転機とは突然やって来るものであります。
何度も奏人は溜め息を吐いていたが、そんなことをしても一向に現状が変わらないことは目に見えていた。
はあああぁぁぁあああ…………
一段と大きい溜め息を吐いた後、手近な雑誌をパラパラと捲った。
(……もうそろそろで、旅費が貯まってる筈だったのにな……)
奏人は今、大学内にある図書館に居た。奏人が受けている講義は既に終わったが、友人たちはまだ講義を受けているので暇だった。時間はあるが、お金はない……と言うような状況なので暇潰しに図書館へ居た。
つい癖で観光業界の雑誌が置かれているコーナーの一角に足を向けてしまったのがいけなかった。
写真付きで綺麗に様々な観光地が紹介されているのを見て、旅に出たいという欲望が湧き上がってくるのを感じた。幼い頃から放浪癖と言うか、自分の知らない未知の場所にいってみたいという願望が強く、自転車が漕げれる年齢になってからは学校から帰ると宿題をほっぽり出して街を駆け回ることもざらだった。
幾度となく溜め息を吐いていると、突然肩を叩かれた。慌てて振り向くと、幼馴染みの仁川 瑞樹が居た。
「お~瑞樹。講義は終わったのか?」
「うん。……いやー、結構長引いて……大変だったよ」
「……お前が受けてた教授って、水瀬だろ?あの教授って話し出すとなげーよな~」
「う、うん。……って言うか、呼び捨ては……」
「良いじゃん、別に。そうかてぇコト言わずにさぁ」
「で、でもやっぱり……」
瑞樹の律儀さは健在だ。
「それより、どうしたの……?溜め息なんかついて……あっ!奏人のお母さん……手術、無事に済んだんだよね……?」
「あぁ、お陰様で無事終了。今は通院してるから、心配しなくて大丈夫」
「良かったー……っ」
と、極上のスマイルを奏人に向けた。
そう言えば高校生の頃も男女問わず人気があったことを思い出した。
(たぶん人徳なんだろうな……)と心の中で呟く。
……しかし、小学生の頃は散々だった。利発的で成績優秀なのは変わらないが、今程昔はあまり前に出ようとはしなかった。良く言えば控え目。悪く言えば気の弱い、引っ込み思案だった。教師からの評価が高かった分、所謂ガキ大将と呼ばれるような気の強い同級生からは度々からかいの対象にされていた。
学年が上がるにつれて、そうあらかさまにからかわれる機会も減った。それには瑞樹自身が変わった事が大きいだろう。高校生の時にプレゼンテーションで何らかの賞を貰った事がきっかけとなり、そこから少しずつではあるが、前に出るようになった。
「あ、そうだ。これ、奏人が休んでいた分のノートのコピー。取り敢えず、同じ講座のはコピーしといたから」
「サンキュー、助かる」と、言って差し出された紙の束を受け取った。
相変わらず、瑞樹は面倒見が良い。実際、瑞樹にこうして助けて貰う事が多々あった。
奏人と瑞樹は幼馴染みであり、そして奏人にとっては恩人のような存在だと言っても過言ではない。瑞樹が高校3年生の頃に付きっ切りで受験勉強を手伝って貰わなければ、恐らく奏人はここにはいなかっただろう。高校の試験も苦手科目だった現代社会の赤点も瑞樹との勉強の甲斐あって免れていた。そのお陰で瑞樹に対する両親の信頼は絶大なものだった。夕食に呼ぶと両親とも息子である奏人をそっちのけで瑞樹と話していた覚えがある。
(……まあ、瑞樹が苦労人なのもあるけど……)