表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋月のせい。

作者: もろ

お疲れ様でした、と上司に声を掛けて、職場にまた明日。


今日は帰り道が少し楽しみだ。


いつもなら、一人で歩く夜道に、深まる秋の冷た過ぎる夜風に、肩を震わせるのだけれど。


軽い足取りで駅へ向かう。


ふと足元を見ると、仕事用のシンプルなパンプスが、踵を鳴らしている。


就職が決まったお祝いに、と自分で買った。


それなりに良いものだったが、そろそろ買い替えようか。


大分縒れてしまっている。


そんなことを考えて足早に進めば、直ぐにロータリーが見えてきた。


嬉しくなって口角が上がりそうになった。


人影を捜す。


大好きな、彼の。


「よっ」


「わっ」


改札口へ昇る階段の下できょろきょろしていたら、その人が後ろから首に腕を回してきた。


驚いたのも束の間。


もう夜も更ける時間なので、人気は少ないけれど、外でそういうのは止めて、って言ってるのに。


むすりとして振り返った。


「止めてってば」


「悪い悪い、まあ良いじゃん、久しぶりなんだし」


まるで謝る気も無さそうな言い方。


もう一度頬を膨らませる。


でも_。


「ねっ、帰ろ」


そんな、私の心も体も、全てを包み込むような笑顔を向けられたら_。


「あはっ、真っ赤」


「うるさい」


許してしまいたくなるんだ。


こうやっていつも彼の思うままに丸め込まれちゃって。


ほんとは、ちょっぴり悔しい。


だから、たまには_。


「家、帰ったら」


そんなことを、背伸びして、彼の耳元で囁いて。


赤く染まる彼の耳と頬に満足して。


先に階段に足を掛ける。


置いてきた彼のことを気にもせずに。


「そんなこと言って、後悔しても知らないぞ」


彼なら直ぐ追い付いて、反撃してくるだろうと分かっていたから。


「しないよ」


久しぶりに、二人の仕事終わりの時間が被った。


しかも明日は休日。


そんな事、滅多にない金曜日。


だから、今日はお泊まり。


たまには_。


「甘えさせてね」


言った後から恥ずかしくなって、ふいと彼から目を逸らす。


長い階段もそろそろお仕舞いだ。


月のよく映える、透き通った夜空が見えてきた。


と、手の甲に、温かな感触。


彼の左手だ。


それはするりと、私の右手の掌を這う。


それから、私の指と指の間に、細く、長いそれを、滑り込ませた。


まるで舐めるような仕草だった。


ただ、手を繋いだだけなのに、たった一秒、若しくはそれ以下の時間での出来事だったのに、やけに心臓がうるさい。


この男、最近色っぽさを身に付け始めたようだ。


全く、厄介な。


「ちょっとどきどきした?」


こっちの気も知らないで、そんな事を聞いてくる。


そんなやつには、やっぱり。


「さあね」


さっきのことは忘れてもらって、ちょっと素直じゃない私で対応。


本当は凄くどきどきしたことも、今日のこの時間を凄く楽しみにしていたことも、内緒。


けれどあんまりにも月が綺麗だから、後で教えてあげようかな。


家、帰ったら。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 甘く幸せな様子が伝わってきました。 互いが互いの言動に照れたり、しかけ合ったりが可愛いらしかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ