旅の準備
「えーっと五月五月―っと」
ひょこひょこしながらカレンダーを確認しに行く優美。
優美の方こそ、たまに何かしらの本業の予定が入ることを除けば
予定表は真っ白なのだが、
千夏は学校的に色々あるので把握しないとやっていられない。
「…む、これは」
目に留まったのはカレンダー中央部。
だいたい、千夏の定期テスト2週間前といったところか。
たぶん優美自身が忘れないように書いたのだろう。
なにやら赤色の文字ですごい強調して書いてある。
「…うわー。こりゃ暇になるな。俺死んじゃうわ」
というわけでその日の千夏帰った後。
「千夏」
「どったの?」
「そろそろお前修学旅行じゃね」
「あ、うん。そだよ」
「はーマジかー」
「どうしたのさそんなにため息ついて」
「いやお前がいなくなると俺暇でしかたなくなるんだよね。特に夜」
「あーはい。まあ夜っていっつもしゃべってるもんね」
「お前はパソコンもってけないから電話以外じゃ話せんしな」
「というかそもそも消灯時間早いからそんなに長いこと起きてられないだろうしね」
「そしてさすがについてくわけにもいかんしな」
「まあそれはしょうがないですよね」
さすがに学校行事に参戦するわけにゃいかないので。
こればっかしはどうしようもない。
「まあまあ、三日間ですししばらく待ってるですよ」
「お前は茂光やら川口やらいるからまだ良いよなー…はー喋り相手いないって相当つらいぜ?」
「私だって優美ちゃんと喋れなくなるのは結構つらいんですよ」
「そもそも話す相手が他にいないんですが」
いかんせんほとんど外部接触を断ってる優美なので、
千夏がいなくなると本気で話す相手がいなくなるのである。
まあ外に出ていかない優美も悪いのだが。
「どうしよ。ヤンデレのごとく死ぬほどメール連打しようかな」
「いや、やめてください。死んでしまいます」
「まあそれやるなら直接電話するけどな」
「やるならそうしてちょーだいください」
「どう考えてもそっちのが安上がりな気がする。あと俺の手が痛くなりそうだから絶対やらない」
いまだにケータイはあんまり使わない二人である。
ケータイは連絡用。
「とりあえずわりかし期間無いけど準備っていいのかえ?」
「まあまだ時間あるし大丈夫大丈夫。服はあるし」
「そこは一切心配してないけど」
なお当然のようにいまだに服は増殖中である。
そろそろタンスからはみ出そうになってきているが大丈夫だろうか。
部屋を見る度に心配になってくる。
「というか全くどこに行くか知らんのだがどこに行くのだ」
「え?広島」
「またか」
「またなんですねーこれが」
飛ばされる前の二人は三年生なりかけである。
当然というか二年生経験済みなので二人とも修学旅行は行ってきている。
「…はあ、修学旅行か。真面目にあれな思いでしかねえぞ」
「私もあんまりー…」
二人は学校が違った。
即ち修学旅行タイミングは別々だし、
当然一緒に行くことはできなかったのである。
優美の方など、
学校で仲が良かった相手が欠席したせいで、
本気で三日間の間話す相手がいないとかいう地獄を見た。
修学旅行で暇が多大に発生するとは思わなんだ。
「というか広島行くってことはまたあそこ行くのかい?」
「あそこって?」
「宮島」
「たぶん行くって書いてあった気がする」
「というかしおりないの?」
「あった気がす」
「みせてーな」
「はーい」
というわけで持ってきてもらったしおりを読む優美。
修学旅行のしおりとか二度と見ないかと思った。
「ふーむ、とりあえず厳島神社と原爆ドームは行く感じ」
「まあそこ二つは広島行くなら行かなきゃね」
まあ当然二人も行っている。
「他は…まあぼちぼちか」
「まあなんか前行った覚えがありそうなとこが多いかな」
「しっかしまた厳島神社行くのか―いいなー」
「優美ちゃん、好きだね。厳島神社」
「だってー、いいじゃないですかーあそこー。綺麗だしー」
「いやまあそうだけどさ」
「前行った時だってさ、神社の中じっくり見たかったのにさ。さっさとガイドが先に進んでっちゃってあっという間におしまいだったのだわよ」
「そうだったんですか」
「正直自分のペースで中もじっくり見て回りたかったのだわ」
「まあそれは分からんでもないです」
「というかですね」
「はい」
「その時俺はお守り買って帰りたかったのだけどですね」
「あい」
「何にも止まらずに出口直行してくれたおかげで結局買えずに帰ることになったですよ。ひどいです」
「お守りですか」
「だってさ。せっかく遠く広島まで出かけて厳島神社まで行ったんだからさ。やっぱり欲しいじゃないですか。なのにスルーですよスルー」
なお二人とも元々中部地方出身であるので、広島はホイホイ出かけていけるような場所でもない。
まして離れ小島の宮島とか行くこととかそうそう無かったのである。
千夏は家の方からも行っていたようだが、
優美は本気でその一回っきりであった。
「しかも班員達は外に出たと思ったらどっか行っちゃって、班行動なのにバラバラだし」
「ほうほう」
「結局再集合したの集合時間10分まえだったよ!」
「なかなかひどい」
「まあぶっちゃけみなさんばらけたおかげで何の気兼ねなく好きなとこ歩き回れて楽しかったけどな」
「よかった…んでしょうかね?」
「まあ別に楽しかったしいいんじゃないかな。ウルトラボッチだったことを除けばな」
当然会話する相手なんていなかった。
さらにその後の一日目のホテルはまだしも、
二日目に関しては本気で誰とも会話らしい会話をしなかった。
あまりにもひどい。
「…とまあそんな感じだったんですよね」
「はあ」
「で、まあよかったらお守り買ってきてくれませんかねー」
「別にいいけど」
「やたー!」
跳ねて喜ぶ優美。
自分でお守り作ったりしてるのにこの喜びようである。
どんだけほしかったんだ。
「とりあえず行ってくる間おとなしく待ってるですよ」
「俺はペットかなんかかよ。大丈夫、さみしくなったら連絡する」
「私も暇になったら、連絡入れるだわ」
「頼むよー割と真面目に」
そしてふと思い出したようにはっとした顔をする優美。
「どったの?」
「…いや、ここさ。お前がいなくなるの初めてじゃん。一日中」
「うん。そうだね」
「…この家怖い」
「いや何を今さら」
「だってさ…真っ暗だし…俺以外誰もいないとかやばすぎるんですけど…」
「自分の家でしょ」
「家でも怖いものは怖いんですー!」
一人で真っ暗は相変わらず怖い優美であった。
というかそもそも一人で深夜神社にいることが怖い優美であった。




