鳴くやつ
「汝は、この女を妻とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、共に歩み、
他の者に依らず、死が二人を分かつまで、
愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
青年が静かに告げる。
その顔は晴れ晴れとしていて、
とても嬉しそうだ。
「汝は、この男を夫とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、共に歩み、
他の者に依らず、死が二人を分かつまで、
愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、
神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
純白のドレスに身を包んだ女性がにこやかに答える。
こちらも恥ずかしそうながらに、
それでも幸せそうな顔をしている。
「それでは、誓いのキスを」
青年と女性が向かい合う。
少しだけ青年が近づき、
そのまま二人の顔が近づき…
□□□□□□
「うがああああああ!!!」
すさまじい叫び声をあげて優美が飛び起きた。
「ゆ、ゆ、夢か…はあ…」
そりゃ夢の中とは言えど、
いきなり自分の結婚式が行われていれば驚くだろう。
ただし、優美が叫んだ理由は当然そこではない。
「…うん、俺、嫁さん側だったね?うわーお」
死んだ目になりながら
先ほどのシーンを思い出す優美。
精神状態的には男なためにこれは色々と許容範囲を超えているのである。
「そこまで落ちたか…?早くねーべ?」
頭の中でどうしてこうなったかの原因を探る。
少なくともまだこうなることは望んでいない。
となると何かしらに影響されたと考えるのが自然であるわけであるが。
「…そんな夢見たんだ」
「見たともさね。まさかあれを体験する羽目になるとはね」
夕方のリビングにて千夏に今朝の夢を語る優美。
「それで、今度は一体何に影響されたんです?」
「今度はって毎回影響されてるみたいな言い方だなおい」
「前も言ってたし」
「いやまあ、そりゃね?よく影響されるけど俺」
何かに没頭した後に寝ると、
そこそこの確率でそれに関連した夢を見ることに定評のある優美である。
高確率でファンタジーな世界になっていることが多い。
それに反して千夏の夢は現実的すぎる物が多い。
「まあ原因なんて一つしか見当たらねえわな」
「なんだったの?」
「おめーの話聞いたからだろうさ。その手の話につながりそうなのそれしかないし」
「あ…」
それもそのはず。
今日は茂光が千夏に再告白した次の日。
それを聞いた優美の頭にそれが印象付けられていても仕方ないと言えばそれまでである。
「というかなんであの話聞いてそこまでいくのさ!?」
「んー?だって付き合うのかなーって考えたら、必然的にその先の結婚も視野に入るんじゃねーの?」
「早い、早いよ!まだ前段階すら終わってないよ!」
「お、ということは前段階に突入するってことですか」
目をそらす千夏。
「…い、いやそれはまだ、考え中…」
「なんだ。もう決めたかと思った」
「デリケートな問題なの!そんな簡単には決まらないの!」
「そうかい」
「そうです。今日だって悩んでたんだから」
学校にいる間も考えてた千夏である。
「…そういえば、茂光会ったんじゃねーの?どうだった?」
「え?えーと、ふ、普通だよ?」
「なにその挙動不審」
「そ、ソンナコトナイヨー」
「片言かよ。…まあ、あんまり踏み込むのもあれか。まあじっくり悩んでやってくれ」
「何があったか聞き出しといてそれ言う?」
「根掘り葉掘り聞かれたい?それなら?」
「…いや、それはちょっと」
「ま、話したくなったら話せばいいよ。相談くらい乗る。童貞だけど」
「今は処女でしょ」
「そういや結局捨てずに終わったな」
「今さら遅い」
「まあ、別にいいけども」
寝ころぶ優美。
さすがにコタツはだいぶ前にしまっているので、
普通に座布団の上にだが。
裏に回ると下が見えるが気にしない。
「いやーしかしお前も…」
「いぎゃあああああああ!!」
「え?え?何?」
そして突然叫ぶ千夏。
その声に飛び起きれば飛来する何かが…
それは壁に張り付いて何やらジージー言っている。
「…ああ、何、セミか」
「あ、せ、セミですか」
「いやなんだと思ったのさ」
「いや、とりあえずなんか虫飛んできたから」
「そういやお前虫駄目だったな…」
反対側の壁に張り付いているセミ。
少々早い気がしなくもないが、
気が早いセミもいるのだろう。
「…で、何故そんな遠くにいるのかね。こっちきなよ」
「いや、怖いし」
「そこまで逃げるほどかよ?」
「と、とりあえず早くなんとかしてください」
「幼女にやらせるなよな」
「そこは幼女関係ないのです」
「まあ、別にいいけど。よっと」
普通に壁に張り付いたセミをつまむ優美。
「ほれ」
「近づけなくていいから―!早く外に放して早く!」
「んー?慣れればセミって可愛いよ?表しか見たくはないけど」
「嫌でも私駄目ですから。というかなんで寄ってくるの!?」
「え?何となく」
「早く外、外に」
「化け物じゃあるまいし…」
「嫌なものは嫌なの!」
「しゃーねえなあ…いやまあおしっこかけられたらたまらねえけども」
というわけで外にセミを放す優美。
幼虫系統は触りたくないが、
セミくらいなら普通に触れる優美である。
「…ま、セミに関しちゃ確かに触れねえ奴多いしな。分からんでもない」
「そうなの?」
「触れねえ奴めっちゃいたぞ俺の周り。そういうやつに限ってうねうねしてる幼虫とか平気で触るからよく分からん」
「幼虫はキモイ」
「あれ触るならセミの方がいいと思うんだがな。どうやらそうじゃないらしい。やっぱ将来カブトムシに進化する方がみんな好きなのかね」
「でもカブトムシとかも裏側とかじっくり見ると気持ち悪くないですか」
「普通は裏は見ねえからいいんじゃねーの」
「そりゃ表面はいいかもしれないけど…」
虫と言うだけで駄目な千夏である。
まあ、蚊くらいなら大丈夫だが。
というかさすがにそれに触れないと夏がやばい。
「ああ、クソ。セミの乱入で何話そうと思ってたか忘れちまった」
「あるある」
「…んー、まあ、いいか。思い出したら語るとしようか」
ふと外を眺める優美。
「というかセミが飛んでくるって…夏だな」
「まあこんなに暑いしねー」
「いやー、いつの間にこんな季節に。おかげさまでこの格好暑くなってきた」
「家の中くらい脱げばいいのに」
「めんどい」
「それは知りません」




