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華となれ 2

棟方と一緒に現れたのは、吉原唯一の廓、通称「お城」からやってきた加津だった。

そして、加津が持ってきた問題に、あの男の名が。

「おい!イチ!いるか!?」

朝の巡察を済ませ、番屋の掃除をして過ごしていたイチを呼ぶものがあった。

「棟方さん?どうしました?」

巡察を交代したはずの棟方がご機嫌な笑顔を向けイチを玄関に呼び寄せる。


「加津、さん!?」

「イチ……久しぶり」

そこには、お城随一の踊り子太夫である、加津かづが棟方と一緒に立っていた。

どおりで棟方がご機嫌なわけだ。


しかし、ここでイチの警戒はますます強くなる。

加津を連れてきた自慢をするためにわざわざ自分を呼びつけるだろうか。

第一、加津が棟方とここに訪れるなど何か自分に用事がある以外考えられない。


「どうぞ」

一体、加津は何をしに来たんだ、と疑心暗鬼になりながらイチは奥の接客室へ棟方と共に加津を案内した。

「では、こちらへ」

部屋の障子を開け、二人が入ったのを見計らいそのままフェードアウトしようとしたイチを加津は慌てて引き留める。

「あ、イチ!あなたも一緒に!」

「??」

想定内の事ではあったが、加津の慌てた様子は今まで見たことがなかった。

「はい……」

しょうがなく、入り口近くにちょこんとイチは座り、ニコニコ顔の棟方が上機嫌で加津に話しかけるのを待った。


「さて、加津さん!俺らにできる事なら何でも言ってください!!」

「ありがとうございます」

考えてることはその笑顔からは読み取れないが、棟方の言葉に安堵の表情を浮かべながら加津は口を開く。


「数日前の事にございます。とある要人様をお相手していたうちの子が姿を消しました」

「なんと!」

わざとらしい驚き方をして見せた棟方とは対照的に、イチはどんな難題が舞い込んでくるのか真剣に加津の話に耳を傾けていた。


「しかし、その方に訊くと、何も知らない。見送りされた後の事だろう。と」

仲間が一人いなくなったのだ。加津の瞳はだんだん暗くなっていく。

「確かにその一人だけでは、その人間を黒と決めるには少々早いのでは?」

聴いていない様でしっかりと話を聴いているのが棟方の怖いところである。


「……三人です」

「!?」

「必ずその方を相手した子がいなくなっているんです」

「そりゃあ……」

流石に事件性を認めざるを得ない状況だと、棟方は表情を硬くした。


「私も以前お見かけし、お話をさせて頂いたことがあるのですが、とても気さくで優しい方なのです」

「それでも、そいつは知らないの一点張り。と言うことですね?」

「……はい」

もう、どうすればいいのか、話をする加津の顔はどんどん思いつめたものとなっていく。


「何かがあった現場を抑えない限り、それ以上は追及もできない。というわけですか」

イチが、静かに口を開いた。

「ええ、今回はそのご相談なのです」

「しかし、我々には中の事に関しては、どうすることもできません」

イチが加津に申し訳ない気持ちを込めつつ冷静な表情で言い放つ。


「そうですか……」

「加津さんのお力になれず、申し訳……」


「いや!ちょっと待てイチ!!」

黙り込み何かを考えていた様子の棟方が、イチに向かってそれ以上は言うなと言うかのように手のひらを開いた。

「何ですか、棟方さん!」

余計なことを言う。イチには直感的にそんな気がしていた。


「我々にできるのは巡察をお城中心にするということだけな様な気がします!」

威勢の割に普通の意見を言ったな。とイチは安堵の表情を浮かべた。


「しかしです!」

もう、これ以上何ができるのか、イチの心には一抹の不安しかない。


「この街の人間を護るのが我々の使命!出来ることはただ一つ!!!」

棟方は勢いよく立ち上がり、拳を握りしめた。


「潜入捜査です!!!」

「はぁ!?」

柄にもなく、イチが大声を出してしまった。


「このわたくしめが!加津さんのお付として!お城の中へ参りましょう!!」

何を言い出したかと思えば、下心見え見えの提案。

イチは、呆れ交じりの大きなため息を吐いた。


「あなたは顔が知られています。そんなのすぐにバレますよ」

「ぅぐ」

イチの冷静な発言で、棟方の全身から力が抜ける。

「じゃあ、お前はこのまま放っておいて犠牲者が増えるのを指をくわえて見てろと言うのか」

半ば、ふてくされ気味の棟方にイチは鋭いまなざしを送り、さらなる提案を加えた。


「例えば、女装して潜入しその要人の担当になれば……」

と言った瞬間その場が静まり返った。


さらに、イチは自分が言ってしまったことを思い返し、棟方の女装姿を思い浮かべてしまう。


「ぶふっ!無理ですね!ククク」

その滑稽な姿にイチは笑いが止まらなくなる。

「待てよ」

「ゴツ過ぎっ」

未だに棟方の気持ち悪い姿が頭から離れないイチを、棟方と加津がニヤニヤと見つめている。


「イチ!お前がやるんだよ!!」

棟方が勝ち誇ったように笑い、イチを指差した。


「まあ!イチさんなら!体格も違和感なく!」

加津も間髪入れず、棟方の提案に乗った。


「!?」

開いた口がふさがらないイチなどお構いなしに、二人の顔には勝利の笑みが浮かぶ。


「お前なら、多少何があっても役人程度には負けないだろ!」

「うんうん、お顔も可愛いし!きっと似合いますよ!」

「おい!ちょっ!」

「そうと決まれば準備をしましょうか!」

「では、私イチさんに合いそうな着物選んできます!」

イチの声など無視でもしているかのように、とんとん拍子に話が進んでいく。


「冗談じゃない!!!」

隊の中でも大声の似合わないイチが、渾身の力を込め入る余地を作らない棟方と加津の会話を遮った。

その表情には、怒りが入っているようにも覗えた。



「ちょっと待て、怪しすぎる」

取り乱してしまった自分の頭を一度クリアにしたイチには、どう見てもこの二人の言動がおかしいように思えてきた。

あまりにも息が合い過ぎている。


「俺がここに置いておかれたのが仕組まれたことだとしたら、辻褄が合うしな」

二人の表情が焦りへと変貌していく。


「お、お前が言いだしたんじゃないか!」

ここまで来たらもう引けないはずだが、棟方がむちゃを承知で声を絞り出した。


「それは……」

女装をしての潜入は確かにイチの口から出たものだ。

だが、誘導されて出たものとも考えられる。


イチには、もうこの二人が事前にこうなるように企んでいたとしか考えられない。


「きっと『大江様』も気に入ってくださると思います」

加津の口から洩れた言葉にイチは反応した。


「大江……だと?」

お城の前で、今朝起こったことを思い出しそこに居合わせた、大江の顔を思い浮かべた。

「なんだ、イチ。知り合いか?」

つけ入る隙を見つけたかのように、すかさず棟方がイチを問い詰めた。


「いや、今朝の巡察でちょっとだけ話をしたんだが」

その様子からは、とても何かを企てるような怪しい雰囲気は感じず、むしろこちらが守らなければいけない役人なのではないかと思わせる佇まいだったがな、とイチは首をかしげた。


「加津さんの話通りの気のいい男という印象だった」

今のイチには嘘はない。優しい笑顔だった。


そんな男が疑われていること自体、イチには信じがたい事である。


「身の潔白を証明する。ということもありなのか……」

それならば、大江の疑いを晴らしてやりたい。そんな気になっていた。


「決まり、だな」

先ほどまでのテンションがどこかに行ってしまったかのような落ち着いた声を出す棟方に、イチはいまだ決意は固まらないにしても同意をせざるを得ないといった眼差しを向ける。


突然相手をするなど出来るわけがないので、今晩より加津に付いてお城のなかをよく調べておくこととなった。

加津は長い時間留守にしては、下のものに悪いということで先にお城へ引き返していった。


「いいのか?」

「?」

加津の後姿を見送りながら困り顔を浮かべるイチに、棟方は静かに話しかけてきた。


先ほどまでは、乗り気で変装を勧めてきたくせに急にイチがいまだ決心が付かないことを見透かしたような、逃げ場を与えるような言葉をかける棟方。


「やるしかないのでしょう?」

そんなふうに言われたら、尚更やめるなんて言えなくなるものだ。

イチはため息交じりに、頷く。


「わりぃな、厄介な話に乗っちまって」

「いえ、俺も、あの男は気になっていましたから」

イチはそう言うと、棟方に背を向け自分の部屋へ歩き出した。


「おい!イチ!」

「!?」

イチの後ろ姿を見るとすぐに棟方が引き止める。


「酒は禁止だぞ!あと、お前のその怖い目つきやめろ!愛想よくな!それから……」

親元を離れてゆく子どもにいつまでも未練がある親のように、この後も延々と棟方の話は続いた。


お読みいただきありがとうございました。

うまく利用されている棟方にしか見えませんでしたが、巻き込まれてしまったイチが可哀想に感じます。イチは無事に潜入できるのでしょうか?次話更新をお待ちください!

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