武道
「遅いな千夏…というかこれくらいが普通だったけ?連絡入ったしもうすぐ帰るとは思うけど」
本日は学校の方の定期テスト最終日である。
優美はもはやテストには無縁であるが、千夏は行っている以上普通にある。
部活も再開したのだろう。帰りが遅い。
「テストか…そういや勉強らしいことしてねえけどやらないと忘れるなこりゃ」
少なくとも優美は勉強は好きではない。
むしろ嫌いである。
なのでやらざる得ない状況にならないとまずやろうとしない。
夏休み最終日に宿題をするタイプであった。
「ただいまー」
「お帰り」
帰ってきた千夏は息を切らしていた。
それもそのはずである。
ここの石段は50段くらいある上、部活再開に伴い荷物も多い。
しかも何故か弓まで持ち帰ってきたので当然重い。
「重かったよ」
「置いてこればいいのに」
「家でも練習したいので」
千夏は弓道部に所属している。
完全な文化部は嫌だし、かといって強烈な陸上系も嫌だったらしく選んだ部活である。
とはいえど緩いわけでは無いので楽では無いが、本人は楽しいようなので結果オーライである。
「まあその点に関してはすごく目の保養になるのでいいんですけどね」
「絵になるよね」
「自分で言うか」
「写メってもらったの見たけど、凄くきまってると思うの」
「それは認める。認めるが」
「うん」
「ナルシに聞こえるぞ」
「きゃあ私綺麗?」
「ん、綺麗綺麗。真面目に評価すると、俺は大好き。弓道着の千夏」
日本の和が好きな優美にとって弓も当然好きな対象である。
個人的には巫女服でやってほしいとか思っているが、残念ながら見たことはない。
「しかし弓か。良いものじゃ」
「やる?」
「壊すわけにゃいかんからやりはしない。ただお前の見たくはある」
「見せようか?」
「むうしかし的がないな」
「何か適当なもので代用すれば」
「矢が刺さる的みたいなものとかあったっけか。丸いだけなら鍋蓋とかで良さげだけど」
「うーん…」
「あ、そうだ。もしかしたら。ちょい待ってて」
何か思いついたのか走ってどこかに行く優美。
5分くらいだろうか。
走って戻ってきた優美の手には、
弓道場でよく見るタイプの的が握られていた。
「ほらよ。これ、そうだろ」
「あ、うんそうそうこれこれ。だけどこれどこにあったの?」
「倉庫、分かるよな。あの中にボロボロだけど、弓あったの思い出してな。もしやと思って」
「探してみたらあったと」
「そういうことやね。多少ガタがきてるがまあ使えるだろう」
「たぶん。うん大丈夫そう」
古そうではあるが、使えそうな代物であった。
それを見た千夏がふと思いついたように言う。
「そういえばですね」
「なんだ」
「このタイプの的って霞的って言うらしいね」
「へえ。というか的に種類とかあるのか」
「みたい。私はこれしか使ってないけど」
「初めて知ったわ」
その後弓道着に着替えた千夏と普段通りの優美は裏手の縁側のある方へと集まった。
この縁側付近は空間が空いているのである。
弓を使うには丁度いい。
「というか今さらだけど、腕前はいかほどか?」
「まだ初めて間もないし上手くはないです。というか、だから練習するんだし」
「熱心なこって」
そもそもが学校に入ってからまだ1か月たってないのである。
しかも千夏は弓道に関してはまるっきり初心者である。
この短期間でそんなにごりごり上達している方がおかしいというものである。
「えーと置き方こんな感じでええんか」
「そうそう。そんな感じです」
「あいよ」
千夏に言われるとおりに的を設置する優美。
なお優美に弓道に関する知識は無い。空っぽである。
さっきネットで調べただけである。
「じゃあやってみるね」
「頼んだ」
優美は縁側にお茶をセットして座っている。
見る気満々である。
千夏は矢をつがえて構えに入っている。
「…おお。本当の引き方そうやってやるんやね」
「…」
「というか矢、2本もってやるのな」
千夏は矢2本を使っている。
立射一手という練習法らしい。
そのまま構えて弓を射る千夏。
残念ながら的には当たらずであったが。
「ほう、さて二本目はどうかな」
「…」
そのまま流れる動作で二本目を射る千夏。
的にかすったがこれまた外れる。
そのまま終了動作を終えて弓を下ろす千夏。
「どうだった?」
「うむ、やっぱ良いものじゃ。というかほんと意外と様になってるよな」
「これでもちゃんと練習してるし」
「カッコいいね。ふつうに」
「まだ全く的に当たらないんだけどね。というか的で練習し始めたのがつい最近と言う」
「そうなのか」
矢を回収しに行く千夏。
「んー?まだやります?」
「やる。さすがに一回じゃぜんぜん練習にならないし」
「そうか。まあゆっくり見させてもらいま」
そのまま何度も弓の練習をし続ける千夏。
それを見ている優美の隣にはお茶に加えて和菓子も出現していた。
何時の間に持ってきたのやら。
「ふう…こんなもんでいいかな。今日は」
「お疲れ―」
「走ったりするわけじゃないけど、やっぱり結構体にきますね」
「まあ仮にもスポーツだし。武道だし」
そもそもの季節的な問題か体質的な問題か、汗はかいていないが。
なお優美の隣に置いてあった和菓子は既に無い。
完食である。
「なあ」
「うん?」
「ちょっとだけ弓貸して。少しだけ引いてみたい」
「いいよ?」
「あざーす」
と巫女服のまま弓を構える優美。
正式なやり方はしらないので見よう見まねだが。
当然、矢はつがえていない。
「うお!弦引くの、超絶痛え!なんじゃこりゃ!」
「痛いでしょ。だいぶ慣れたけどね」
「ああ、超痛い。…よし壊す前に返そうそうしよう」
と弓を返す千夏。
予想以上に弦を引いた右手が痛くなったようである。
「いかん。アニメだなんだみたいにやったら絶対腕死ぬ。間違いない」
「まああれは2次元だから」
「正しく幻想だったわ」
そのままその日の練習は終わりにしておいた。
日が落ちて暗くなってきたので。
夕飯を食べた後、優美が言う。
「にしても」
「うん」
「お前が弓道やるとは思ってなかったな」
「私も思ってなかった」
「まあ正直俺が見たかっただけだったんだけど最初」
「そもそもうちの学校にあるのかすら最初不明だったしね」
「弓道部ない学校は無いもんな」
「前私が行ってた学校だとなかったしね」
「俺が行ってたとこはあったけどな。というかそうだったから勧めたんだけど」
「名前聞くまで存在を忘れてました」
「まあなんというかドはまりしてるみたいで何より」
「楽しいよやってて」
千夏の所の弓道部は、強くも弱くもない。
大会成績も1回戦敗退でなくとも優勝するほど強くもないとかいうレベルである。
「まあ俺的には念願の弓引くの見れたからよかったけど」
「前の学校で見たことないの?」
「やってるなーと思ったことはあったけど、しっかり見たことなかったね。というか場所が場所で見に行くこともあんまりなかったし」
「そうなの」
「間近で見たのは初ですから」
「そうだったの」
「和っていいよね」
「結局そこですか」
「さすが日本ですわ」
なお優美は和が好きではあるがもとは神道ではない。無神教である。
特に何を信仰しているわけでもなかった。
今は場所が場所なのでとりあえず神道を勉強中である。
ネットで。
「俺も真面目に刀ちゅーか剣道やろうかなー」
「やったら?」
「と思ったが俺振り回すのが好きなだけだったわ。いやまあ剣道も好きだけどさ」
「たまに庭で踊り狂ってるよね。模造刀もって」
「見てるのかよ。見るなし」
「でも剣道もいいよね」
「俺もわりと好きではある。装備の装着が面倒だけど」
「でも弓道部も毎回着替えるし」
「なんつーかヘッドになんか装備するのがめんどくさい。あと顔見えないのあれじゃん」
「フルフェイスな感じがいいじゃないですか」
「顔見えてる方が好きなんですよね。というかせっかくだし顔は外出しときたい」
「可愛いもんね」
「自画自賛はしたくねえけどな。でも今の私の顔好きなんですよね」
「鏡みながらにやーって」
「さすがにしてねえけどなそこまでは」
「まあ良くも悪くもロリ顔だけど」
「言うなし」
なおその日を境に優美の模造刀を振ってる率がしばらくの間急増した。
対抗心でも燃えたのだろうか。それとも弓を見てたら振りたくなったのか。
真意は不明である。