広がる通話網
プルルルル。
「む?電話?珍しい」
家の中に音が鳴り響く。
おそらくこちらに来てから初めての電話の音である。
かけることはたまにあっても、かかってくることは今までなかった。
一時的に作業を中断して優美が電話を取りに向かう。
「はい」
「あ、もしもしー?千夏ー?」
「…いや、違いますけど」
「あ!すいません!間違えましたっ!」
「あ…切れたし」
そこで思い出す。
そういえばこの家は千夏と住んでいたのだと。
「…あ、そりゃ俺以外にもかかってくるわな。バカス」
プルルルル…
2回目である。
表示を見てみると番号も全く一緒である。
「あ、はい」
「あ…すいません!間違えまし…」
「あ、大丈夫です!あってます!あってます!」
「え?」
「これ、家の電話番号なんで…」
「あ…すいません!えっと、千夏さんいらっしゃいますか?あ、千夏さんと同じクラスの谷口千佳って言います!」
「すいませんが今千夏は外出していませんのでまた後程…」
「分かりました…ありがとうございます」
「いえ、ではまた」
ぷつりと電話が途切れる。
「…むう。これは盲点。すっかり忘れてたぞ」
それから数時間後。
千夏が買い物より帰還する。
「なあ、千夏」
「どうしたの」
「携帯欲しくねえか」
「急にどうしたの」
「いやですね。さっき俺が家にいるときにですね」
「うん」
「千佳っていう子から電話が入ったのよ。家に」
「ああうん千佳ちゃんね」
「でさ、お前いなかったらからあとから連絡してくださいつっといたのよ」
「うんうん」
「それで思ったわけですよ。携帯あったらこんなしちめんどくさいことしなくていいんじゃねと」
「今さらですね」
「使う相手いなかったから完全に忘れてた」
「確かに、あったほうがいいかもしれないね」
「よくよく考えると連絡手段もねえしな現状。俺らの間で」
「無いね。確かに」
「ということで買った方がいいんじゃねえかなと」
と、そこで再びかかってくる電話。
電話番号を見てみると数時間前に見たことのある番号である。
要するに千佳であった。
「ん、かかってきたっぽいぞ」
「分かった。でるね」
カチャリと電話に出る千夏。
「ああ、うん、明日?ちょっと待ってね」
保留にして電話から離れる千夏。
「どした?」
「あ、明日の学校の用意が聞きたいって。明日変更あったから」
「なるね」
「んじゃ、ちょっと用意見てくる」
「いてら」
ちなみに、明日の用意は数学Ⅰ、現代文、地理、古典、体育、数学Aであった。
50分授業である。
「そう言えば、いまさらながらに体育お前大丈夫なのか」
「大丈夫とは?」
「女子とやってんだろ。まさかこの体で男子とやってるわけではあるまいて」
「うん、そうだけど」
「着替えとかも一緒じゃねえのか?」
「一緒だけど」
「なんとも思わんのか」
「さすがに初日は色々戸惑ったけどだいぶ慣れたかな」
「相変わらず慣れるの早いなおい」
「まあ自分の毎日見てますしね」
「でも自分のと他の人じゃちがくね?」
「その点は優美ちゃんのたまに見てるから問題ない」
「いやでも自分で言ってて泣けてくるけど俺みたいなロリ体系とリアルJKの体じゃだいぶ違うと思うのだが」
「優美ちゃんみたいなのもいるよ?」
「それ以外は?」
「非常に発育が良いですが」
「それ見てもなんとも思わぬのか」
「髪が短いのはちょっと」
「みんなショートってことはあるまいて」
「ロングの人を視界にとらえるとまあ恥ずかしくはあるけど」
「やっぱ慣れた感じか」
「そうですね」
それから数日。
お近くの携帯ショップにやってきた二人。
「率先して外に出るなんて珍しいね」
「さすがに俺も使うなら自分で選ばざる得ないしな」
並んで歩いている美少女と美幼女。
はたから見ればぱっと見姉妹のようにも見えるのかもしれない。
まあどちらにせよ人目を引くのは確かなのであるが。
「ぐむむ…どんだけ種類あるんだよ。さっぱりなんだが」
「会社ぐらいはわかるでしょ?」
「有名どころはな。でも細けえこたあしらん」
「別に目についたやつでいいような気もしなくもないけど」
「確かになあ…別にお前もこだわりねえだろ?」
「とくには」
「だよなあ…どれがいいんだべか」
うろうろしながらあーでもないこーでもないとやる二人。
「というか別にスマホである必要性はあるか?」
「いや別に無い気がする。ほとんど使わないしね」
「だよねぇ…いっそガラケーもありだな」
「というか別にそれでもいいと思うの」
「普通に電話できる以上の機能いらねえもんな」
「うん」
「まあメールとかは普通にガラケーでもできるしな」
結局二人が買うことに決めたのはガラケーであった。
元より二人とも携帯いじるよりPCをいじりたい人間であったので、
電話さえつながればわりとどうでもよかったりする。
「むう、買っちまった」
「まあよいではないですか」
「まあ買う予定だったしいいんだけどね」
こんな感じで話しているだけでも遠目から見られていたりするのだが、
気づいていない二人である。
「初期設定うんぬんのやりかたしらねえな。そういや」
「私も知らない。というかガラケーの方は本当によく分からない」
「まあ俺も大して分からないけど。電話とメールと写真と…まあ一通りは触れるけど全部使いこなすとか無理」
「私は電話と…撮るだけならカメラは使えるかな。撮った写真はメニュー画面の開き方分からないから無理ですね」
「え、嘘。メニュー開けんのか」
「本当にまともに触れないんだってば」
「だいたいのガラケーって十字ボタンの中央押せばメニューでるんじゃねえのか」
「そうなの?知らなかった」
「うわお。こりゃマジもんですわ」
そう言って家に帰って初期にしておくべき設定を色々いじる二人組。
なお、優美はわざわざ巫女服に着替えなおしている。
本人いわく最近は普通の洋服着てるより落ち着くだとかなんとか。
「メルアドとか教えてもらったか?」
「いや。教えてくれた子はいたけど私使えないっていってあるから」
「そうか」
「電話番号はメモしておいたけどね」
「まあそれしか使えなかったしな」
「こっちでつながるの、家の固定電話しかなかったもんね」
「家の電話だって伝えとけよ。最初間違い電話したと思ったみたいだぞ。相手」
「あ、伝え忘れてた」
「おいおい」
「ところで、これ何設定すればいいんですか」
「取説ないですかね」
「あるの?」
「あるだろ?」
「ないけど。いや一応あるけどなんかすごい薄っぺらい」
「…確かに。え、じゃあどこにあるんすかね」
「分かりかねます」
結局最初の段階で躓く二人。
最終的にPCを持ち出して検索をふっかける。
あってよかったと痛感する瞬間である。
「えーと…なんか携帯本体にそういうのに該当する物体が入ってるっぽい」
「えーどれでしょうか」
「ちょいと貸して。…これか?あ、ちげえ」
それから数分後である。
「あ、これだわ。やっと見つけた」
いかに携帯の機能をしっかり使っていなかったか分かる瞬間である。
使う必要があんまりなかったのだからしかたない。
「あーやっと進めるわ」
「どれくらいかかるの。初期設定」
「さあな。とりあえず使える段階にはしておきたいが」
そのままポチポチと携帯を触る優美。
千夏は既に優美に操作をゆだねてみているだけになっている。
「むう…相も変わらずこの携帯のボタンっちゅーのは使いにくくてしゃあない」
「絶対キーボード型のほうが使いやすいよね」
「そう思うんだがな。世の人間はそうじゃない人間のが多いらしい」
「ほんとね」
「スマホ触ってた時とかキーボード型にしてるだけでわりと驚かれたという」
「私たち的には携帯型を使ってる方が驚きだけど」
「全くだ」
その後かなり長い時間をかけて設定を終了する二人であった。
これならここに来る前から使ってたスマホの方がましだったかもしれないと思う次第であった。
「で、まあ学校から帰るとき寄り道してくるなら電話してくれ。たまにお前遅くて怖いことあったから」
「心配性ですね」
「学校までの道中で攫われてないかなという心配がですね」
「注意はしてるよ」
「でも怖いのでしてください」
「分かった。でも優美ちゃんこそ気を付けてよ」
「何をさ」
「帰ったらいませんでしたとかやめてよ」
「さすがにないだろうて」
「でも優美ちゃんくらいならこうサッと連れてけそうだし」
「まあ、小さいですからな」
「だから気を付けるのです」
「…護身用に帯刀しとこうかなぁ」
「たぶん意味ないと思う。というか余計注目浴びそう」
「ごもっともですな。んじゃま、気を付けていってこいよ」
「いってきまーす」
「いってら」
が、その日の帰りの時間になってもかかってくる様子のない電話である。
「むう、忘れてるのかあいつ」
そう思ってこちらからかけてやるかと携帯を開く優美。
が、アドレス帳を開くとなにも登録されていない。
「…あ、アドレス登録しとくの忘れてた。使えねえじゃん。アホス」