
「だってさー、みんなと一緒に初めて行くんだよ?楽しくないわけがねえ!ってわけですよ!そう思いませんか優美ちゃん!」
「…いやまあ楽しみではあったけどね?なんだかんだいいつつ」
「ほらほらー!というわけでテンションあげていきましょー!」
「川口、お前はテンションあげすぎ」
先行するのは佳苗と優美。
上がりまくった佳苗のテンションに置いてけぼりぎみな優美である。
「…」
「千夏さん」
「あ、うん、何?」
「夏祭り、楽しみですね」
「…うん、そうだね」
後ろに続くは千夏と茂光。
何かよく分からない空気が間を流れている気がする。
少々ぎこちない。
「しっかし、この格好で外出るの初めてだな」
「まあまあ、可愛いよ?優美ちゃん」
「いやそういうことではなくてだな」
なんだかんだ言って、
今まで和装のまま外に出たことはほぼないのである。
なので違和感バリバリもいいとこなのである。
「優美ちゃんみたいな可愛い妹なら私もほしいなあ」
「やめとけ。絶対後悔するぞ」
「えー?なんでさ」
「当人の俺が言うんだから間違いねえ。絶対にやめとけ」
いかんせんかなり頑固で、
かつ我が強いので付き合える相手はだいぶ限定される、
と優美は思っている。
そして、あんまりそれは外れてない。
「ま、今は普通に優美ちゃんがいるからいいや」
「おうおう、近いわ」
なにやらすりすりやってくる佳苗。
優美も口では拒絶しつつも別に嫌がってはいなさそうである。
「…あ、そういえば、花火も上がるみたいですよ。今日のお祭り」
「そうなの?」
「ええ。けっこう大規模にやってますからね。毎年なんですけど」
「そうなんだ。私は行ったことなかったからなー」
「じゃあ今日は今までの分も楽しまなきゃですね」
「…そうだね」
そうして電車に乗り込み一同は目的地へ。
「…なんつーか浴衣の人間多いな」
「まー、ここら辺の人たちは結構来るからねー。みんな向かってるんじゃない?」
「そうなのか」
「しかし、今まで知らなかったとは…結構有名だと思うんだけどね?」
「あ、あー、えーっとそこはまあいろいろと…」
去年の秋までそもそもいなかったとは言えない優美であった。
「ついたー!ひゃっほー!」
というわけで現地である。
来た場所からだと屋台しか見えないが。
「ほら行こ行こ!」
「あ!ちょま!…おーい二人とも早くしねえと佳苗どっかいっちまうぞ」
「あ、佳苗ちゃーん!ちょっと待ってー!」
慌てて追いかける三人。
クラス内最速、
学校内最上位のスピードを誇る佳苗を追いかけるのはなかなか骨である。
人が多いので追いつけないことは無いのだが。
「止まれっつーの、一人で行くな!はぐれたらどないすんねん!」
「大丈夫大丈夫。はぐれたくらいではどうにもなりませんから!」
「はぐれるの前提で話してるんじゃねえよ!つーか浴衣崩れるから走らせんな!」
優美がつっこみの嵐をしていると後から二人も追いついた。
人の波をぬうのは小さい優美の方が早かったようである。
「佳苗ちゃん早すぎい…」
「ふひひ、ごめんごめん。さーてと、とりあえず食べ歩くぞー!」
「元気だな…お前」
「まだまだ祭りは始まったばかりじゃぞー!」
「分かった。分かったけど頼むからもうちょっと抑えろ」
「まあまあ、最悪はぐれたら駅のホームで集合ってことで!」
「だからはぐれる前提で話を進めるなっつーの」
そっから先も佳苗がだいたい全員を先導して回っていた。
「がー!外したっ!親父ぃ!もう一丁!」
「おっさんかお前は!」
「というか佳苗ちゃん外しすぎだよ…」
「俺やろうか?」
「いいんです!射的は私が絶対落とすと決めているのだから!」
「破産しないようにしろよ」
屋台の間を歩く四人。
「えーっと、ふぎわあ」
「食いながらしゃべるなよ…ごくん」
「優美ちゃんも食べてるじゃん」
祭りの踊りを観戦してみる四人。
「ほっほっほいやっさ」
「いやリズムちげえし踊り違うし、というか全部違うし」
「やーだもう、優美ちゃんつっこみすぎい!」
「お前がつっこまれるようなことばっかりするからだろ!」
「やっぱりご当地のなんかだったりするのかな?」
「わりとそうですね。はい」
そうこうして歩き回る四人。
「ふふふー、やっぱ祭りは楽しいのう」
「こういうわーわーは悪くないね。見知った仲の人間と回るのはさ」
ちらっと佳苗が優美に目をやる。
それに気付いた優美が佳苗の方に目を向ける。
「お、あれ、なんだろ。ちょっと行ってくる―!」
「あ、ちょ、おま」
またもや激走しだす佳苗。
「あーもうくそっ!止まれえ!どこいくんじゃああ!」
「あ、ちょっと優美ちゃん!?」
佳苗を追いかけて優美もまた人ごみの中へと消えてしまう。
あっという間に周りの人ごみに紛れて見えなくなってしまった。
「あー…どうしよう。今日は携帯持ってないのに」
「まあ、二人でいるだろうし大丈夫じゃないですかね。中での合流はちょっと難しいかもですけど。さっきもはぐれたら駅で合流って言ってましたし」
「まあ…そうかな?」
茂光が千夏の方を向いて手を差し出した。
「…それじゃあ、回りましょうか?一緒に」
「…え、えーとこの手は?」
「千夏さんとはぐれるわけにはいきませんから」
良い笑顔で答える茂光。
若干目をそらす千夏。
それでもその手を握りかえす。
「それじゃ行きましょうか」
「う、うん…」
祭りの夜はまだまだ長い。




