謎の女は主役に近づくモノ
やっと落ち着いてきたかな?第三話。村咲と飲んでいた少女は?
「あとは頼んだぞ。神社の方を回ってくる」
そう言うと、イチは番屋から出ていく。
「サンキューいっちゃん」
村咲は手をヒラヒラ振りながらイチの背中を笑顔で見送った。
そして、コージの方を向き直る。
「残念ですが、この顔は見たことないですね…」
コージが座敷に敷かれた布団で眠る少女の顔を覗きながら首を振った。
「そうか、どこぞの使いっぱしりかと思ったんだがな…迷子ちゃんね…」
「どこから迷い込んだのか」
この陸の孤島吉原と一番街は『吉原大橋』と言う一本の橋で繋がっている。
橋を渡りきると大門があり、そこを抜けたすぐ脇に入所を管理する番屋がある。番屋には吉原の内部を警護する『大江戸警察部隊』の管轄である吉原部隊がつめている。
怪しい輩はまず、大門から堂々と入ることは難しいのだが、人ごみに混じりたまに入り込むものも居る。
そのため、朝、昼、晩と巡回を行っていた。
まだまだ、吉原の地の治安は安定していないのが現状だ。
巡察班の一班班長、沖好司は隊員の中では若く、吉原の地で暮らす子どもたちとも仲が良いことで有名である。
「さて、どうしましょうか?」
「困ったものだな、コージロー君」
村咲は番屋の玄関に置かれた長椅子に腰掛けながら煙管に火を着ける。
「…コージですけど。このままにしとく気ですね。ここは託児所ではありませんよ」
煙を手で払いながらもコージは笑顔で話す。
「まあ、そう言わずに。コージロー君」
村咲は煙管を噴かしながら立ち上がり、笑い声を残しながら番屋の玄関を出ていってしまった。
「ちょっと村咲さん!?…コージですから!!…って、勝手な人だなぁ」
コージは余計な仕事を増やされ、棟方にどやされることに面倒を感じながら、少女へ向きを変える。
「あれ?」
一瞬前までそこにあった寝顔はすでになく、布団はしっかり畳まれ置かれている。
コージは狐につままれたかのように呆然となるしかなかった。
「まあ、なんとかなるだろうな。すまないな。コージロー」
面倒を押し付けて申し訳ない気持ちはあったが、子どもなど連れて歩くわけにはいかず、置き去りにしてきた。
そして懐に手を入れるとしまってあった巾着袋に手が当たる。
「…これも探さなきゃだよな…」
昨晩は一体誰と飲んでいたのか…。
確かに女性と言うには若く、少女と言うには大人びた女と居たことは記憶にある。
巾着から一粒ガラス玉を取り出し日の光に透かしてみる。
「団子!?」
中に見えるのは団子のようだ。
「ん〜」
村咲は躊躇なくそれを口に運ぶ。
カラカラと音をたて口の中で転がるガラス玉。
「美味いか?」
「美味かないな…」
「ぬしは、阿呆じゃな…」
「んなことはないさ…」
「どうやったらガラス玉があめ玉に見えるのじゃ」
「ん?」
いつのまにか村咲にならんで歩く少女がいた。
「昨晩は世話になったな!」
「あ、君だ!!」
つり目に眉上で揃った前髪。横に束ねられ、頭の上に乗っかるおだんご。膝上で短くカットされ、ヒラヒラしている着物。
こんな個性的でかわいい子を忘れるなんて、ダメな人間だな。
村咲は肩を落とす。
もしかしたら、彼女と接触があり、ヘタレ発動により記憶が飛んだのか…?
考える間もなく、それは後者であったと少女の口から告げられた。
「しかし、こんな色男がおなごの色仕掛けに気を失うとは…な」
手を腰に当てやれやれといった表情をする。
見た目派手なくせにやけに落ち着いている。
そう、『呑』での会話もそんな感じだったから、この風貌が思い出せなかったのだ。
「…一体俺に何をしたんだ!?」
目を丸くし少女を見下ろす村咲の言動に、少女は一瞬眉が上がったが、ゆっくりと口を開いた。
「覚えてないとは…」
「何した!?」
「哀しいのぉ…哀しい」
女はうつむき瞳を潤ませる。
慌てて村咲はその女の顔の高さに目線を下げ、顔を覗き込む。
「まさか、俺が何かしたか!?」
女は驚き目を見開いた。
村咲の様子は明らかに変だ。
「なんという男じゃー!」とうとうその場でしゃがみこみ顔を伏せ泣き出してしまった。
「ちょちょちょっ!!え?」道の真ん中で大声をあげて泣き出す女に村咲はあたふたするだけで、なす術がない。
しかも店を開けようと吉原の女たちが軒先に出始める時間。
道の真ん中で起こっているその光景に視線が集まる。
その女たちから声がかかった。
「村咲さま、何かあったのかい!?」
「村さま!まさか朝帰りですか?」
「私なら何されても許しちゃう!」
「朝から村咲さまにお会いできるなんて!!」
気づけば村咲の周りにはわらわらと女たちが集まってきていた。
そのどの瞳もキラキラ輝いている。
「おう、今度な!!」
女たちに手を振り、しゃがみこむ女の襟首をつかんで引き上げた。
「ぬっ!!」
「行くぞ、ったく…」
嘘泣きの女を立ち上がらせると困った顔の中に優しい表情を浮かべる。
少女から手を離すとすたすたと歩き出した。
だがその背中からは付いてこいという感情が伝わってくる。
「待つのじゃぁ」
騙した者に情けをかけるのか、それとも罠か?疑いながらも女はスカートを揺らして村咲の後を付いていく。
吉原には昨晩着いた。やけに街全体が明るくて、そこへ足を踏み入れてしまうと現実の世界へは戻れない気がした。
それでもいい、いや、それがいい。
きらびやかな夢の中へ一歩、また一歩と入り込む。
街を歩くと昼間の商店街と何ら変わりはない。
ただそこには女たちの笑顔が当たり前のように存在している。
ふと、いい香りが横を通りすぎた。
真っ青な生地に大きな牡丹が描かれた綺麗な着物を羽織のように肩に掛け、煙管を燻らせる。
その男から目が離せなくなった。
女の一人や二人、隣に並べて歩いていてもいいような色男が、声を掛けられても女たちには触れることがなかった。
男として疑ったが、そんなことどうでもよかった。
気が付くとその男の優雅な背中をゆっくりと追っていたのだ。
「何か用かい?」
突然、長い髪が揺れ、その男が振り向いた。
その瞳はこの夢の中に呑まれることなく、眩しい光の中でただひたすら何かを探し求める鋭いものだった気がする。
「で、なにか用かい?」
だが、いま目の前にいる男はふわふわしていて、つかみどころがない。
まるで、肩の荷が下りている。そんな様子だ。
「同じ台詞じゃ」
「そうだったかもな…いや、夜は俺に用があるのかと…君は吉原に用があるんだろう?」
「人に狙われるようなことをしておるのか?」
「…いや、人というか…」
そこまで言うと、村咲は足を止めた。
風に村咲の前髪がなびく。
「村咲シオンと申します。夜は妖怪退治屋やってます。妖怪でお困りのことがあればご相談ください!」
いわゆる営業スマイルが飛んできた。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫〜」
女は眉間にシワを寄せながらも、その優しい笑顔に見惚れてしまいそうだったのを首を振って顔を冷やした。
「そんなわけでだ、昼間は暇だから君に付き合うよ。これ、君のだろ?名前は?」
村咲は微笑みながら、巾着を女の前にぶら下げた。
女は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、その巾着を受け取った。
「カナじゃ。夜も言ったと思うが、お主の世話をさせてくれ」
「は?」
今度は村咲の顔が歪んだ。
続けてカナはこう告げた。
「お主の望むものをやろう!!」
カナが、村咲の腕に手を絡め一物含んだような笑顔で村咲を覗き込む。
「…?」
村咲は一瞬身震いしたかと思うと、カナの手から勢いよく離れる。
「僕に触らないでおくれ〜」
そう言いながら吉原の大通りをカナを残し全速力で走り去っていった。
「なんじゃ…あいつは?」
カナは大通りの真ん中で一人ポツンと取り残される。
「面白い。追いかけっこじゃな!」
カナはニタッと笑うと、村咲の消えた方角に向かって駆け出した。
二人の少女。ヘタレ村咲逃げ切れるのか?次回は登場人物もっと増える!?…予定!




