甘味の誘惑(★)
挿絵提供 teruruさん http://pixiv.me/pochi-tr
「むう」
「どうしたの」
「いや、読めん」
「何が」
「これ」
そう言って先日倉庫から引っ張り出してきた書物たちである。
案の定というか草書体でしかも旧字なので読めるわけがなかった。
「検索かければ」
「無理。調べても全く読めん。まだ俺の字のがましな気がする」
「まあそういう文字ですしおすし」
「ここのことでも書いてないかなと思ったんだがな」
実際数週間が経過しているわけだがこの神社がなんなのか。
自分たちに何が起きたかはさっぱりである。
ぶっちゃけ今いる場所がどこかもしっかり分かっていなかったりする。
「草書体を生んだ奴は何がしたかったんだ」
「早く書きたかったんじゃないの」
「読めなきゃ意味ねえだろ」
「読んでる人もいるわけですし」
「一般大衆のことを考えてほしいもんだね」
そう言って書物を閉じる。
1時間以上は格闘していたと思うのだが結局進んだ量は数ページである。
しかも何を言ってるのか分からないとかが多くて結局理解した内容は少ない。
「そういえば」
「うん」
「学校さん。どうですか」
「すごく楽しかったです。小並感」
「そうか」
「みんながこっち見てくるのよね」
「まあ今のお前ならしかたない」
「快感だよね」
「友達の方は」
「しっかり友達って言えるのはまだいない。喋ったのは居る」
「そうか。コミュ障じゃねえのかお前は」
「チャットとか電話越しじゃないなら大丈夫」
「謎だな」
「そういう性質なんです」
千夏はなぜか相手の顔が見えないとものすごくコミュ障になる。
普通に顔を合わせている分には特に問題ないのに。何故だ。
「まあ、わりと普通にやってて安心した」
「少し前からしたらこの注目度は普通じゃないけど」
「まあ確かにそうだが」
「自分の周りにあんな人だかりができるの初めて見た」
「漫画かよ」
「現実でもああなるんだね」
「美少女ですから」
「やはり美少女の力は偉大だった」
「男子の鼻の下が伸びますね」
なお実際近寄ってきた男子は少ない。
話したのも大半が女子であった。
「それで帰りにこんなものを手に入れてきた」
持ってきた皿の上にケーキが二つ。
片方は真っ黒。チョコケーキっぽい。
もう片方は白色。ショートケーキっぽい。
「どこでこないなものを」
「帰りに買い物しようかなと思って寄った場所の近くでなんかもらえた」
「もらえたってどんなサービスよ」
「新装開店サービス的なあれ」
「大盤振る舞いだなおい」
「私がもらった後の人だかりがやばかったです」
「むしろお前が行くまで誰もいなかったのかと言う」
「やったね優美ちゃん!ケーキが増えるよ!」
「おいやめろ」
「まあ、そんなこんなであっさり貰えそうだったので」
「貰ってきましたと」
「あい」
「ふんふん。で、まあどっち食うのさ」
「果物駄目なんですよね」
「ですよねー。知ってた」
千夏は果物系統があんまり好きではない。
まあここに来る前の話なので、今はどうかは知らない。
本人も知らない。
「むう。じゃあ黒い方はやるよ」
「あんがと」
「ショートケーキっすか」
「別に無理して食べる必要はないのよ」
「残しといたら放置されそうだし。ふつうに脳みそつかったので甘味はほしい。つか普通に好きだし」
「そうすか」
そう言いながらフォークでケーキを口に放り込んでいく。
家の方も日本家屋っぽいのだが、食器等は西洋の物も揃っているので楽である。
これで物品まで日本風のものしかなかったら、普通に現代の家で生まれて育ってきた二人にはつらい。
「む」
「ん?」
「なにこれ超うまい」
「そう?」
「え、なにこれほんとに」
「そんなにおいしいの?」
「なんなら一口いりますか?」
「なら頂戴」
千夏が優美の方のショートケーキの一部を口へと放り込む。
当然果物系統は避けて。
「…」
「どうよ?」
「ああうん。ふつう」
「ふつうかよ」
「そんなにおいしいんすか」
「舌の上から広がる幸福感」
「そんなにすか」
「もともと甘いもの好きだけどここまでではなかったはずだけど」
「でもわりと昔から食べてなかった?」
「食うこと自体はしてたけどこんな幸福感は知らんぞ。女になった弊害かな」
「害ではなくね?」
「じゃあなんだ弊幸福?」
「なんだそれ」
「弊害の対義語とか知らんし」
そう言いながら最後の一切れを放り込む優美。
「うまかった」
「早い」
「食べるの早いのは知ってるだろ」
「にしても早くない?」
「おいしかったので、つい」
まだ千夏は半分食べていない。
別に千夏がそう遅いわけでもないのでやっぱり優美が早すぎるだけである。
「太るよ?」
「それは困る」
「あ、それは困るんだ」
「御免こうむる」
「でもそんな食べ方じゃ絶対そうなると思うの」
「自制がいるか」
「うん」
「だが甘いのおいしい」
「駄目だこいつ」
「買ってこようかな」
「おい」
「至福のひと時であった」
「まあそれはなんかわかった」
「なんでさ」
「すごい顔してた」
「どんな」
「まぶしい笑顔。見たことないような」
「マジで」
「おおマジ」
「気づかなかったぞ」
「あんな顔できるんだね」
「そらどういう意味ですか」
「普段はたるそうだし」
「そんなにひどいか?」
「少なくともあの笑顔は初」
「そうかい」
「写真に撮っときたかった」
「残すレベルかよ」
「その顔でやられると破壊力がががが」
「…美しすぎるのも罪ですねえ」
「どっちかってと可愛いだけど」
「そこからは抜け出せないのか」
「ロリ」
「言うなしロリコン」
「私はロリコンではない」
「このロリコンどもめ!」
「違うって」
「知ってる。全部だよね。可愛ければいいんだよね」
「そうそう。髪長くて可愛ければよし」
「きました絶対条件」
「髪長くないと興味が出ないという」
「ある意味すごいと思うのよねそれ」
千夏は冗談抜きで髪の毛が長くない相手には興味が出ないらしい。
実際ここに来る前も女子が近くに来ても髪が短いとなんとも思わなかったらしい。
「ごちそうさま」
「忘れてた。ごちそうさま」
「しかし喜んでくれるなら持ってきてよかった」
「次も所望する」
「あったらね」
「毎日は駄目か」
「というか今日だけでしょこんなの」
「そな殺生な」
「はまりすぎじゃない?」
「ドはまりしました」
「どんだけだし」
「少なくとも甘いものがあれば何でもするレベル」
「ん?今なんでもするって言ったよね?」
「あっち方向のことは無しだ」
「そうすか」
「というわけでコンビニ行ってくる」
「マジで買ってくるんですか」
「もう俺は落ちた」
「チョロイン」
「うるせ」
その後優美はいつものジャージに着替えてさっさと外に出ていこうとする。
「ちょい待ち」
「なんだよ」
「それで行く気ですか」
「そのつもりだが」
「ありえん」
「服よく分からんもん」
「ここにそういうの詳しい人がいるから」
「めんどくさいですし」
「それで外に行くことを私は許可しない」
「駄目なんでしょうか」
「まじでニートがコンビニ行くみたいに見える」
「そうすか」
「というわけで着替えに戻りましょう」
「あーれー攫われるー」
「引っ張ってもいないんですけど」
そんなこんなで部屋でああでもないこうでもないとやり続けて結局乙女っぽい格好にさせられる優美。
「スカート落ち着かねえ」
「毎日巫女服着てるのに?」
「あれはなんか違う」
「何がどう違うというのか」
「和装」
「そこ大事なのか」
「すこぶる大事ですね」
そんなこんなで運動靴を履いて外に出る準備をする優美。
こうやって飾ってやれば十分可愛いのだが本人はやろうとしないのでなかなか拝めない。
「んじゃ行ってくら」
「行ってら」
「今日中に戻らなかったら通報よろしく」
「あい」
そう言って石階段を下りていく優美である。
外は既に夕方。ちょっと暗い。
「まあ、コンビニすっごいご近所さんなんだけど」
歩いて5分。近い。
結構な頻度でここには来たりするので顔を覚えている店員もいる。
「甘いものー。甘いものー」
そういって目に留まったのは黄色いのの上にカラメルがのった例のあれ。
「あ、そうだプリンとかいいんじゃねえか」
180円3個入りのを手に取る。
値段も量もリーズナブルというもんである。
「これにすっかな」
といってそれをカゴの中に5パックほど放り込む。
朝昼晩食後に毎回食うつもりである。
「スプーンは」
「あ、いいです」
そんなで帰路につく優美。
「おほー。いい買い物したのだわー」
上機嫌であった。
若干スキップのようなものが入っているのである。
落ちすぎである。
「帰ったぞ」
「早」
「まあ近いし」
「にしても早い」
「買いたいもの買って終わりでしたし」
「何買ったの」
「プリン」
「プリンすか」
「おいしいじゃないですか」
「まあそうだけど」
「5パック買ってきた」
「買いすぎだし。節約とはなんだったのか」
「誘惑に負けた」
「弱すぎでしょ」
「甘いものも正義」
「正義が増えた」
「まあまあ。あげるから心配しなくても」
「いやそういうわけじゃないんだけど」
それから数日でストックが消え失せ買いにいくのを繰り返した優美であった。