快晴のおまじない
「…ああ、またか」
朝目覚めて一番、
しとしと聞こえる外の音。
聞き間違えるはずがない。
雨である。
「かー、ここ数日連続で雨じゃねえか。梅雨なんだろうけどさっ!」
優美が雨が嫌いなのは、
そもそもじとじとしていて嫌なのもあるのだが、
日課である境内の掃除ができなくなって、
単純に暇になる点である。
しかも雨だと当然子供たちも来ないので、
やることが真面目ごりっと無くなるのである。
当然家で暇でも千夏のいない昼の間はPCくらいしかやることがないわけだが、
正直若干やりすぎてやることが無くなっているのが現状である。
「はー…こうやって朝早めに起きてもやることねーし全く」
いつもならこっから朝一番の掃除であるが、
できないのでしかたない。
暇つぶししかない。
「んー…何しようかね。PCなんざつける気にゃならねえしな…」
そんな優美の目にふと飛び込んできたのはティッシュ箱。
いかんせん家が広いので、部屋ごとに設置しておかないとティッシュも足りないのである。
「…あーそうだ。ちょうど雨だし良いこと思いついた」
おもむろにティッシュを何枚か取り出して、
ペンを構える優美。
「うーむ、こんなの作るのひっさしぶりだけどうまくできるかねー」
ぶつぶつ言いながらティッシュを丸めていく優美。
どこから持ってきたのか輪ゴムを取り出す。
「よーし!できた!いやー久しぶりに作ったなこんなの」
ティッシュを丸めた団子にティッシュをかぶせて
輪ゴムで縛って顔書いて…
まあ要するにてるてる坊主である。
「さーてと顔書くか」
マジックペンを取り出して顔を書き始める優美。
そんな凝った物を描く気は最初から無いので二コちゃんマークである。
「…ただし左目は入れないと」
右目まで書いたところで目を書くのを止める。
左目を書くのは願いが成就、
即ち晴れにする願いがかなった時に描くらしい。
「さてと、飾るとしますかねー」
と言うとリビングの方に駆けていく優美。
「よーしこれで完璧だな、南だしこっち」
リビングの縁側の上にてるてる坊主をつるす優美。
太陽の見える方角につるす方がいいらしい。
北半球の日本では南である。
「さーてと呪文を唱えまーす。って一人でやっててもアホみたいだな」
と言って固まる優美。
「…いかん、てるてる坊主の歌忘れた。聞いてこよ」
昔ながらの童謡等々は結構知っていて歌える優美だが、
てるてる坊主の歌は忘れていたようである。
というかこんな真面目にてるてる坊主をつるすのが初めてなので歌わないし。
「…歌詞見ながらでいいかな…いいよね?」
さすがに即席で歌詞までは覚えられなかったのか
携帯を持ってきてネットで検索かけて歌詞を引っ張りだす優美。
歌の音程やリズムは2、3度聞けば十分覚えられる。
「えー…コホン。誰かに見られたら変な人じゃな…まあいいか。困ることもあるまいて」
てるてる坊主の前に立つ優美。
「てるてる坊主、てる坊主――」
千夏をたたき起こしてしまってはいけないので、
あくまでも静かにであるが、
それでもよく通る声がそこそこ響く。
「―――。…こんなもんか。初めて歌ったわ」
きっかり三番まで歌いきった優美。
別に何か起こるわけでもないが、
明日は晴れそうな気がしなくもない。
「まったく、頼むぜてるてるさんよ。さすがに一週間近く雨ばっかは嫌だからな」
と、その後も色々やっていたところ、
そこそこ時間が経っていた。
「おはよー」
「ん、おはよ」
千夏が起きてきた。
優美より遅いとは言えど、
家事関係のことをするので起きるのはやっぱり早い。
「…あれ?その窓につるされてるのは?」
「ん?ああ、これ?てるてる坊主だが?」
「あー…最近雨多いもんねえ」
「全くだ。だからこいつにかけてみることにした。案外効果あるんじゃねーのかな」
「どうでしょ。天気予報だと明日も雨だけど」
「うわ、現実は非情だった」
「まあでもわからないよ?この家だけ晴れるかもしれないし」
「それはそれでこええよ」
てるてる坊主を指で突っつく千夏。
「…あれ?左目ないよ?描かないの?」
「あー、左目は明日晴れたら描くんだとさ。願いが成就した時に描くわけっすわ」
「へーそんなことあるんだ」
「ちゃんとてるてる坊主の歌も歌ったし明日はぜひとも晴れてほしいね」
「そうだねー。私も雨だと自転車使えないしねー」
「晴れがいいよな」
「だよね」
というわけで次の日である。
祈りが届いたのかどうなのか。
雨の予報を吹き飛ばして、
降り注ぐ日の光。
快晴であった。
「おおー晴れた晴れたー」
「おー、久しぶりに日の光見たねー」
「よーしよし。よく頑張ったなてるてる坊主くんよ」
「ちゃんと願いを果たしましたね」
「こりゃちゃんと供養してやらにゃな」
「供養?」
「うむ。ちゃんと晴れにしてくれたんだし最後までやらにゃ。マジックペンちょっと持ってきて」
「うん」
というわけで千夏が持ってきてくれたマジックペンを手に取る優美。
「じゃあ左目描くの?」
「そゆことです。はいよく晴れにしてくれましたな」
キュっと左目をてるてる坊主に描く優美。
これにて顔完成である。
「よーしこれでおっけー」
「おしまい?」
「いんや、ちょっとジュースある?」
「え?あるけど」
「ちょっとコップに注いで持ってきて」
「りょーかい」
というわけで千夏が白い液体をコップに入れて持ってくる。
「…それは」
「えーと牛乳です」
「見りゃわかる。というか牛乳ってジュースなの…?」
「さあ?」
「まあ、いいか?」
「というか何するんです?」
「お供えだよ」
「てるてる坊主に?」
「そうそう。てるてる坊主の歌で約束してるからな。私の願いを聞いたらなら、あまいお酒をたんと飲みましょうってね」
「そうなんだ、でもそれお酒じゃないとダメじゃない?」
「未成年だから買えねえし…まあこういうのは誠意が大事なのさ」
というわけで縁側上から外したてるてる坊主を台の上に乗せる優美。
その前に持ってきた牛乳を置いておく。
「家はこういう台あるから、こういう時いいな」
「まあ曲がりなりにも神社だしここ」
「さてと、とりあえずお前学校行けよ。遅れるぞ?」
「あ!それじゃ行ってきまーす!」
「行ってらー」
千夏を見送る優美。
「…さてと、最後の仕上げかな。まああいつ帰ってきた後にするけど」
それから数時間。
学校も終わり、帰ってきた千夏のもとに優美が現れた。
「あれ?優美ちゃんどしたの?」
「こいつの最後の仕上げをしようと思ってな。付き合ってよ」
「いいよー。何するの?」
「外行くから」
「外行くの?分かった。ちょっと待って」
というわけで着替えた千夏と一緒に神社の石階段を下りる優美。
「どこに行くの?」
「…川」
「川?どうするの?」
「流すの。こいつを流してこいつの役目は終了ってわけさ」
「へー」
「ま、若干流して大丈夫なのかなってあれはあるけど、これ水に溶けるティッシュだし、一回くらいは目をつぶってもらうか」
「あ、ちゃんとそこは考えてあるんだ」
「さすがに、供養とは言えど、ふつうのティッシュだとそのまま海まで行っちまうかもだしね」
というわけで、川の近くまで来た二人。
「…というわけで、お前のおかげで一日快晴だったぜ。ありがとさん」
「ありがとねー」
「それじゃー…ほいっと」
川に落ちたてるてる坊主がゆっくりと流されて小さくなっていく。
「ふー。いやはや、あいつはいいやつだったよ」
「ちゃんと晴れさせてくれたもんね」
「できることならこの晴れが続けばいいんだけどな。久しぶりに快適だったわ」
「だよねー」
「んじゃま、帰ろうか」
「うん、そうしよ」
なお次の日は…
「…雨じゃねえか!」
「まあむしろこれが普通だしねー」




