寒さの末の日
「…そろそろ二月も終わりやのう」
「そうだねえ」
「まだまだ極寒だけど」
「まあ二月なんてこんなもんじゃない?」
「そうかな」
「というかさっきから雪降ってますし」
「まあそりゃそうか。この雪は積もらない感じの雪だから大丈夫そうだけど」
そろそろ三月に移るくらいの時である。
また雪であったが今日のはすぐに溶けてなくなってる感じなので大丈夫そうではある。
「…さて」
コタツから出る優美。
「あれ、どこ行くの」
「いや、ふつうに神社の境内行くだけだが」
「あれ?掃除終わったんじゃないの?」
「掃除は終わったさ。ただいつもの販売所にお札だのお守りだの補充してくるだけだ」
「ああ、私も行こうか?」
「ん、まあそうたいした量でもないから別に構わんよ」
「そっか」
「あんがと。じゃちょっと行ってくら」
「いってらー」
そのまま外に出る優美。
本気で外に出るときはちゃんと運動靴だが、この距離なので草履である。
なお当然だが先日ゴキブリを撃退した際に利用した草履は捨てた。
「…まだ寒いな。あったかくなるのはもうちょい先か」
雪がぱらぱら降る中を歩いていく優美。
大して降っているわけでもないので傘等々はさしていない。
「…む、髪に雪が…早く行こ」
すぐ溶けるタイプの雪なせいかもうなんか頭がべたべたになってきた気がするので小走りで販売所の方まで向かう。
「ふう、大した雪じゃねえけど頭べたべたはいただけねえ。ポニテが崩れちめぇ」
相変わらずこの髪型だけは譲れない優美である。
「しっかし、なんか思った以上に売れるのよねこいつら。そんなにお守りとか御札とかって普段からいるもんかえ?」
時々来るたびにここで何かしら買っていく人がいたりするのである。
余りにも毎回くるので不思議でしかたなかったりする。
「そんなに住んでるとこがやばいとか…?それならこんなとこで御札買うよりも手がありそうなもんだが…」
なお実際は一部男性諸君がこのような行動をとっているのである。
理由はまあ、可愛い子と話したいとかいう欲望がにじみ出ているとだけ言っておこう。
なお売り子は基本優美。
偶に千夏である。
「しっかし…ちょっとは日が伸びたのかね。まだ太陽が見えるな」
現在時刻5時くらい。
まだ太陽は残っていて夕方である。
一時5時の段階で既に日が落ちていたことを考えれば長くなった方である。
「ふむ…いつもと若干ずれた位置から見る雪降ってる神社もなかなか」
ここは鳥居から右側。
即ち神社の東側にある。
普段はあんまり立ち入らない場所である。
優美も普段からずっとここにいるわけではないので。
「む、人影」
そんなこと思いながらボーっとしていたら人影が現れる。
「…なんか最近よく見るのう。あいつ」
そこに現れたのは毎回同じニット帽をかぶってくるのでなんか顔も覚えてしまった男である。
名前は知らない。
ただよく来るので覚えているだけである。
「しっかしこんな雪の日にまでくるとはねぇ。毎回一体何を願っていくんでしょうかね」
時折現れては一直線に拝殿で参拝して帰っていく。
これの繰り返しである。
「…ま、お賽銭たまるし別にいいけどねー」
そんなことを思いながらその人を見ていると今日はこっちに向かってくるではないか。
「おっと、珍しい。というか初めてか?なんか買いに来るって」
呟きながら中で待っていると案の定販売所の所で男の足が止まった。
「これを…」
「あ、はい。五百円お納めください」
男が選んだ物は学業成就のお守りであった。
この時期に学業と言えば思い当たる節は優美には一つしかない。
「…受験生さんですか?」
「ええ。普段は全くこういう場所来ないんですけどね…困った時の神頼みってやつです」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
おそらく大学受験であろう。
そのあとも少しだけ会話して男は去っていった。
「…なんだかんだ言って俺は解放されてるもんなあ。受験辛いわ」
大学受験は経験していないが、
高校受験は経験済みである。
ついでに大学受験もそろそろ受験生という微妙なラインまでは経験済みである。
どっちも楽しいものではなかった。
当然と言えば当然だが。
優美は勉強が好きとかそういう人間ではない。
「…さてと戻るか」
「もう帰るの?」
「うわっ!?」
「いやそんな化け物見たような顔しないでよ」
「脅かすんじゃねえよ。いきなり出てくるからびびっただろうが」
後ろに向いてみれば千夏がいた。
何時の間に来たのかは不明である。
「というかなんでここきたのさ。やることないぞ」
「いや家の中に居てもやることなくてですね」
「宿題はやったのか」
「今日は無いのです」
「そうかい」
「だから大丈夫」
「でもここ来たって本気でやることねーぜ」
「喋りに来た」
「家でやればいいだろ…」
まあ別に寒いことを除けば外に居ようが中に居ようが結局喋るのが二人である。
「いっぱいあるねー。御札とか」
「まあ、やることないから作ってたりすることもあるしな。結構たまった」
「そういえばお守りの方はどうしてるの?」
「外のお守りの袋とか自体はなぜか家の方にわんさかおいてあるから俺はただ中身を袋にイントゥしてくだけっていう」
「ああ、そういう。でもそれストック尽きない?」
「ちょっとやそっとじゃなくなりそうにないくらいあるけどな…」
「どれくらい?」
「種類別に段ボール箱ひと箱くらいづつはあるんじゃねえかな…数えたことないけど」
「予想より多かった」
「だからまあ当分大丈夫。最悪無くなったら自作する」
「そうですか」
「とりあえずどこぞのお寺のTさんみたく破ァ!ってする分には困らなさそうね」
太陽が沈み、辺りが暗くなってくる。
「…っと、さすがにちと寒いの」
「そうだね。さすがに」
「すぐ戻るつもりだったしな」
「戻ろうか」
「そうするか」
手をにぎにぎする優美。
「というか俺別に手自体はあったかいんだけどな。寒いんだけど」
「そうなの?私手も冷たくなってるよ」
「ん、そうなの」
「ほら」
「うお、冷て」
千夏の手に触れてみるとそれはそれは冷たくなっている。
「優美ちゃんの方はあったかいですね」
「昔っからだな」
「体違うけど」
「なんかこの体って、根本的な部分で変わってないよね」
「だよね」
「とりあえず手が寒いです」
「ほら、湯たんぽ代わりに使うがよい」
「うん、あったかい」
傍から見ると、美少女二人が手、繋いでるようにしか見えないが、
寒いのでそんなことに構ってる場合ではない二人だった。




