暗黒空間
「ふぅー…」
風呂にインしている優美である。
別に普段以上に疲れるようなことも特になかったのだが、疲れ自体は蓄積されている。
一日終わりのお風呂が全部洗い流してゆっくりできる最高の時間であった。
「はぁ…」
優美の風呂は長い。
体を洗ってる時間はそこまで長いわけでもないが、
風呂の中に入っている時間がすこぶる長い。
というか体洗ってる時間よりも長い。
かなりの風呂好きであった。
目を閉じ、じっくり浸かる。
なお、たまに眠りかけて沈むのはご愛嬌。
「…むう?」
何かの音が響くのと同時に辺りが急激に暗くなる。
目を開けると真っ暗であった。
ブレーカーがとんだらしい。
「うげ…どうしよ」
何も見えない状態で風呂場から上がって体を拭いて着替えるのはかなりの至難の業である。
一応すりガラスの窓から少しばかり明かりはあるのだが、それでも暗い。
「千夏ー!ブレーカー!…ってここからじゃ聞こえんかなあ…」
ブレーカーの位置は洗面所。なので優美の方が近いのである。
が、風呂から出たくない。怖いので。
「待ってようかなあ…まだあいつ起きてるだろうし、聞こえてなくてもそのうちくるよねえ…」
その言葉に答えるがごとくどこかからガタン!とものすごい音が聞こえてくる。
「ひいっ!だ、駄目だやっぱ今すぐつけよ!そうしよ!」
優美のビビりが一周回ったようである。
正体不明の音とかが一番怖い。
「うええ…鏡いやだぁ…」
無駄にこの風呂場にはシャワーが2個設置されている。
その数だけ鏡、全面サイズの、があるので風呂場の出口に行くまでに確実にうつる。
しかも窓からの明かりのせいでぼんやり見えるのである。
「動くなよ…動くなよぉ…」
鏡をちらちら見ながら出口に歩みを進める優美。
暗闇に囚われると怖い話系統を読んだ記憶が頭の中で再生されるのである。
自分で自分を追いつめているわけだが、暗闇にいると勝手にそうなるのでどうにかできるものでもない。
「えーと、あ、出口」
手さぐりで出口を探し当てるとゆっくりそれを開く。
洗面所兼脱衣所である。あとついでに洗濯機も。
「タオルどこだっけ…」
こっから先は完全に暗闇である。
明かりという明かりが完全に無い為、目が慣れることもたぶんない。
「ひょあっ!」
追い打ちをかけるかのごとくに、どこかからかゴトン!っと音が響く。
その音の出所と思われる方向をじっと見つめる優美。
当然なにもいないし、何も見えないのだが。
「あ、あったタオル」
とりあえず体をふかないと行動できないのですぐさま拭きにかかる。
暗闇だろうと体を拭くくらいならもう朝飯前である。
ここに来た当初は戸惑ったものだが。
「寝巻…」
そのまま着替えも見つけたのでそのまま着替えてしまう。
着替えれるなら着替えといたほうがそりゃいいだろう。
「か、懐中電灯…」
近くの棚から懐中電灯を引っ張り出してくる優美。
この家にはわりといたるところに懐中電灯が常備されている。
こうなった時が困るというのもあるが、
単純に怖いのでおいといた場所のもわりとある。
「な、なんかホラゲーみたいで余計怖いんですけどっ…」
完全に真っ暗だったので、本当に照らしているところしか見えないのである。
さながら不気味さ的にはつけていない時よりも上かもしれない。
「ブレーカー…あ、あったあった」
ブレーカーの位置は高い。
「むむ…むぐぐ…かは、絶対届かんなくそ」
手を伸ばしても枠にすら触れられていない。
千夏なら枠くらいには届くだろうが。
「絶対椅子いるでござるな…どのみち俺じゃ届きそうにないんだけど。千夏呼ばねば」
しかたないので一旦ブレーカーを戻すのを諦めて千夏の部屋に行こうとする優美。
が、脱衣所の出口の前でいったん止まる。
「…背に腹は代えられん。…だけどなあ…」
扉を開けて外の廊下に踏み出す優美。
相変わらず真っ暗である。
「…い、家だし、大丈夫。大丈夫」
さっそく自己暗示であるがこれぐらいやらないと落ち着かないのでしかたない。
「千夏の部屋は…っと」
廊下を歩く優美。
所によりギシギシ言うのが余計雰囲気を作り出す。
まあ千夏の部屋は洗面所のすぐ隣なので、すぐなのではあるが。
「入るぞ」
「あ、うん」
なんというか声に元気のない千夏。
優美が扉を開けて懐中電灯で中を照らすとなぜか床で転げまわる千夏がいた。
「…何をしてるんです?」
「ええっと…ブレーカー落ちたし優美ちゃんお風呂だったから直しに行こうかなって」
「なんで転げまわってるんです?」
「椅子から降りようとおもったら転げ落ちて、近くにあったゴミ箱に引っかかって、部屋から出ようとしたら棚に小指ぶつけた」
「あー…」
「それで今の今まで悶絶していたわけです」
「というかあのガタン!とかゴトン!とかの音全部お前かよっ!滅茶苦茶ビビったんだぞおいぃ!」
そこらへんでようやく痛みが引いたのか立ち上がる千夏。
「ところで、ここまで着替えてきてるってことはブレーカー前通ったんじゃないの?」
「通ったさ」
「なんで直してこなかったの」
「あのなあ…俺に届くとお思いで?」
「あ」
「あじゃないし。どのみち椅子ないと絶対届かないと思うしな。椅子乗っても俺だと危うい」
「じゃあ持ってくよ」
「頼んだ」
二人になったせいかさっきよりも落ち着いている優美。
一人じゃないなら暗い場所も平気になるのである。
「じゃあ椅子押さえてるからブレーカーよろしく」
「あい」
千夏が椅子の上に登ってブレーカーを操作する。
千夏でなんとか届く位置である。高すぎである。
何を考えてここまで高い位置にブレーカーを設置したのか。
「よしおっけー」
「ああ、やっと明るくなった」
ブレーカーが回復したので電気が再稼働する。
縁側に面していない部屋は電気がないとどうしても真っ暗になってしまうのも考え物である。
「ああ、…なんかどっと疲れた」
「痛かったです」
「頼むからやめてくれよいろんな意味で。お前の出す音で心臓がやばい」
「ビビりすぎでしょう」
「しかたないでしょうが、暗いのと正体不明の物体絶対無理なんだから」
一件落着であった。
「それにしても暗くなるとは思ってたけど本当に真っ暗になるんだなこの家」
「まあ構造的にもそうなるよね」
「本気で懐中電灯あってよかったと思った」
「なぜか部屋という部屋だいたい全部においてあるというね」
「置いてないのは空き部屋だけだな」
「トイレにすら置いてあるというね」
「懐中電灯買いすぎて置く場所見つからなくなったのでとりあえずおいといた」
「それでもまだ余るという」
「買いすぎました」
余った分の懐中電灯は全部優美の部屋にある。
いつ切れても大丈夫なようにである。
実際使われたことはほぼないのだが。
「ブレーカーとんでも大丈夫なように明かりがほしい」
「蝋燭でも立てますか?」
「それ怖さ倍増するだけだと思うのよね。あとこの家木造だから普通に燃えそうで怖い」
「確かに」
「火気厳禁だな」
「まあ台所以外で火を使うような場面あんまりないけどね」
「たまに失敗した御札焼いてるけどな。庭だけど」
「たまに謎の燃えカスが落ちてるのってそれなのね」
「普通のゴミにだしたら呪われそうだし」
「まあうん。分からなくもない」
なおそもそも筆の扱いがあまり得意ではないのでよく失敗して焼いていた。
最近は慣れてきたのか失敗量も減ってきた気がする。
「まあ、本当に俺暗いとこ駄目なのよね。特に家みたいな閉鎖空間。外の広いとこならいいんだけど」
「森とか怖くないですか」
「森は怖い。なんかこうもっと広い平原とか幅の広い道とかなら大丈夫」
「田舎の長い道とかは?」
「あ、それは無理、ひたすら長いのが続いてて先が見えないのはやっぱり怖い」
「アレ怖いよね」
「くねくねとかスレンダーマンとか出てきそう」
「雰囲気も怖いしね」
「とりあえずそういうのは駄目」
「長い道に関しては普通に怖いと思う」
「お化け屋敷とかだと一番に特攻してくんだけどな俺」
「そうなんですか」
「でだいたい全部のトラップに引っかかって絶叫する」
「かかるのか」
「驚くけどガチで心臓止まるほどではないけどね。ふつうにお化け屋敷は楽しいです」
「ああやって脅かしに来る方が私はきついです。暗い所はあんまりなんだけど」
「むしろ出てくるってわかってるから恐怖はあんまりないかな。今のこの家は普通に怖いけど」
「夜とかたまに走ってるしね優美ちゃん」
「あの暗い廊下に一人とか考えたくないですしおすし」
その後ブレーカーがいつ落ちても大丈夫なように台座が下に置かれるようになった。
当然買ってきたのは優美であったが。