ブラック神社
「…なんかきてしまったなあ」
「そうだねえ」
本日は年度末最終日。
一年最後の日である。
「今年も一年…いろいろありまし…というかありすぎてもう何が何だか分からんレベルなんだがな」
「こうなると誰が予想できただろうか」
「むしろ予想できてたら怖い」
すっかり馴染んでしまった部屋を見渡す優美。
「でも正直、一年っつーか数ヶ月くらいなんだよな。何故かここに来た時って9月くらいだったし」
「飛ばされる前って4月だったもんね」
「5ヶ月の謎の時間跳躍のせいで一年短い」
「超常現象だよねえ」
「物理法則もへったくれもあったもんじゃねえぞおい」
「まあ今考えれば、時空間を無視してここに来てるんだし、女の子になったのなんか些細なことなのかもね」
「まあ実際問題ではまったく些細ではないんだが。最初とか大変だったし」
「大変だったけどなんか楽しかった記憶」
「つーかまずはあれよね。お前がお前と分からなくてマジで大変だった」
「見た目じゃさっぱり分からないからね。困った」
「しかも、お前、初対面の相手に対しては仮面被ってるから分かりにくいのなんの」
「だって私だって最初優美ちゃんが優美ちゃんだって分からないし」
「そこは勇人だろ。優美は今の名前だ」
朝目覚めると女の子でした。
とかいう例に漏れず、二人ともここで目覚めたわけだが、
当然というか相方の姿が変わって一緒にここに来たとか分かるはずがなく、
最初はものすごく二人とも猫かぶっていたのである。
「あれ俺が名前言わなきゃ永遠に分からなかったかもな」
「それは無いと思うけど時間はかかったと思う」
「お前に名前聞いたら偽名答えやがるし…」
「だ、だってなんか本名言っていいのかなってなるじゃん」
「本人確認のためにやってんだからそこは本当の名前言おうや」
なお相手が誰であるのか理解した後は、
それはそれで思考が停止した。
自分がどうこうなっているのも驚きではあるが、
見知った仲の人間が別の姿でいるというのの方の驚きも半端ではなかったらしい。
「あと少しだな。今年」
「うん」
「やり残したことは無いか」
「うーん、たぶん大丈夫じゃないのかな」
「言い残すことはないか」
「いやそんなこれから死ぬわけじゃあるまいし」
「地獄に旅立つ準備はできたかぁ?」
「いやそんなの無いから」
時計を確認すればそろそろ夕飯時。
「…夕食にしましょうか」
「そうだな。今日はなんだ」
「年終わりですしあれですよ。年越しそばってやつ」
「お」
「というわけでちょっとやってくるー」
「いってらー」
しばらくして、そばが運ばれてきた。
「うん。うまい。いつのまにこんなできるようになった」
「えーっとなんかやれないかなとか思ってたら案外できた」
「え、初見?」
「さすがにそうじゃないよ。調べてやった」
「ほう。それでもすごいわ」
麺をすすり、汁を飲む。
完食である。
「うん、うまかったね。十分だったね。ごちそうさん」
「お粗末さまでした。とりあえずこれであとは年越しを待つだけだね」
「…そうだな」
それからお風呂に入って年越しに備える二人。
「あと10分くらいだねえ」
「せやな。テレビあれに変えるか」
「年越しと言えばあれ」
「じじばばみてえだけどなんかやっぱりあれだよね」
テレビの画面を付け替えて、除夜の鐘が鳴らされる様子を見る二人。
「除夜の鐘は」
「うん」
「煩悩の数を表してるらしいな。108個って」
「らしいね」
「煩悩ってそんなにあるもんなのか」
「さあ?」
「少なくとも思いつくのってそんなにないでござる」
「そう?」
「性欲とか食欲とか睡眠欲とか」
「それ三大欲求じゃん」
テレビの中で鐘が鳴る。
「だがしかし、たとえ鐘の音を聞こうが俺の心は煩悩まみれ」
「この幼女巫女ひどい」
「仙人にはなれそうにないわ。世俗とのつながりを捨てるとか無理ゲー」
「欲求が満たされない生活はちょっと…」
「というかそもそもその欲求を捨てるとかどういうことなの」
さらに鐘が鳴る。
「…107。あと一回だ。来年までのカウントスタートだな」
「まあもう来年だけどね」
「ああ。今年はどうも。来年もよろしく」
「うん、こちらこそ」
「まあ、たぶん死ぬまではよろしくだけど」
「たぶん」
鐘の音が響いた。
「あけおめことよろ」
「あけましておめでとうございます。巫女さんなのに新年の挨拶フランクすぎませんかね」
「巫女だからかっちりせねばいけないということもあるまいて」
「いやまあそうだけどさ…」
そのままもそもそとコタツから抜け出す優美。
「さてと。お仕事だな」
「え?」
「なんだその面は。化けもんが目の前で爆発四散したような顔して」
「どんな顔ですか。というか、え?何しに行くんです?」
「決まってんだろ。販売所の売り子してくんだよ」
「こんな時間に?」
「絶対この時間に新年のご挨拶とか言ってくる輩もいるのさ」
「さすがに買いにはこないでしょ」
「一応だ。別にお前は寝ても構わんぞ」
「んー…とりあえずまだ起きてるよ」
「そうか。どのみち俺はこのまま明日の朝までは起きてる予定だしな」
「え!?この前言ってたこと本当にやる気です?」
「もち。とりあえずお前には昼の当番してもらうからな。よろしく」
「マジですかあ!」
「マジです。というわけで早めに寝ることをお勧めするぞ」
「ね、寝ときます」
「そうするがよろし。あ、眠気がやばくなってきたら俺と交代ね」
「うん」
そうして販売所の方に一人向かう優美。
「…ま、そうは言えどそうそう来はしないわな」
静かである。
「…いかんね。さすがにここでPCやるわけにゃいかねえし。なんか見た人の巫女のイメージ破壊しそうで」
一応来てみたはいいが、やることがないので暇であった。
「…いかんな、ぼーっとしてると寝ちまいそうだ」
販売所を出て倉庫から箒を引っ張り出してくる優美。
「真夜中に掃除していいもんかね…?まあいい、ふつうの神社のマナーとか分からねえし。とりあえず神さんも汚え家よりは綺麗な方がいいだろ」
というわけで真夜中におそうじする優美である。
「…真夜中の本堂怖い」
普段は夜中といってもほとんど朝方なので本当に真っ暗な中で掃除するということはあんまりない。
「…まあ、大丈夫だよね。掃除掃除」
そうしているうちに人が現れ始めた。
案の定と言うか新年早々に初詣しにくる人もいたのである。
「あ、あけおめです」
「あけましておめでとうございます」
満面の営業スマイルである。
まあこれ以上の会話が出てくる相手とかいないのだが。
そうして夜を過ごしていくとさすがに何十人と来ることはなくても
来る人は来るということが分かった。
「…やっぱ開けといてよかったわ、買ってく奴いるわい」
そう言いつつ販売所内部で座り込む優美。
「…さすがに…ちょっとマジで眠いな」
深夜5時。
さすがにここまで一睡もしていなければ眠くもなるだろう。
「…カフェイン錠剤買ってきた方がいいかもしれ…ふぁああ」
結局優美は7時まで起きて千夏にバトンタッチした。
「ねえ…本気で三が日の間やるの…?」
「…一応…ね」
「というか優美ちゃん大丈夫?」
「…眠い」
「そりゃそうだろうけど。他にガタきてないですか」
「…眠気による頭痛。眠気による気持ち悪さ以外は特に」
「お、おう。早く寝よう」
「…あとはよろしくだ。さらば」
そうして次の交代の時間。
「おう、交代か」
「うん…じゃあ私は寝てきますね」
「お前はなんかまだ大丈夫そうだな」
「普通に夜寝る生活だしまだ大丈夫かもしれない」
「まあでも今寝ないと死ぬだろうから寝とけよ」
「うん。おやすみー」
「おやすー」
そうしてこんな生活を本当にやりきっちゃった二人であった。
「…がふっ!疲れたっ!」
「私も本気でやりすぎた…初日特に」
「もう後半は寝落ちとの戦いだったわ…」
「さすがにそれはなかったけど疲れたですね」
「俺氏、一回販売所で死亡する」
「してたの」
「ものの数分だったけどな。でも寝てたわ。限界でした」
「まあ眠気に抗うのは大変ですよね」
「全くだ。学校行ってた時と同じ経験をこんなとこでする羽目になるとはな」
「あのタイプの眠気は本当に抗えないから困る」
二人とも昔から真夜中まで起きていた人間である。
学校で寝ることくらいはいつもの事であった。




