拾い物
「優美ちゃーん!」
「ん、どした。そないに絶叫して」
「ちょちょっと来て」
「んあ?」
突然の叫びに驚く間も無く外に引っ張り出される優美。
学校から帰った瞬間にこれである。
意味不明である。
「なんやて」
「これ、これ」
「んー…?え?」
夕暮れ時の石階段。
そこには確かに何かいた。
「…」
「優美ちゃん?」
「あ、うん。なんかあまりにも普通にいるからちょっと驚き」
それは狐である。
だいぶ汚れて弱っているが狐である。
「なしてこんなとこに」
「分かんない。けど弱っているのです」
「とりあえず家に運ぶか」
「うん」
小さな黄色い体を抱えて石段を登る。
抵抗も何もしない。
相当弱っているようだ。
「怪我は?」
「傷らしい傷はなさそうだけど…」
「衰弱か?」
「かも」
「だとしたらとりあえず食い物かねえ…」
「あと、水も」
「せやね、持ってくるでお」
台所まで行って、食べれそうな物と水を片手に帰ってくる優美。
「千夏。ほら」
「ありがと」
試しに口元に食べ物を近づけてみるが反応なし。
「駄目。食べてくれない」
「…動物の扱いなんざ知らんが…ちょっと待ってろ」
「うん」
また台所まで行って何かを持ってくる優美。
「どうだ。食ったか」
「今さっき少し動いたんだけどまた目、閉じちゃった」
「そうか。とりあえずこれ」
持ってきたお湯をさしだす優美。
「こんな糞寒い中でぶっ倒れてたんだ。絶対体凍えてると思ってね」
「ああ…そりゃそうだね」
「とりあえずタオルも持ってきた。お湯で濡らすなりすれば使えるんじゃね」
「そうだね」
「後はこれで目が覚めて、少しでも食ってくれればいいんだが…」
「うん…」
それからしばらくして。
「あ、動いた」
完全に行動を停止させていた狐の体が少し動く。
「む、やっぱ寒かったのか」
「かも」
そのまま目の前の食料を喰らい始める狐。
「あ、食べてくれた」
「腹減りと極寒のダブルパンチ喰らったのかもな」
気がつけば用意していた物は全部食べ尽くしてしまった狐。
まだ元気とは言い難いがさっきよりはマシに見える。
「ふう、とりあえずこれで大丈夫か」
「たぶん」
「後で動物病院に行っとくだね。狐診てくれるかはしらんけど」
「うん」
気が付いたら敷いておいたタオルの上で眠ってしまっている狐。
「…死んだわけじゃないよね?」
「寝ただけだろうな」
「よかった」
「…というかなんでこんなとこに狐。一番謎だよ」
「それは分からない。家に帰ってきたら石段の所にいたの」
「ほう」
「でももう半分死にそうだったから大急ぎで家まで飛んできたというわけです」
「成程ね」
「そりゃね。驚きましたけど。死にかけのを放っておくとか無理でした」
「まあ、うん。まだこいつ子供だしな」
チラとそっちに目をやれば少なくとも今はぐっすりしているようなので安心する。
「それにしても…御神体も狐で、やってきたのは瀕死の狐。やけに狐に縁があるな」
「別に私たちそんなに狐に縁無かったと思うんだけどね」
「そんなにというか全くと言っていいほど無かったと思うんだが。これもここの神さんのぱわーとでも言うのか」
「でも私は狐好きだからいいよ?」
「まあ俺も好きだがね」
そのまましばし考え込む優美。
「というかですよ。この子どうするのさ?」
「ん?どうするって?」
「まあ回復するまでは面倒は見るとして、その後よ」
「うーん?どうすべき?」
「選択肢はせいぜい三つくらいだな」
「どんなの」
「一つ。野生に戻す。ただこいつが本当に野生でいたのか定かじゃないから下手するとそのまま死ぬってなりかねんが」
「とりあえず親狐いなかったしね」
「一つ。もうそのままここで飼っちまう」
「そうだ、それがいい」
「ただしその場合の世話はお前に任せる」
「それは別にいいよ」
「本当に飼って大丈夫なのかとかは知らんからね。後々問題になっても責任とれねえ」
「まあうんそこは」
「んで、最後。もうちょっと保護環境が整った場所に渡す」
「うん。たとえば」
「…と言われると困るな。狐の引き取り先ってどこよ?」
「知らないです」
「俺も知らん」
「じゃあどうするです」
「…今は保留?どのみちしばらくはここに置いとかないと死ぬ可能性高そうだし」
「普通に車とかにも轢かれそうだもんね」
「スプラッターな光景になってもらっちゃ寝覚めが最悪すぎるからな」
その後動物病院に行って診てもらったりといろいろした。
近所に診てくれるところがあったのは奇跡的かもしれない。
「とりあえず本気でただ腹減ってただけっぽいな」
「みたいだね。大問題な気もするけど」
「腹が減っては戦はできぬし、最悪死ぬ。とりあえずしばらく飯しっかり食わせときゃいいみたいね」
「というわけでご飯の時間なのです」
医者に言われて買ってきたもの等々を食事として与える千夏。
「しっかしまあ、子供でよかったのか悪かったのか」
「どうして?」
「大人の狐は人になつくことってまずないらしいからな。両者ともども嫌な思いして終わるってこともあるらしいし」
「へえ。この子はなついてくれますかね」
「さあな。まあでも少なくとも嫌がってはいないみたいに見える」
少なくとも現状の子狐はわりと千夏になついている様に見えた。
あくまでも優美主観なので真意は不明だが。
「…もふもふ」
「おい、やめたれや」
「でも、もふもふですよ。リアルもふもふなんですよ」
「いや分かってる。分かってるけどなんか普通に見てるとかわいそうなんですけど」
「でもなんか嬉しそうに鳴いたりするよ」
「怒ってんじゃねえのそれ」
「でも逃げないし」
「いいのかよ、それ」
「本当に嫌がったらやめるですよ、当然」
「まあほどほどにな」
「優美ちゃんは触らないの?」
「俺はいい」
「なんで?」
「動物あかんねん」
「え、そうなの」
「いや…別に触ろうと思えば触れるけど…臭いがだめです」
「ふんふん…そんなに臭いますかね?」
「多少」
「多少ではないですか」
「でも駄目なのです」
動物は嫌いではないが、臭いはだめなのが優美である。
ちなみに子供のころに学校の遠足で動物園にいった時の感想は臭いだけだったらしい。
「…もう飼っちゃおうかな」
「いいのかよ」
「まあ特にダメってことは無いんじゃないですかね」
「まあ…お前がいいならいいけどさ。だけど世話はちゃんとしてね」
「言われるまでもないのです」
「…まさか狐飼うことになるとは思わなかった」
「人生何があるかわからないものですね」
狐をもふもふしながら言う千夏。
「…そういや飼うなら名前いるだろ」
「そうだね」
「何にするんだ」
「イナリ」
「即答かよ。というかそれいつぞや、俺らが話していた創作話の中の狐のキャラ名じゃねえか」
「だってせっかく本物の狐さんですよ。ここで使わなくていつ使う」
「お、おう。いまさらながらにイナリってなんという安直ネーム…」
「まあ考えたの優美ちゃんだけど」
「すまん。もうちょっとまともな名前考えとけばよかった」
この話はフィクションです。
現実で狐を飼うのは相当厳しいそうですのでご注意を。




