エピソードゼロ
「ん…あぁ?」
ゆっくりと、
一人の女の子が目を覚ます。
ここは神社裏。
神社裏の家のリビングに当たる場所である。
「……?」
何度もまばたきする女の子。
長い黒髪に、
幼い顔つき。
その顔に相応しいと言える幼女体系。
しかし整ったその顔は、
美少女と呼ぶのに相応しいものであろう。
「……」
目を覚ましたが、
その少女は動かない。
それもそのはず、
彼女にとってここは知らない場所だったのである。
「…どこだ…ここ」
ポツリと小さな声で呟く彼女。
少なくとも昨日寝た時点では
このような木造の天井のある家にはいなかったはずである。
さすがに15年以上見てきた自分の家の天井を間違えることは無いだろう。
つまり彼女は朝起きたらいきなりここにいた、
ということである。
「………」
起き上がって辺りを確認するかと思いきや、
そのまま寝転がった体制で動こうとしない少女。
彼女の目線は、
低めのテーブルの下を突き抜けて、
その先に寝転がっているもう一人の少女へと注がれていた。
「…すぅ…すぅ…」
「…」
そこにいたのもこれまたとびきりの美少女であった。
少し茶の入った長い髪。
もう一人と比べると格段に女らしい体つき。
先ほどの少女を妹とするなら、
こっちは姉だろうか。
とにかくこれまたとんでもなく美少女であった。
「…すぅ…すぅ」
「…寝てる?」
どうやらいまだに寝ているらしい茶髪の少女。
黒髪の少女はそんな彼女が気になって起き上がれないらしい。
「…」
「…すぅ…すぅ」
「…駄目だな」
起きるのを待とうかと思ったようだが、
起きる気配が無いので先に起き上がる黒髪の少女。
「…和室?」
辺りを見渡せば、
古き良き日本の和室のようであった。
「…え」
髪の毛を手に取る少女。
寝覚めで細くなっていた目が
大きく見開かれる。
「え、は?」
立ち上がって
自分の体を見回す少女。
長い髪が忙しなく動く。
「…嘘だろ、おい」
何かに気付いたらしい少女が呟く。
そしてその声が、
隣で寝ていたもう一人を目覚めさせた。
「ん…うう」
体を起こす茶髪の少女。
まだ寝ぼけているのかぼーっとしているようである。
「…ん?」
そして場所を認識したのか、
はたまた黒髪の少女を認識したのか、
少し慌てた様子になる茶髪の少女。
「あ…」
「え、あ、だ、誰!」
「…誰…誰だろ」
「え?」
おかしな回答をする黒髪の少女。
それもそのはず、
今この少女の頭の中は混乱の絶頂にあるのであるが故に。
それに伴ってきょろきょろするもう一人の少女。
しきりに体を見渡している。
まあもうお気づきであろうが、
この黒髪少女が優美こと勇人。
茶髪少女こそが千夏こと明である。
「えーっと、…ここ何処ですかね」
「え、え、えーっとえーっと和室だと思いますよ?」
「あ、いやそういうことじゃなくてですね…」
まだ相手が誰なのか理解できていない二人組。
「いや、なんか俺、気づいたらここいたんですよ。あ、信じられないかもしれないけどマジです」
「ええ、はい」
「それで、ここ何処なのかなと…」
「えっと…その、私にも分からないと言いますか…」
「え?」
「私も気が付いたらここにいたものでして…」
「あ、なるほど」
同じ境遇にあることに気付く勇人。
「…え、やっぱり寝てたらここいた感じですか」
「その通りです」
「やっぱりかぁ…なんなんだこれ」
考えても分かるはずもなく。
「…あ、そうだ、鏡無いですかね…ってあなたも分からないんだっけ?」
「か、鏡ですか?」
「ちょっと確認したいことがあって…どっかねえかな…」
「さ、探しましょうか?」
「あ、すんません。いいですか」
「はい」
笑顔を見せる明。
内心男だとばれやしないかとてつもなく心配しているのだが。
当然明の方も鏡にを見て確認したい気は満々なのではあるが、
それ以上に目の前の女の子に男とばれたくない気持ちの方が大きい。
「というかこの家どうなってんだろ」
「…日本家屋、ですかね?」
「…みたいですねぇ」
襖を開けてみれば出てきたのは木でできた廊下と、
そこに連なる襖の扉である。
「…なんだってこんなとこに…?」
とりあえず探索がてら家を回ってみる。
互いに全く知らない場所なためか自然と二人で回る感じになっていた。
「…台所か?」
「広いですね…」
「ここには鏡無いよね」
「無い…ように見受けられますが…」
「じゃあ次」
そんな感じで全部の部屋を調べてみた二人。
「倉庫みたいな場所まであるとは…」
「この家広いんですね」
「屋敷か?」
「かもしれませんね…」
「とりあえず鏡発見」
というわけで鏡に自分の顔を映してみる勇人。
「お!」
「え?」
「あ、なんでもない」
女の子になっているのは想像ついていたが
自分の好みの美少女になっていたので、
思わず叫び声を発する優美。
さすがに抑えられなかったらしい。
「ちょっと貸してくれます?」
「あ、はい、どぞ」
手鏡を明に渡す勇人。
「…」
何も言わなかったが口角が吊り上っている明である。
「…とりあえず帰る当て…なんてあるわけないですよねぇ…」
「無いです…」
「だよねぇ…とりあえず自己紹介しますか」
「あ、そ、そうですね。え、えーっと私は明久花見と言います」
何を思ったか
その場で思いついた偽名を使い始める明。
「花見さんですか。えーっと俺は勇人っす。長原勇人」
それに反して隠す気ゼロの勇人である。
「え?ゆ、勇人?」
「え、あはい。そうですけど」
「…中学時代橋の上で話しまくってたりする?」
「あれ?いや、そうですけど、え、俺知ってるんですか?」
「あ、あれだよね。中学卒業後も夜中に明と話してるあの勇人だよね?」
「そ、そうだけど。え、なんで知って、というかそんなこと何故知れ…はぁ!?」
「そ、そう私、藍澤明」
「…はあああ!?」
絶叫する勇人。
自分の時以上に驚いているようである。
自分の姿が変わった事実よりも、
見知った他人が変わってた方が驚くもんなのだろうか。
「…それで、あれか、お前もか。お前も朝起きたらここいたのか。…美少女で」
「そう、…なんだよねこれ」
「だろうね。現実だろうしな」
「ですよね」
相手が誰なのか分かった時点で
気張った空気が一息に吹き飛んで
いつもの感じに戻る二人。
「…なんでこんなことなったんでしょうか。…しかも二人で」
「なんでだろ」
「分かるわけねえか」
ちらっと明を見やる勇人。
「…にしても」
「なんですか」
「美少女やね。お前」
「そういう勇人も相当」
「なんなんだあこりゃ一体」
「さあ…」
訳が分からないという顔をする勇人。
「と、いうかなんで偽名使ったんだよ、危うく気づかずスルーするとこだったじゃねえか」
「え、だ、だってこんな状況で本名言いたくないし」
「なんだそれ…」
立ち上がる勇人。
「というか…この服ってさ」
「えーっと…巫女服だよね」
「だよねえ。…なんでさね?」
「…さあ?」
「…外確認してみない?」
「いいよ」
外に出る二人。
「…思い切り神社じゃねえか!」
「神社だね…小さいけど」
「でもどうみても神社だろ」
「だね」
「これあれか」
「どれです」
「ここの巫女さんの体乗っ取っちゃったとか」
「え、まさか」
「無いとは言えないですよねえ」
「…言えませんねえ」
まあ実際はそんなことなかったわけだが。
「…女の子になるに、親友がついてきた挙句に、神社かよ」
「すごいですね」
「盛りだくさんだな」
「って言ってる場合じゃない気がするけど」
「そうそう、やばい。こういう状況になると高確率で出てくるお助けキャラが見当たらない」
「私達いがいに誰もいなかったよね」
「いなかったな。全部の部屋見たし」
「…どうするです?」
「…とりあえず、ここをキャンプ地とする」
「それしかないですよね」
「無いだろうなぁ…」
と、
言いつつ、
家(仮)に戻る二人。
「…とりあえずなんだけど」
「うん」
「今の顔見ながら名前呼ぶのがものすごい違和感」
「だね。顔と名前が頭の中で一致してない感じがすごい」
「…そこでなんですが、仮ネームつけません?」
「つける?」
「頭おかしくなりそうだしそうした方がよくないですかね」
というわけで新しい名前を考え出す二人。
「んじゃあ俺優美でいいわ」
「じゃあ私千夏で」
「原型ねえし」
「いいじゃないですか」
「まあおかしいわけじゃないからいいか」
しばしの沈黙。
「えーっと、まあ、なんだ、とりあえず。状況把握できるまで同棲で」
「そうですね」
「あとで使えそうな部屋見てみましょ」
「そだね」
「…なんかすごいことになってる割にあんまり驚いてない気がする俺がいる」
「同じく」
「やっぱり二人いるって安心感あるね」
「しかも見知った仲だしね」
「見た目全然違うけどな」
「美少女だったからいいんじゃないですか」
「そのせいで違和感バリバリだけどな」
「それは致し方なし」
「まあ可愛い子と近くにいれるってのは良いけど」
「私ですよ?」
「中身は問題ないっす」
そこでお腹が鳴る勇人改め優美。
「…腹減らね?」
「減りましたね」
「なんか食うか」
「買い物行くんです?」
「…それしかないだろう」
「その格好で?」
「…替えないか探すか」
「…お金は?」
「……この家から拝借」
「…いいのかなぁ…」
「…誰か帰ってきたら最悪土下座して返済するわ」
「…背に腹は代えられませんか…」
二人の女の子神社生活が始まった瞬間であった。