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約束


ten years later…





とある山の中腹に位置する神社。

決して広くもないその神社だが、

周辺住民からの評判は良く、

来る人もそこそこ多い。


長い神社の石階段。

50段ほどあるそれを上りきるととある人物が見えてくる。


後ろで結ばれてポニーテールと呼ばれる物になっている

腰まで届くほど伸びているであろう綺麗な黒髪。

少々幼さが残ってはいるものの、

整った顔立ち。

見た目的には17、18くらいだろうか。

巫女服を着こんだその女性は、

手慣れた手つきで神社の境内を掃き掃除している。


彼女こそ、

この神社の唯一の巫女にして、

この神社を受け持つ人物。


その名を長原優美と言う。


「…秋だなあ。掃除が終わらないもの」


一言呟く優美は何かを懐かしむように空を見る。

秋口の空が広がっていた。


「懐かしいな。もう一昔前なのか」


優美の記憶によぎるのは、

己がまだ高校生であったころの記憶。

突然神社に飛ばされ、

女の子にされ、

訳が分からないながらも千夏と二人で

この神社でバカ騒ぎしていたころの記憶である。


「…静かになったもんだ。ここも」


そんな記憶ももはや過去のもの。

優美の箒の音以外はここにはない。

今ここには優美一人しかいないのだ。


「さってと、掃除終わりっ!」


とりあえず神社の参道の落ち葉を掃き終えた優美。

今では全ての仕事を基本的には一人でやっているわけではあるのだが、

もはや10年の付き合いである。

何も考えるまでもなく体が動くようになっていた。


「さーってと、そろそろあいつらが来るころかな」


優美が呟いた、

かと思うと、

それに答えるかのように

石階段を駆け上がる、

パタパタという音が響き始めた。


「優美ちゃーん!」


そう言いながら、

石階段の上まで駆け上がってきたのは、

少年であった。

しかし全く知らないかと聞かれればそうではない。

どこかで見たことのある顔立ちである。


「お、よく来たねー元気だった?和弘」


「うん!」


元気よく答える少年。


「そうかそうか。それはいいことだ」


笑顔でそれを聞く優美。

とても仲が良いように見える。


「お母さんたちも来てる?」


「うん、来てるよ。今お父さんと一緒に上ってきてる」


その言葉が終わったぐらいだろうか。

石階段の所にもう二人、

人の影が現れる。

片方は小さく、

髪をツーサイドアップにしているのが影になっていてもよく分かる。

もう片方はかなり体格がいい。

となりと比較するとその体格の良さが一目瞭然である。


「おっす。二人とも。相変わらず仲の良いことで」


「優美ちゃん久しぶりー」


「久しぶりっす」


「つっても数日前に会ったばっかだけどな。千夏さんよ」


そう、

この二人こそ、

千夏と茂光なのであった。

千夏はより女らしい体型になり、

茂光は前にましてでかくなってるように思われる。


「家近いからやっぱ来ちゃうよねー」


「来ちゃうよねーじゃねーだろ。その体で石階段上ってくるのこええんだけど」


「まあまあ、ぶつけたりしなけりゃ大丈夫だから」


「お前こけるからこええんだよ。茂光、ちゃんと見ててくれよな」


「大丈夫。千夏さんのことは任せといてくれ」


「ちょー二人とも私信用無さすぎじゃないですか」


変わらない三人である。

実際このようにして

数日置き、

もしくは毎日のように神社に来るので、

優美的にもそこまでさみしいと感じることは無かったりする。


「しかしあれだな。もう数年か」


「ん?何が?」


「お前らが結婚してからよ」


「そうだねー。あっという間だよね時間経つの」


「まあ絶対くっつくだろうなとは思ってたけど茂光が大学卒業するくらいだったもんなー。もっとかかるかと思ってた」


「もう二人で決めてたからね。卒業したらしようってさ」


「へーそうだったん」


今この二人は恋人ではない。

妻と夫である。

要するに結婚したのである。

それが数年前、

茂光が大学を卒業してすぐくらいの話である。


「千夏さんと結婚できたのが今でもまだ現実味が無くて…」


「ちょ、しげちゃん。現実だよ。現実だからね?」


「分かってはいるんですけど、俺に千夏さんでいいのかなーと」


「私はしげちゃんじゃないとダメなんです、って何回も言ってるでしょ」


「はは…千夏さん大好きです」


「私もだよーしげちゃん」


「あーはいはい。そういうことは家でやってくれ。見てるこっちが茹で上がりそう」


「ウエディングドレス姿の千夏さん、綺麗だったなほんと…」


と、そこで優美のそでを引っ張るものが一人。

先ほどの少年である。


「優美ちゃん。遊んできていい?」


「ん、裏庭のとこならいいよ。他の所には行かないように」


「うん!」


そう言いながら駆け出していく少年。


「…元気だなお前の所の息子」


そう、何を隠そう、

この少年は二人の間にできた子供である。

名前を和弘(かずひろ)と言う。

ちょうどやんちゃ盛りな年頃か。


「ちょっと俺見てきますね」


「分かったー。というか私も行くよ」


「ん、放りっぱなしは危ないしな。どうせだから移動するか」


とりあえず視界に入れとかないと安心できない。

気が付いたらどこかに行ってたでは洒落にならないので。

というわけで全員で裏庭の方に移動する。


「ここは変わらないねー」


「まあ変える必要ないしな」


「子供ってまだ来てる?」


「来るぞ。いい感じに遊び場になっとるわ。ちょうど今の和弘みたいにな」


和弘の相手をしているのは茂光である。

今は他の子供たちもいないので。


「子供かー」


「ん?どうしたの?優美ちゃんも欲しくなった?」


「んー、否定はしない」


「へー否定しないんだ」


「ちょっとねー見てるとやっぱり欲しくなるよな。可愛いもん」


「大変なことも多いけどね」


「そりゃそうだろうけどさ。でもやっぱ欲しいかなー」


「その前に優美ちゃん相手見つけないと」


「まだいねーしな」


相変わらず一人身の優美。


「それに反しておめーらはなぁ…」


「どうかしましたか」


「息子作ってそれで終わりかと思ったらなー」


千夏のお腹に目をやる優美。


「なんだってもう次がそこにいるんですかね」


「もう一人くらい欲しいと思ってたし」


そう。

今、千夏のお腹の中にはもう一つ分の生命が宿っているのである。


「全く、お盛んなようで。毎日やってんですかね」


「さすがにないです」


「それでもやることはやってんだろ」


「まあそうしないと次の子できませんし」


「もうなんか普通に受け入れちゃってるねそういうこと」


「そりゃもう何年女やってると思ってるんですか」


「もう一昔だもんな…早いもんだ」


もはや女でいることに何の抵抗もなくなっている二人である。

さすがにそろそろ元々の体の方の記憶はおぼろげな物になりつつもある。

そうであったことは覚えてはいるが。


「それで?次の子の名前とかもう決まってる感じ?見たところもう、そこそこ大きくなってんだろ」


「うん、女の子だって」


「へー女の子かい。バランスええな」


「想定通りの順番です」


「そいで名前決まってんの?」


「うん。千尋(ちひろ)って名前だよ」


「ふぇー千尋か。良い名前だな」


「ありがと」


「命名センス壊滅的だったのにな。昔は」


「しげちゃんと真面目に考えたの!」


実際千夏の命名センスは、

昔は壊滅的な物があった。

時間が経つにつれてどんどんまともにはなっていったが。


「そういえばさ」


「何よ」


「さっき佳苗ちゃんから連絡あってね。久しぶりに帰ってきたから神社に来るってさ」


「お、川口か。元気そうだったか?」


「何にも変わってないって感じだったよー。少し疲れてそうだったけど」


「そうかい。あいつも忙しそうだな」


川口佳苗。

千夏のクラスメイトで、

学校での初めての友達であった人物である。

大学まで卒業した後は、

仕事で忙しい日々を送っているらしい。


「そういや茂光。仕事どうよ」


「まあ…なんとかやってるって感じかな。千夏さんもいるし、子供もできたから俺が頑張らないと」


「まあ体壊さない程度に頑張りやーよ」


「そうするよ」


「そういえば優美ちゃんは相変わらず神社一本なの?」


「基本的にゃね。お前が茂光のとこに行っちゃったから家空けたくないしあんまり」


「相変わらず引きこもってるんですか」


「お前が連れ出すことがなくなったらから以前にまして引きこもってるしな」


「やっぱり私が市中引き回ししないとダメですか」


「やめてください死んでしまいます。外に出る用がないんですよねー」


と、そこまで話したところで、

近づいてくる足音が聞こえた。


「優美ちゃんっ!ちなっち!しげみっち!久しぶり―!」


「おーっす。川口」


裏庭に顔を出したのは川口佳苗その人であった。

活発そうな雰囲気は相変わらずである。


「久しぶりー佳苗ちゃん」


「はーやっぱりここは落ち着くわー。ホームって感じ?」


「いや、ここお前の家じゃないからな?」


「それでもなんかみんないるし、何回も来た場所だからさー。懐かしい感じが」


「最近あんまり佳苗ちゃんここに来てないもんね」


「来たいんです!来たいんだけど忙しかった!やっと時間できたんだよー」


実際数か月の間は

全く姿を見せなかった佳苗であった。


「お、ちなっちの息子ちゃん?こんにちわー!」


「こんにちわー!」


「大きくなったねー前見たときこんなだったのに」


「いやいや佳苗ちゃん。小さすぎるよそれ」


和弘とも面識がある佳苗。

なんだかんだ言って、

高校時代のこの面子はいまだに全員繋がっているのである。


「ん、つか上がってくか?茶くらい出すけど」


「いいんですか!ぜひとも上がりますぞ!」


「そっちの三人はどうする」


「しげちゃーん、どうする?」


「上がろうか?なかなか集まることもないし」


「喉乾いた―」


「って和弘も言ってるし」


「じゃあ優美ちゃん、私たちも」


「へーい。じゃあまあ、どうぞ」


久しぶりに全員が集まる。

当然喋りまくり騒ぎまくりである。

昔から何も変わらぬ仲である。


「というか優美ちゃん。今日泊まってっちゃダメでしょーか!」


「ん、え?どしてさ」


「いやー久しぶりに帰ってきたから実家に泊まろうかなーとか思ってたら今日旅行行ってていないって言われてねー」


「鍵あるだろ」


「一人はさみしいんですよー。お願いっ!なんでもするから」


「ん、今なんでもするって言ったよね?」


「い、言いましたね」


「って、別に何にもしないけどな。いいよ。どうせ部屋余ってるし泊まってけ」


「やったー!」


「つーかもういっそのこと全員泊まってく?」


「私はいいけどしげちゃんは?」


「俺も別に」


「優美ちゃんのお家泊まりたいー!」


「満場一致。問題なしだな」


「気前良いですね優美ちゃん」


「家事の手間が減る」


「うわ、妊婦こき使う気だよこの幼女」


「もう幼女ちゃうし!童顔だけど!いや、別に酷使する気ないけど、もっと料理教えてよ」


「別にいいけどねまあ」


千夏の手によって、

少しくらいは料理等々

家事のスキルが身についた優美である。


「ん、そういや箒外に置きっぱなしだわ。しまってくる」


「ん、いってらー」


「いってくらー」


そう言って外に出ると

もう夕方であった。


「やっぱあいつらが集まると時間が進むのが早い早い」


そう言いながら立てかけてあった箒を掴む。

と、石階段から足音がすることに気付いた。


「ん…こんな時間にも参拝客?」


気になったので見ていると

一人の青年が姿を現した。


「こんにちは」


「こんにちは、…こんばんはかな?」


「ああ、こんばんはかも知れませんね」


優美に話しかける青年。

長身で、

ハンサムな青年である。


「えーっと…優美さん、ですよね」


「え、あ、はい。そうです」


突然名前を呼ばれて困惑する優美。

知り合いだっただろうか。


「久しぶりです。優美さん、いや、優美姉」


「っ!」


いつもそこまで開いていない目が大きく見開かれる。

その名を呼ぶ人間は――


「…覚えて、いませんか?」


青年が少しさみしそうな顔になる。

それに対して驚いた表情のまま固まっている優美。


「そ…その呼び名は…ま、さか」


硬直した優美の頭の中で導き出される一つの答え。


ありえない。


そうとしか思えなかった。


「…翔也、君?」


「…はい、本当に、本当に、久しぶりです、ね。優美姉」


「ほ、本当に、翔也君なの…?」


「はい」


「!」


脳天を貫くような衝撃が優美の体を駆け抜ける。


まさか、そんな。


手にした箒が落ちる。


「ずっと、ずっと待ちました。優美姉に言われたとおり、いろんな出会いを、経験しました」


「…」


「いろんな人とあった。いろんなことを経験した。…それでも、僕の心の中にはいつまでも離れない人がいました」


青年が、成長して青年となった翔也が、

目を閉じ静かに語る。


「その人は僕のあこがれの人でした。優しかった。綺麗だった。そんな彼女を、僕が守ってあげたいって、そう思いました」


目を開いて優美を見つめる。


「あの時から、十年、経ちました。あの時と比べて、いろんなことが変わりました。…それでも、僕の心は変わらなかった。だから…改めてもう一度。もう一度、言わせてください」


スッと息を吸う翔也。

辺りを吹く風の音も、

ざわめく木々も、

止まったかのように感じた。


「優美姉。いや、長原優美さん。あなたが、あなたが好きです。いや、十年間ずっと好きでした。そしてここから先も、ずっと。僕にはやっぱりあなたしか駄目だって、十年経ってそう気づいたんです」


「…うん」


「だから…僕と、僕とっ!」


優美の目を真っ直ぐ見つめ、

十年もの間、

想い続けていた気持ちを、

翔也が言い放った。


「付き合ってください!」


時間にしてみれば数秒。

しかし永遠と思えるような、

そんな時間が経つ。


優美が小さな声で呟いた。


「…なんで…本当に、来ちゃうのかなぁ…全く…」


優美の目から一滴の涙が流れる。

しかし、

その顔は、

今までで見たことの無い全力の笑み。

心の底からの微笑みだった。


「……私の負け、だよ」


静かに優美が翔也へ近づく。

そして、ハッキリと言った。


「私も…好きだよ。これから、よろしくね」


秋の夕闇の中、

一人の男と一人の女を包むように、祝福するように、

静かに虫の音が響いた。


えーどうも、作者でございます。

まずはこの作品をここまで読んでくださりありがとうございます。

本当に感謝の言葉もありません…


最初この話を投稿した際はまさかここまで評価されるとは思っておらず、

評価欄を確認してあまりの嬉しさに狂喜乱舞する日々でした。


そんな話も気づけば99話。

作中の時間も一年が経過し、

区切りがよいということで、

まとめの話である今回の100話を投稿させてもらいました。


初めてまともに長く続いた長編作品と言うことで、

色々と至らぬ点はあったと思いますが、

楽しんでいただければ幸いです。


今回で巫女るの一年を通した話は終了となります。

一応本編としては完結と言った感じになりますが、

ここから先も、

時系列はバラバラになりそうですが、

空白のある時間を埋めていく形で、

まだ続けていく予定でいますので、

この先も楽しんでいただければ幸いです。

それでは。


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