学業怠るべからず
細かいことは気にしたら負け
「優美」
「ん、何」
「学校行きたい」
「はい?」
今二人は家の中の居間にいる。
夕食をちょうど終えたあたりだ。
夜の帳がそろそろ降りてきて辺りは暗くなり始めている。
「そりゃまたどーして」
「さみしいと死んじゃう」
「俺では足りんのか」
「いや。いいんだけど。いいんだけど、なんというか今まであった物が無いのが足りない」
「まあ確かに。数週間前まで学校あったしな」
とりあえず二人とも高校には合格して通っていた。
「別に行くのは構わんけど。別にお昼時はあんまりやることもないし」
「じゃあ」
「しかし俺はいかぬ」
「なんでさ」
「少なくともどっちか一人はここ居なきゃダメだろ」
「本音は?」
「なんでこないな状況になってまで学校いかにゃならん。家で引きニートしたい」
「むしろこの状況だからこそ」
「なんでさ」
「こう男どもをはべらせたくなりません?」
「男が男はべらせてどうするんだし」
「見た目が美少女なら特に問題ないでしょ。あと優越に浸る」
「目立ちたがりだなおい」
千夏自体はわりと昔から似たようなことを言っていたのでそういう願望があったのかもしれない。
「…まあでもどのみち片方は居なきゃならんのは事実だろ。放っといて強盗に入られたらそれこそ終わりだし」
「じゃあ私は行ってもいいんでしょうか」
「行けるなら。別に俺は止めん」
「やった」
「しかしお前は大事なことを忘れている」
「なに?」
「どうやって入学するのさ」
「転校生?」
「保護者に相当する人間居ねえぞ」
「優美が」
「いろいろと無理あるわ。まだお前が保護者のが説得力あるわ」
良くも悪くも優美はロリ体系童顔である。
背も5cmくらい千夏より低い。
左右に並ぶとどう見ても子供っぽいのである。
「それにさ」
「うん」
「今の俺らって戸籍とかどうなってんの」
「…さあ?」
「さあって大事だろそこ」
「無いとダメだよね?」
「詳しく知らねえけどダメだろ?」
「どうしよ?」
「…分からん。しらべっか」
「調べれるもんなの?」
「行きてえなら調べざる得ない」
「手伝おっか?」
「たりめえだ。お前のことだしな」
結局次の日戸籍等々を確認することに。
なんだかんだで優美は外に出るのが初だったりする。
典型的な引きこもり体質だったのでしかたない。
「むう。視線が絡んでくるぞ。悪寒が走る」
「しかたない。こんな美少女が出歩いていたら誰でも見ると思うし」
「自分で言いますか」
「言いますよ。前の私が見たら間違えなくがん見してるし」
「つかまるぞ。今のご時世、男が女の後ろを10m歩いただけで通報されるぞ」
「さすがにそんなへまはしないから大丈夫。気づかれないようにやる」
「何がどう大丈夫なんだ。むしろ性質悪いじゃねえか」
二人とも可愛い女の子は大好きである。
なお現状もそれは変わっていない。
「それで」
「ああ」
「出てきたのはいいけど」
「うん」
「ここどこやねん」
「さあ」
「さあじゃねえよ。確認に行くにも役所の場所分からねえとどうしようもねえだろうが」
「誰かに聞けばいいんじゃない?」
「そうだな。じゃよろしく」
「え」
「えじゃないし。何故そこで止まる」
「知らない人に声かけるのなんかこわいじゃん」
「どういう意味で」
「人見知り的な意味で」
「ああはい。コミュ障ね、はい」
千夏はコミュ障らしい。あくまでも本人談だが。
知らない人間に話しかけたくないのは優美も同じなのだが。
「しゃあねえ。聞いてくる」
「襲われないようにね」
「やられそうになったら消し飛ばす」
「おお怖い」
「まあやれないけど」
「やれたらもっと怖い」
「そんなことあったらそのまま攫われるだけですな」
「お願いだからやめて。本当にさみしさで死んでしまう」
「あいあい。そんなことはしないから心配無用」
そのままスカートを翻して優美が適当な人間を探す。
ちなみに今日の二人は両方ともものすごく乙女な格好である。
優美がなんでもいいから選んでとか頼んだらこうなった。
「…むう。リーマンとかは忙しそうだしあれだな。適当に暇してそうなのいねえかな。危なくないやつで」
人通りは多いわけではない。
どうやら今いる場所が田舎方面のようなのでしかたないのかもしれないが。
「いねえもんだな」
そのまま少し探しなおすとお爺さんを見つけた。
「あの人にするか。下手な若いのに話しかけるより危なくないっしょ」
そのままその人へと近づいていく。
お爺さんが足を止めて優美の方を向いた。
あんまり本人に自覚は無いがかなり目立っているので嫌でも目に留まるのである。
「あの、すいません。ちょっとよろしいですか?」
「ん?何かな御嬢さん」
優美の営業スタイルである。
普段より一段声が上がり明るい感じになる。
二面性があるというわけではないのだが、知らない相手等に話しかけに行くときは必ずこうなる。
それまでのガサツな雰囲気が一時的に引っ込み、少女を演出するのである。
対するお爺さんの方も顔がニコニコしている。
まあ美少女に迫られて嫌な顔する人間も少ないものだろう。
「役所に行こうとしてたんですけど道に迷っちゃって…どうやって行ったらいいか教えてもらえませんか」
ちなみにここで一緒に行ってあげるとか車に乗せてあげるとか言い出したら即刻去る気である。
危険は冒したくない。
あと優美はもともとこの手のことについては用心しすぎるくらいであったので。
「役所かぁ。ええと確か――――」
「―――という感じで行けば行けたと思うよ。違っていたらごめんね」
「いえとんでもない。ありがとうございました。それでは!」
そのままスタスタその場を後にする優美。
後姿をお爺さんが見ていたが孫でも見ている目だったのでおそらく大丈夫だろう。
「聞いてきたぞ」
「お帰り―。分かった?」
「ああ」
「そっか。じゃあ行けるね」
「うん」
「…思った以上に少女してるね?」
「この感じで話しかけたら不信感しか生まねえよ」
若干気怠そうな声が続く。
二人の時はいっつもこうである。
見た目的にはさっきの方があっているのだが、やることは少ない。
「さっきの方が可愛いのに」
「可愛さは求めてねえ」
「だがポニテだ」
「それは可愛さとは別のポリシー」
それで結局役所まで辿りついて確認作業をしてみた。
当然なにしたらいいのかなんて分かるわけもないので中の人に相談しながらであったが。
それで結局確認してみたところ、ちゃんと自分たちは存在していることが発覚した。
今の名前で。
「…」
「…」
「なあ」
「なに」
「この名前って俺らでつけたやつだよな?」
「そうだったと思う」
「なんでそっちで登録されてん」
「知らない」
「…超常現象?」
「それこそ今さらすぎない?」
「いやまあ確かにそうだが」
「それ言い出したら今の状況がそもそもおかしいと思うのよね」
「…まあ深く考えるのはよしておこうか」
分からないものは分からないのである。
というかこんなこと、どこの誰に聞いたところで分かるとも思えないし。
「じゃ次だ」
「まだどっか行くの?」
「いい加減ね。情報集めがしたいなと」
「うんうん」
「今の世の中で一番情報が集めやすいのはなんでしょうか」
「ネット」
「はい正解。つーことでパソコン買うぞ」
「お金あるの?」
「連れてきた」
財布から諭吉様が見える。
初めからそのつもりだったらしい。
「どうせ買うならモンスタースペックのPC買いたい」
「さすがにそんな金はねえ」
「ネトゲしたい」
「俺もしたい」
「じゃあ買おう」
「しかし断る」
「えー」
「財政難を恨め」
「そんなに財政難でもないし」
「無駄な出費は抑えたい」
「使うべきところに使おうじゃないか」
「今はその時ではない」
「えー」
「何度言っても変わらんぞ」
「えー」
「あきらめい」
「えー」
「しつけえなおい」
結局その後購入したのはノートだがかなり性能の高い奴であった。
優美もなんだかんだいいながら性能がいいのが欲しかったらしい。
「結局なんだが」
「うん」
「近くに高校ないかなと思って探したんだが」
「うん」
「いくつかあった」
「ほう」
「で、とりあえずよく分からんので片っ端からあさってみたら」
「うんうん」
「なんかオッケーもらえた」
「マジで?」
「マジで」
「じゃあもう行けるってことですか」
「そういうことっすね」
「やった」
「なんかあっさりしすぎて怖いんだけど」
「何かの力が働いてるのさ。きっと」
「あながち間違いでもないかもしれない」
適当にアプローチかけてみたら拍子抜けするほど簡単にオッケーが出たのである。
まあすでに超常現象が起きているのでもはや驚くことでもなかったようだが。
「まあせいぜい学業に励みたまえよ」
「精進します」
「じゃあそういうことで」
「マネーの心配は?」
「たぶん必要ない。間に合うと思う」
「そうですか」
「というわけで家は引きニートの俺に任せて行って来い」
「ありがと」
「気にするな。わりと巫女の仕事は嫌いじゃない」
そう千夏を見ずに話す優美。
「それにしても」
「なんだ」
「巫女さんがPC叩いてるのってなんか不思議」
「構わんだろ」
家の中では巫女服という例に漏れず、巫女服のまんまPCにのめりこむ優美であった。