秘密
優美らが神社に飛ばされたのが2014年の9月。
100話に相当するのが2025年の9月。
というのを前提で話が進んでいきます。
本日は2025年9月の話。
「…むぅ」
鏡の前でごそごそやっている優美。
傍らには、
千夏には負けるものの、
そこそこな量の服がある。
タンスの奥から引っ張り出してきたらしい。
「…やっぱこれかなぁ…」
色々合わせてみては悩みまくる優美。
ほとんどファッションには気を使ってこなかったので、
いざ選ぶ必要が出てきたとなっても困りものである。
「…よし、これで。うん超可愛い。問題ないな」
なにやらナルシストな発言をしている優美。
朝っぱらからなんでこんなことをしているかと聞かれれば、
とてつもなく大事な人と会う約束があるとだけ。
「優美ちゃんどうしたのこんなに早く」
「…見てたのかよ」
「いやちょっと音がしたので気になって」
隣からひょっこり顔を覗かせたのは、
偶々神社の方に泊まりに来ていた千夏であった。
茂光と子供である和弘の姿は無い。
まだ寝ているのだろう。
「…いや、ちょっとデート」
「デートってあっさり言いますね」
「別に隠す必要性もあるまい。もう付き合ってるって言ったし」
わずかに数週間前。
優美が部屋に戻ってきたかと思ったら、
恋人できたと言い出して、
大騒ぎになったのはいい思い出。
「でももうちょっと隠しませんかね」
「俺は気にしない」
「ちょっとは気にしようぜよ」
「とまあそういうわけだから。ん、お前の目から見ておかしなところないですかね」
「…大丈夫だと思うよ?」
「そう?ならいいか。いやーこういうとこに気を使うことがまずないからこれでいいのか不安だったのよね」
ファッションなんざ知らねえと言わんばかりに、
普段は巫女服しか着ていない優美であるので。
外に出るときの服も、
数種類のローテーションであった。
持っているもの全部から
コーディネートすることなんて初めてだったのである。
「というかなんだかんだ言って優美ちゃんも結構服持ってるのね」
「まあ昔買ったやつもそのまま残ってるから、多く見えるだけじゃねーすかね」
「もっと少ないかと思ってた」
「まあ普段着ないもんね。…おっといかん、時間に遅れちめーよ。じゃあまああとは適当にやってくれ。どうせ元々お前の家でもあるんだから勝手は分かるでしょ」
「大丈夫です。安心して楽しんでくるです」
「じゃーまた」
「はい。頑張ってきてね」
「何をだ」
とかいいつつも、
千夏に見送られて
外に歩いていく優美。
いつか千夏が下で待ち合わせしてるのを
上から見てた記憶がよみがえる。
「歴史は繰り返す…なんてね。それでも同じことをするとは思わなかったが…」
時間に遅れるとか言ってはいるが、
実際の約束した時間には1時間以上あったりする。
遅れるよりはマシだと言う優美である。
「…案外嫌な感じはしないもんだ」
もはや今の体に順応しきっているためか、
男に女として付き合うことに抵抗感はほとんどなかった。
時間は確実に色々な物を変えていったのである。
まあそう大きく変わったわけでもないが。
「…お、来たか」
道の向こうの方を見てみれば、
すらっとしたイケメンに成長した、
純清翔也が歩いてくるのが見えた。
予定時刻かと言われれば全くそうではない。
まだ45分前である。
「ああ、すいません優美さん。待ちましたか?」
「ううん今来たとこ…ってわけでもないけど、まあ予定時刻より圧倒的に早く来てたのは私の勝手だから別にどうってこともないよ」
「45分前に来たのにもう待ってるとは思わずに…」
「初デートに遅れたくないでしょ?楽しみにしてたしね」
優美が軽く笑む。
それを見て翔也の顔も緩む。
「それじゃあ行きましょうか」
「うん、行こうか。はい」
「え?」
「手」
優美が手を突き出す。
それは要するにそういうことなのだろう。
「…いいんですか?」
「良いに決まってるでしょ。もう公認カップルですぞ?」
「じゃ、じゃあ」
突き出された手を握る翔也。
「ふふふ…自分から言っといてあれだけど、やっぱりちょっと恥ずかしいかな」
「や、やっぱやめときます?」
「ううん。いいよこのままで。こっちの方が一緒にいるって気がするし」
「そ、そうですね」
「ふふ…翔也君赤くなりすぎだよ」
おそらく本人も知らないうちに、
顔が赤くなっている翔也。
いきなり手をつなぐとこから入るとは予想していなかったのだろう。
見事な茹蛸であった。
「それで、どこに行くの?」
「えーっと…ここですかね」
「ああ、ここかあ」
「…ベタすぎますかね?」
「ううん。私は嬉しいよ?」
連れてこられた場所は映画館。
なんだかこれまたいつぞやの千夏を連想する場所である。
良くも悪くも定番の映画デートであった。
「それでそれで、何見るの?」
「えっと、これです」
「…やりよる」
「え?」
「いや、なんというか私の好み分かってるなあって」
指し示されたものはまさかのホラーものである。
ご存知の通り優美は暗いところは苦手である。
理由としてはホラーな話が頭を駆け巡って大変なことになるからなのであるが、
お話としてホラーを見たりするのは
ものすごく好きである。
「それじゃ入りましょうか」
「うん」
と言うわけで映画を見始める二人。
当然映画を見るということで、
基本静かなのだが、
ときおり優美の押し殺した絶叫に近いものが聞こえている。
「…こ、怖かった。予想以上に…」
「怖がってる優美さんも可愛かったですよ?」
「もー!私見てないで映画みなよ映画!」
どうやら翔也は、
映画を見るよりも、
優美の横顔を見ていたらしい。
「はっ、まさかそんな私を見るためにこの映画を選んだとでも言うのか…!」
「…実は、ちょっと」
「ぷ、正直だなぁ翔也君」
優美の前で隠し事はしたくない翔也であった。
そしてその後も、
「ふむぅ…何が良いんだかさっぱり分からん」
「優美さんならなんでも似合いますもんね」
「そういう意味じゃないんだけどね」
買い物してみたり、
「…ちょっといいの?結構高そうだけどこのお店…」
「大丈夫ですよ。遠慮はいらないですから」
食事してみたり、
「…優美さんよく食べるんですね」
「ありゃ、幻滅?」
「そんなはずないです。よく食べる人は好きですよ」
「よかった」
ちょっと本性が垣間見えたり色々あった。
それでも基本的に二人とも楽しんだデートであった。
そして楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎていくのが世の常である。
「…ありゃりゃ、もうこんな時間だよ」
「…そろそろ戻りましょうか」
「そうしようか」
気づけばもう夜。
そろそろデートも終わりであった。
「楽しかったですか?優美さん」
「そりゃもちろん」
「よかった」
「大きくなったよね。いつの間にか背も私より高くなってるし、イケメンになってるし」
「い、イケメンって」
「謙遜しなくても大丈夫だよ。事実事実」
「れ、連呼しないでください照れます…」
ちょっと空を見上げる優美。
「こんな日が来るとは思ってなかったよ、本当に」
「こんな日?」
「君と一緒にこうやって、ね。本当に恋人としてデートする日が来るなんてさ」
翔也の方を向く優美。
「まさか本当にあの約束を守ってくる人間がいるとは思ってなかったからね」
「…僕も優美さんに告白しに行ったあの日、ものすごく怖かったんです。覚えててくれないかもしれないって」
「まさか。忘れられるはずがないでしょ。私に初めて告白してきた相手にして、初恋の相手だよ?」
「え!」
「あれ?言ってなかったけ?」
「聞いてないです!」
「ありゃ、そうだったか。でも私に告白してきたのは君が最初だし、今だから言えるけど、たぶん途中から君のこと好きだったんだと思う。だから初恋」
「そうだったんだ…」
「だからずっと待ってた。…君が来なかったらどうしようかと思ってたよ」
おそらく翔也が最初で最後だった、
というのが優美の考えである。
優美自身の特殊な事情を考えても、
二回目は無かったのだろうと。
「…それでなんだけどさ、一つだけ、君に言わなきゃならないことがある。…誰にも言ったことのない、私の秘密」
「秘密…ですか?」
「そう。本当は墓場まで持ってくつもりだったけど…君に言わないのは卑怯だと思うから。やっぱり」
「…」
二人が立ち止まる。
「今から言うことは全部本当の話です。信じられないかもしれないけど。嘘は一言もありません。先に言っとくね」
「はい」
優美が息を吸い込む。
「…私は、今から10年前、男でした」
「え…!?」
「私は前はここじゃない、全然違う場所に住んでたの。その時は何のことは無い、ただの男子高校生だった」
「…」
「今でも何が起きたのかは分からない。だけどある日気が付いたら今の神社に居たの。女として。優美として」
沈黙、静寂。
優美の唯一にして最大の秘密が
打ち明けられていく。
「でも、昔から優美さんはあの神社にいた気が…」
「私がここに来てから、少しづつ、周りの環境が変わっていった。それに伴って、私は元々ここにいたように、周囲の人からは認識されるようになっていった…」
「そんな…」
「…これが、私の秘密。誰にも言えなかった秘密です。…本当は付き合う前に言うべきだった。卑怯な告白だけど、いつかは、言おうと思ってたから」
「…」
「…こんな私だけど、それでも、あなたは、愛してくれますか?」
優美が真っ直ぐに翔也を見つめる。
「…卑怯ですね。本当に優美さん」
「…うん」
「本当に…本当に卑怯だよ。僕が…そのくらいで気持ちが変わるとか思ってるんですか?」
「え?」
「僕はあなたが好きなんです。僕は、あなたそのものに惹かれたんですよ?元男?それが、どうしたっていうんですか」
翔也の目が優美の瞳に真っ直ぐに対抗する。
「そんな程度で、そんなことで変わる想いなら、こんなに長い間、追ってはこなかった。10年もの間、あなたを想ってはこなかった」
「…」
「その話が本当なら、僕はとてつもなく幸運です。僕の前に、こんなにも魅力的で、愛らしい女性が現れたんですから。元々のあなたがどうであったかは関係ありません。それも含めて、優美さん。あなたが全部好きなんですから」
「翔也君…」
「それにその話通りなら、僕なんかよりも優美さん。あなたの方が心配だ」
「私?」
「あなたは僕と付き合おうとしている。男であるこの僕と。僕はいいです。僕はずっとそうなりたいと願っていました。でもあなたはそれでいいんですか。無理をしているのなら…」
その言葉を優美が遮る。
「…いいに、決まってるでしょ。私は自分の決断は曲げないから絶対に。誰に強制されたわけでもない。他ならぬ私の意思で、そう選んだの。…だから、私もこのままでいたい」
言い切る優美。
もう決意は固まっていた。
「…なら、何も問題ありません。僕はこれからもずっと、あなたの傍にいますから」
そう微笑みかける翔也。
「…うん。ありがとう。翔也君」
静かに笑む優美。
「…翔也君」
「なんでしょうか?」
「…好きだよ」
「…僕もですよ。優美さん」
夜空の下、
手をつないで歩く一組の男女。
そんな二人の上で、
夜空の星が瞬いた。