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ヘタレるイケメン

早々に…(笑)

これで、だいぶこの世界がわかるようにしました。

「すまない…妖には興味ない」

長い髪を揺らし、その長身の男は女に背を向け歩き出す。

あとに残された女の目はさらにつり上がり、男を睨み付けた。

鋭い爪がその背後に迫る。

ズブリ。

女の姿をした美しい狐の妖は男の背中にその腕を突き刺した。

そしてその手は腹の辺りから飛び出る。

男はあまりに突然起こる自分の死に構える余裕もなく地面に落ちた。

不思議と痛みは感じない。だが、何か大切なものが失われた気がしたまま、意識は深く沈んでいった。



「村咲様!起きてください。朝になってしまいましたよ」

「ん〜、あれ?何でこんなとこに…」

飲み処『呑』の暖簾を両手に持ちながら女将が机にうつ伏せて眠る村咲に声をかけた。


「夢か…また、懐かしい夢だったな…」

村咲は腹を触るが血は出ていない。

やはり夢、村咲はとりあえず安心した。

手に徳利を捕まえたまま顔をあげる村咲は昨夜のおぼつかない記憶を辿る。

どうやら深酒をしたようだ。


コロンコロコロ


「ん?」

ムラサキの着物の袖口から何か小さな丸い物が転がり落ちた。

そんなものいつの間に仕舞い込んだのか、飲んでいたときに拾ったのだろうか?

記憶がいつもより曖昧なことを不思議に思いながら、その小さな玉の転がる先を見つめる。


確か若い女と飲んでいた気がするのだが、その女のものだったか?

その女はどうしたのか?


「まあ…、いっか」

一つ、首をかしげると椅子から立ち上がり、腕を上げ背伸びをした。

「あだだだだっだっ」

その袖からは数えきれないほどの小さな玉が、まるで滝のように村咲の頭になだれ落ちてきたのだ。

村咲の長い髪をキラキラと光を湛えながら滑り落ちていく。

「イテーなぁ!!なんだこりゃ」

その一粒を拾い上げよく見ればそれは、ガラス玉。中には何かを型どったさらに小さい人形が入っていた。

「ちょっと村咲様!何してるんですか!」

店の前を掃いていた女将が中へ戻り床に散らばったガラス玉を見るなり慌てて叫ぶ。


「わりぃ、すぐ片すよ」

女将に柔らかい笑顔を投げ掛けると床に屈んで一つ一つを拾い始めた。


女将はしばらくほほを染めると村咲の笑顔の余韻を噛み締めながら、店内の片付けを始めた。

村咲はガラス玉を拾いマジマジと覗く。

その一つひとつの玉の中身は違っていた。

そして、机の下に潜り込んだとき村咲の血の気が引く。


「だあぁぁ〜っ!!あだっ!」

拍子に机に頭をぶつけた。ぶつけた頭を押さえながらもう一度、視線を向ける。

そこには子どもがうつ伏せに倒れていたのだ。

そしてその小さな手が村咲の足を掴んだ。


「気持ち…悪…い…」

村咲を見上げるその顔はやはり子どもで、おかっぱ頭の少女であった。齢十歳くらいだろうか。

顔面蒼白。まるで酔いつぶれて具合が悪くなった感じである。


「まあ、なんだい、この座敷わらしみたいな子供は!」

村咲の叫び声にまたまた女将が顔を出し、その子どもを見て驚く。

「おい、俺、こんな子供と飲んでたのか!?」

村咲の顔面はさらに青くなり、女将に救いを求める。

「まさか、確かに若かったけどね…どこぞの花魁の禿(かむろ)じゃないかい?」

昨晩は忙しかったこともあり、女将もわずかに残る記憶を便りに、村咲の向かいに座っていた女の顔を思い出そうとするが、村咲の顔しか思い浮かばない。


「番屋にでもつれていけば迷子でも、見つかるか…」

諦めた村咲は、残りのガラス玉を拾い女将に貰った花柄の巾着に詰め込むと、倒れていた小さな少女を背負い店を出る。

女将が別れ惜しそうに村咲の顔を見上げた。


「あら?」

村咲の額からは汗が浮かび、体は小刻みに震えている。

「どうやら飲みすぎたようだな、震えが止まらない」

「お大事にしてくださいよ!!千暁さんも心配なさいますよ」

「おぅ、世話になったな」

そういうと村咲は『呑』をあとにした。



ここは『和の国』大江戸一番街吉原桃源郷。

大江戸内にある一番街という市街地の端に、まるで隔離されるように高い塀に囲まれた陸の孤島。吉原と言っても遊郭に当たる(くるわ)は島の中にたったひとつ『お城』と呼ばれる大廓だけ。


それも、大江戸を取り仕切る幕府の役職者が会合や接待に使用したり、どこぞの組織が密会に来たりと一般の市民の使用はおろか吉原と言う名前がつくだけで、女が体を売ることは、禁止されているのだ。

それは、村咲を雇っている伊勢千暁なる女が一年前に突然現れこの街の改変に勤めているからである。


女が牛耳る街なのだ。


そのため、女たちが切り盛りする飲食店、小物屋、髪結い床、雑貨屋などが夜中まで賑わいを見せている。

『呑』の女将もここへ売られてきたものの、居酒屋亭主などを任されるようになってしまった。


ここは働く女たちの笑顔が溢れている街に変わっている。

しかし、街は眠りについている時間のようだ。

夜の活気溢れる女たちの声は聞こえない。

薄い朝靄のなか少女を背負い村咲は番屋に向かって歩く。


「宵闇には気を付けよ」


「おう、送り犬か…朝からご苦労様」

突然後ろから村咲に声をかけてきたのは送り犬という妖怪である。

一見して真っ白な狼のような風体である。

だが悪いことをする気配はなく、村咲の横にピタッとついて歩いてきた。


「何かあったのか?」

村咲は送り犬を見ずに訊ねる。

「臭う。気を付けよ」

「臭う!?確かに昨日飲みすぎたみたいだけど…このあとはデートもないし平気だろ」村咲は苦笑いをする。

「違うわ!!バカ者!最後の忠告だ。気を付けろよ!そのわっぱただのガキじゃない」

そう告げると、送り犬はその場に座り、村咲を見送った。



この吉原桃源郷が一番街から隔離されているのには訳があり、方位で言えば鬼門に当たる。

そしてその華やかな雰囲気に紛れ妖魔や妖怪などといった正体のわからぬ輩が入り込みやすいのである。

そのため、ここに妖怪などを集めてしまえば大江戸はその点では安泰なのである。


妖怪なんてその辺にうようよ見える。のは村咲だけのようだが、村咲はこの地に着く前から妖怪とは縁があったようだ。

なにもなかった村咲の特殊な能力と剣の腕を見初めた千暁は、村咲に、吉原を脅かす様な妖怪を成敗する仕事を与え雇い、この地に住まわせている。

それが、村咲のここでの生業である。


「て、ホント思い出せない…頭まで痛くなってきた」

足元がおぼつかない。

「…村咲か?どうした?」

すると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「あ、いっちゃん…」

いつの間にか村咲は膝をつきその場に倒れそうになっている。


現れたのは吉原の街を護る警察部隊「吉原巡察隊」三班の班長である斎藤イチ。

隊員を引き連れ朝の巡回中だったようだ。


「大丈夫か?顔が真っ青だぞ」

イチが村咲に駆け寄り顔を覗き込む。

その相変わらずの整った綺麗な顔にイチは自分の顔を近づけるのが恥ずかしく感じたがそれどころではない。

本当に具合が悪そうだった。肩にそっと手を置く。


「いっちゃん…この子を頼む…」

そう告げると、村咲はその場にうずくまったまま動かなくなる。

「…おい?村咲?」

様子のおかしい村咲の背中を軽く突っついた。

「ひぃっ?!」

「は?」

その瞬間、村咲は後ろに飛び退き、イチに向かって土下座した。


「ほんっとすんません!!私なんぞがあなた様に頼み事なんか!!ほんっとすんません!!腹切ります!!」

突然上着を脱ぎ、腰にさしていた刀を鞘から抜き、その切っ先を自分に向けようとした。


あまりに突然のことで辺りの時が止まってしまったが、刀の冷たい光を見てイチは我に返る。


「ちょっ!!ちょっとまて!!止めろ!!」

刀を握る村咲をイチと隊員は押さえつける。

「お許しください〜!!」

ジタバタと手足を動かし抵抗を続けていた村咲が急に止まった。

「全く、どうにかならないのか?このヘタレは…」

イチが呆れながらため息をつく。


「え?なにが?いっちゃんなにしてんの?」

気付けば上半身裸で男たちに羽交い締めにされている。

村咲の思考は停止した。

同時に、イチの顔が真っ赤に染まった。


ゴスッ


「いたぁ!何すんだ!!」

なんだかわからないが、イチは村咲を殴った。

そして、村咲の腕から手を放すと立ち上がり、目線だけを下げる。

「また、ヘタレていたぞ」

「…!こんな子どもでもダメなのか!!あの女狐め!」

少しだけ、複雑な表情をしたイチには気づかずに、村咲は立ち上がると着物を直し、刀を鞘に納める。


「女に身を寄せられるとヘタレるなんて、いい呪いだな」

イチの口の端が少し緩む。

「お陰でこっちは大迷惑。色男が台無しだろ?…いっちゃん…いっちゃんで試すか!!」

「はぁ!?」

村咲がイチの前に立ち両手を広げ満面の笑みを向けた。


「おいで!!」

ゴスッ

イチの強く握られた拳は、がら空きになった村咲の腹に食い込んだ。

「試すなら女で試せ。次は斬る」

イチは少女を抱えると番屋へと足を向けた。

今度こそ…次は…いつだ…!?

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