表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

雪舞う街に 2

もう主人公が誰なのかわからない展開…

今回は、大人な会話と言いますか、場面一つのやり取りです。

どうぞご覧下さい。

「がーっはっはっはっぁ!そりゃ好司らしいな!」

夜も更け、より一層賑わう吉原の飲み屋の片隅から豪快な笑い声が響いてきた。


「笑い事じゃねーよ。遠藤さん…あいつはホントに無鉄砲でいけねぇ…」

棟方は飲み屋の長机で大きい背中の男と肩を並べて熱い燗を飲み交わしている。



遠藤功。

棟方たち吉原警護部隊が籍を置く大江戸警察部隊の本部総隊長である。

大江戸の警護はもちろんのこと政府を取り仕切る重鎮たちの護衛、暴動への対戦…と大江戸を守護する任務を持つ警察部隊を、持ち前の器量の良さと頼れる部下の力によってまとめ上げている。


棟方も立ち上げより共に行動し遠藤の右腕として働いてきた。遠藤が徳利を傾けながら優しい視線になる。


「お前にここを任せてもう一年近くになるか…街の巡察と、遊びに来るお偉いさん方の護衛。そして若い衆の育成…これらを取り仕切れるのはお前しかいねぇ…そう信じて本部隊を離れてもらったが。ほんとによくやってくれてるぜ」

棟方も注がれた酒を見つめながら少しだけ思い詰めた表情になった。

本部を空けてまで、こんなところに来て一体何を言いたいのか。

棟方は正直、遠藤の真意が理解できないでいた。



「どうだい?そろそろ帰ってこねーか!?」

「…は?」

相変わらず優しい表情を崩さず、突然に核心を突いてきた遠藤に、棟方は直に喜べばいいのか判断がつかない。

おかしな返事しか出てこなかった。


「…あいつらは?」


棟方は酒を一気に飲み干す。


「…まだまだ、若い衆にはここで揉まれてもらわなきゃな。俺が欲しいのは本部副隊長だけだ」

遠藤は空になった猪口の中を見ながら呟くように言った。


「待ってくれよ、あいつらは使えるやつらだぜ。同じ御旗掲げて俺らのもとでやってるんだ…俺だけって訳には…コージのバカはどうするんだ?あいつがあんたを慕ってしょうがねぇこと解ってんだろ?」

棟方にとっては思ってもいない好機。

しかし、何故だか一つ返事ができない。


「…俺は本気だ。お前に帰ってきて貰い、本部隊員たちの士気を上げて貰いたいんだ」

そこには先ほどまでの優しい顔はなかった。

隊長としての、むしろ厳しい表情になっている遠藤に棟方は何も言えなくなる。


「遠藤さん…」

「ま、この一件が解決するまでに考えといてくれや」

遠藤の表情が柔らかいものに戻った。

遠藤にだって迷いはある。

後は、棟方の判断に任せるだけ。

棟方を困らせると判っていて切り出すのは遠藤には辛かった。


現に棟方の表情が固まったままになっている。


「…で、この一件って?」

棟方は、話を整理しようと手前の話題を持ち出した。


「実はな…最近大江戸で殺しが続いててな。殺しというかだな」

人の仕業で片づけられない、奇怪な一件に、遠藤はなんと言えばいいのかと言葉を探す。


「まあ氷漬け?みたいのがいくつも見つかってだな…それも、幕府の要人を狙ってだ。…その状況から…妖怪の仕業じゃないかと。我々が夜張っていたらうちの隊士が見つけちまったんだ…女が瞳を光らせた瞬間に男が氷漬けになったところを!!『雪女』って知ってるか?」

遠藤が二人の空になった猪口に酒を注ぐ。


「ああ、聴いたことは…」

棟方は自分の全身に鳥肌がたち、顔がひきつるのがわかった。

だがなるべく顔に出さないように悪寒を飲み込む。

そういう話はあまり好きではないのだ。


「あと一歩だったんだがな…取り逃がしちまったよ…そのまま姿をくらましている。もしかしたら、自分のいるべき場所に帰ったのかもしれないがな…」

悔しげな表情は浮かぶものの、なぜか遠藤の顔はスッキリとしていた。

遠藤の矛盾に棟方は気づきその顔を見つめる。


「口実…だろうな…お前らに会いたくなっちまってさ…」

遠藤が寂しげな表情になって呟いた。


「…遠藤さん、酔ってるな…まだまだ付き合ってもらうぜ。ここはガキと女とヘタレしかいねぇんだ。一人で飲む酒はしんみりとしちまいやがるからな!ほら!」

棟方は遠藤の飲みかけの酒を飲み干すように促し、空になると、すぐに注いだ。

棟方の気の使い方に遠藤の気持ちが少しだけ楽になる。


「ま、雪女もすぐに捕まるってもんだ!うちの参謀がアレに連絡しちまったからな…」


「アレ?ってまさか…」

「そう、泣く子も黙る、妖怪警察『天狗党』。やつらは単独でもすごい妖力を使いこなし、俺らどころか妖怪もその強さには叶わないときた。俺らは妖怪と人間の秩序ってやつを保とうとその天狗たちと手を組んだのさ」


その時、飲み屋のドアが勢いよく開いた。


「遠藤さ〜ん?」

入口からは外の気温の低さを感じさせる寒い空気が入り込んでくる。

と同時に若い男の声が二人の元に届いた。


「おっ!!好司か!!」

声のした方を見ると、そこには巡回中のはずの沖好司が、入り口の扉を開け、中を覗き込む姿があった。

久しぶりに遠藤がやって来たとイチから聞き探し歩いたようだ。

遠藤も懐かしい顔にまた会えた喜びをこれでもかというほど顔に出す。


「お前…巡察は!?」

棟方が、寒さで鼻を真っ赤にしながらもにこにこ顔を遠藤にむける好司を睨み付ける。


「巡察がてらですよ。棟方さんが女の方に声をかけながら歩いてるのと同じでしょ?」

「どこが一緒だ!早く戻りやがれっ!」

「…」

好司は棟方を無視すると、何かをずるずると引きずりながらその後ろを通り過ぎ、二人の間にどかっと座り込んだ。

そして、遠藤に向かって満面の笑みを浮かべた。


「お久しぶりです!!お元気でしたか?」

まるで棟方を排除し、二人きりの世界にいるような感覚の好司は、親しみを込めた眼差しを懸命に遠藤へと向けている。


「元気すぎて遊びに来ちまったぜ!!」

遠藤もそれに応えるように、好司に笑いかけた。


「うっ…」

ガツッ!

三人の座る椅子の後ろで何かが動いたが、好司が刀の鞘で勢いよくつつくと大人しくなる。


「おい…」

何度か繰り返されるやり取りに蚊帳の外にいた棟方がついに口を開いた。

「て、好司…?」

遠藤が続いて好司の引きずってきた物体を指差す。


「これなに?」

「なに、持ってきてんだ?」

二人は同時に訊ねた。


「あ〜、天狗です」

好司は笑顔を崩さずさらっとした声で遠藤に向かって告げる。


沈黙。


「…えっ?」

「怪しく飛んでいたので、声をかけたら、言うことがムカついたので…やっちゃいました!」

とんでもないことを、揚々と語る好司。

遠藤の顔がまるで目の前に悪魔が居るかのような恐怖に染まり引きつった。


「何てこった…こんなにしちまって…頭にでかいたんこぶ出来てるじゃないか…」

やっと遠藤が目を細めて実物をじっくり見る。


「いや、これは元々ありましたよ。誰かが先にやったのでは?それに僕は顔は避けるタイプですから…」


遠藤は好司の力の確かさに喜んでいいのか、とんでもないことをしでかしたことを怒ればいいのか困惑していた。

だが、棟方は逆に少しだけ口許を緩める。


そして、遠藤に告げた。


「なぁ…遠藤さん。さっきの話、オレ、承けるわ」

遠藤の表情が変わり棟方へと視線が移る。


「あ?あぁ…」

だが、遠藤は好司のこの無謀っぷりをいつも見ている棟方の本心がわからず、どんな顔を向ければいいのかさらに戸惑った。

そんな遠藤の困惑に気づきながらも棟方は言葉を続ける。


「オレはもうこんなバカなガキどものお守りはうんざりだ。おいコージ、俺は本部へ帰らせてもらうぜ」


「え?」

その台詞を聞いた瞬間に好司の瞳が疑惑で揺れる。

だが意味を察したのかすぐに棟方へ怒りを表す顔へと変わった。


「どー言うことです?」

棟方と好司は立ち上がり向かい合うと、お互いを睨み付ける。


「そー言うことだよ。オレはオレの道を行くことに決めた。テメーらの尻拭いはもう仕舞いだ。もちろん戻るのは俺一人だ」

「なんだと!!」

好司が自分より頭一個分高い棟方の胸ぐらを掴んだ。

棟方は抵抗する様子もなく、ただ、好司を見下ろしている。

その瞳からは棟方の揺らぎない意志が覗いていた。


「おいおい。止めんか二人とも」

たまらず遠藤が間に入るが、二人の視線はお互いの瞳の中を鋭く見据えている。


「『雪女』の件、解決したらオレは出ていく。これからは好司、お前がここの隊長だ」

「え?」

好司の手の力が緩んだ。

棟方は動けなくなった好司の手を掴んで放し、襟を直すと、懐からいくらか銭を出し机に置くとそのまま遠藤と好司に背を向ける。


「ちょっと、シケ込んでくるわ。好司、遠藤さん頼んだ」

棟方はゆっくりと店の戸口へ歩いて行くと、何も言わずに出て行ってしまった。


「何なんだあいつ!!」

好司が怒りを抑えられず、足元に転がる物体を蹴り飛ばす。


「好司、それ、天狗」

遠藤はすでに椅子に腰かけ落ち着いた調子で好司に突っ込みを入れた。


「あの人は、簡単に立場を放棄しましたね!!ここはヘタレの王国ですか!!」

怒りの矛先がなくなり、やり場のないイライラだけが好司に残る。


「あいつらしいや」

遠藤が酒を注ぎ直しにやにや笑いながら猪口に口をつけた。

「…え?なにか言いましたか?」

遠藤の様子に好司も落ち着きを取り戻し始める。


「いいや、それよりさっきからヘタレ、ヘタレと誰のことだ?」

好司はへの字に結んだ口を緩め、少しだけ楽しそうに口を開いた。


「面白い男がいるんですよ」




「へーっくしゅん!!う~ん…さすがにこの時期は冷え込むなぁ…早く帰るとするか」

行灯の灯りを頼りに一人吉原の街を歩く村咲は行きつけの飲み処『呑』からの帰路についていた。

あれから、カナは先に帰宅し、村咲はひとり怪しい輩が居ないか警護隊とは違う巡回をし、『呑』にて一杯ひっかけていたのだ。


「…早く帰る…か」

なんだか『帰る』という言葉に違和感を感じ一人下を向いてニヤついてしまう。

そんな言葉いったいいつ振りだろうかと少しだけ心の中がむずがゆくなった。


「帰る場所があるってのも悪かないな」

夜中なのにまだ開いている団子屋に立ち寄る。

そして、まるで酔っぱらって帰る父親のように団子の入った包みをぶら下げ、村咲は白い息に霞がかる街の中へ消えていった。


お酒の席でのやり取りに彼らの心情をどうやって伝えようか…

難しいです。

なんとなく酌んでいただければ幸いです。

今後の展開に主人公はちゃんと絡んでくるのでしょうか?

次回は新たな展開と登場人物が!

お読みいただきまして、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ