秋月のせい。
お疲れ様でした、と上司に声を掛けて、職場にまた明日。
今日は帰り道が少し楽しみだ。
いつもなら、一人で歩く夜道に、深まる秋の冷た過ぎる夜風に、肩を震わせるのだけれど。
軽い足取りで駅へ向かう。
ふと足元を見ると、仕事用のシンプルなパンプスが、踵を鳴らしている。
就職が決まったお祝いに、と自分で買った。
それなりに良いものだったが、そろそろ買い替えようか。
大分縒れてしまっている。
そんなことを考えて足早に進めば、直ぐにロータリーが見えてきた。
嬉しくなって口角が上がりそうになった。
人影を捜す。
大好きな、彼の。
「よっ」
「わっ」
改札口へ昇る階段の下できょろきょろしていたら、その人が後ろから首に腕を回してきた。
驚いたのも束の間。
もう夜も更ける時間なので、人気は少ないけれど、外でそういうのは止めて、って言ってるのに。
むすりとして振り返った。
「止めてってば」
「悪い悪い、まあ良いじゃん、久しぶりなんだし」
まるで謝る気も無さそうな言い方。
もう一度頬を膨らませる。
でも_。
「ねっ、帰ろ」
そんな、私の心も体も、全てを包み込むような笑顔を向けられたら_。
「あはっ、真っ赤」
「うるさい」
許してしまいたくなるんだ。
こうやっていつも彼の思うままに丸め込まれちゃって。
ほんとは、ちょっぴり悔しい。
だから、たまには_。
「家、帰ったら」
そんなことを、背伸びして、彼の耳元で囁いて。
赤く染まる彼の耳と頬に満足して。
先に階段に足を掛ける。
置いてきた彼のことを気にもせずに。
「そんなこと言って、後悔しても知らないぞ」
彼なら直ぐ追い付いて、反撃してくるだろうと分かっていたから。
「しないよ」
久しぶりに、二人の仕事終わりの時間が被った。
しかも明日は休日。
そんな事、滅多にない金曜日。
だから、今日はお泊まり。
たまには_。
「甘えさせてね」
言った後から恥ずかしくなって、ふいと彼から目を逸らす。
長い階段もそろそろお仕舞いだ。
月のよく映える、透き通った夜空が見えてきた。
と、手の甲に、温かな感触。
彼の左手だ。
それはするりと、私の右手の掌を這う。
それから、私の指と指の間に、細く、長いそれを、滑り込ませた。
まるで舐めるような仕草だった。
ただ、手を繋いだだけなのに、たった一秒、若しくはそれ以下の時間での出来事だったのに、やけに心臓がうるさい。
この男、最近色っぽさを身に付け始めたようだ。
全く、厄介な。
「ちょっとどきどきした?」
こっちの気も知らないで、そんな事を聞いてくる。
そんなやつには、やっぱり。
「さあね」
さっきのことは忘れてもらって、ちょっと素直じゃない私で対応。
本当は凄くどきどきしたことも、今日のこの時間を凄く楽しみにしていたことも、内緒。
けれどあんまりにも月が綺麗だから、後で教えてあげようかな。
家、帰ったら。