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華となれ 1

新しい章の幕が上がりました。

どんな事件が始まるのやら?主人公は今度こそ目立ってくれるのでしょうか??

「冗談じゃない!!!」

真昼間の吉原の街に怒鳴り声が響く。

その声の主は、誰もが本当にコイツが出したのか?と疑ってしまうほど『大声』が似合わない斎藤イチだった。

珍しく、取り乱した様子もうかがえる。

イチをそれほどまでに憤激させた事態を説明するには、時間を遡る必要がありそうだ。



それは朝の巡回でイチの率いる3班が、吉原の中心に鎮座する大廓「お城」と呼ばれる建物の前を通った時のある出来事から始まる。


お城では幕府の要人がお忍びで会合を開くことがあり、そこを狙う不逞な輩がいないか警護隊は目を光らせる。

実際、まんまと出くわした浪士たちと剣を交わらせたこともあった。

隊の中では1、2を争う剣の腕を持つイチにあっという間に地に伏せられてしまったのだが。


今朝もまた、あの時と同じような場面が展開されたのだ。


「斎藤殿は、お城に縁がありますな」

隊員の一人が刀を鞘から抜きながら、イチに笑いかけた。

「冗談……」

朝の静かな空気とその存在自体の気を合わせるように集中しながらイチは呟く。

剣士と言うには小さいその体からは、抑えきれない殺気が漂っていた。

合計5本の剣先が、一番の手練れと認識したイチただ一人に向いている。

イチは体を低く沈め刀に手をかけた。

「怯むな!ガキからやっちまえ!!」

5人が一斉に刀を振り上げ、イチに向かってくる。


「ガキ……だと!?」

相手の動きの流れを一瞬で計算し、寸分の違いもなくその足は滑らかに動いていた。

途切れることのない曲線を描きながら刀は相手を次々と斬っていく。


無駄のないイチの一連の動作が終わりその背後には、何があったのかすら理解できず立ち尽くす浪士たち。

そして刀が地面に落ちる音に続き、一人また一人とその場に伏せ落ちた。

その時にはすでにイチの刀は鞘に納められている。


「連れて行け」

動きを封じられてしまった浪士たちは、隊員たちに縛られ番屋へと運ばれていった。

血の飛び散る地面を眺め、イチは血の付いたその拳を握りしめる。


そして、その場に感じていた別の気配に向かって小さく声をかけた。


「また朝帰りか?」

その存在が姿を見せるとイチの表情は少しだけ柔らかくなる。


「なんだよいっちゃん!俺だって見回りっていう役目があるんだから!」

派手な着物に、紫色の長い髪を一つに結った男が、へらへらとした表情を湛えながらイチに近づいてきた。

「ただ飲み歩いているようにしか見えないがな」

イチの嫌味にも男は表情一つ変えない。


「それにしてもいっちゃん相変わらず可愛げがないよなぁ~」

近づくと割と長身な男はイチの顔まで目線を下げ、整ったその顔をイチに近づける。

「黙れ、村咲!!可愛げなど必要あるか!!」

男の額に握った拳を軽くぶつけ距離をとった。

自分の顔が少しだけ紅潮したことを感じ、バレては厄介だとイチは顔をふいと横に逸らす。


「いっちゃん可愛いな」


村咲シオン。

華やかな街の雰囲気に呼ばれどこからともなくやってきてしまう、この世に存在を不確かなものとして認識されるいわゆる「妖怪」が悪さをしていないか夜間を中心に見回りをしている妖怪退治屋。

普段は目に見えない妖怪を普段の風景としてみることのできる能力を持ち、この吉原を牛耳る「伊勢千暁」なる人物に直接雇われている、なんともつかみどころのない男である。


「女装して、着物とか着たら絶対可愛いよな」

まじまじとイチの顔を眺め、一人納得したように呟いた。

「勝手に言ってろ」

村咲の相手などしていたら、警護隊の隊長「棟方」からまたどやされてしまう。

いちはさっさと村咲から離れようと踵を返した。


とさっ

「おっと」

「!!」

真後ろに人がいたことに気が付かずその人物に抱きとめられるイチ。

瞬時に手で押しのけ、刀に手を置いた。


「いや、私は……」

イチの気迫に押され、その男は思わず両手を上げる。

「いっちゃん大丈夫?」

村咲は面白いことが目の前で起こったな、と楽しげな表情を浮かべながらイチに声をかけた。


「誰だ?」

村咲の反応などお構いなしに、微笑む男にイチは更に警戒を強める。

「すみません。何事があったのかと野次馬をしていました」

男はそう言うと、刀を構えられているにもかかわらず、屈託のない無邪気な微笑みをイチに向けた。



年は村咲と同じくらいで、しかしそれほどの身長はなく、やせ形と言う感じでもない。

むしろ抱きとめられた感覚からいえば鍛えられた身体を隠しているという感じだった。

そして、村咲と比べると、妙に落ち着いた大人の男。と言う印象を受ける。


「ちょっといっちゃん、俺と比べてるでしょう?」

図星ではあったが、イチに見つめられてどことなく嬉しそうな村咲は放っておくことにした。



「あ、すみません。質問の答えがまだでしたね。私は『大江公時おおえきんとき』と申します」

大人の余裕を全身から醸し出しながら、大江はイチに向かって軽くお辞儀をした。


ふと大江の胸元を見ると、先ほど押したときにイチの手についていたであろう血がきれいな着物についてしまっている。


「すまない!血が!」

先ほどの浪士の一味かと誤解していたイチは、警戒を解き刀から手を放し、自分の手と大江の胸元を慌てて見比べる。

「いえ、これくらい大丈夫ですよ。こちらこそ誤解されてしまうような登場の仕方でしたね」

ついてしまった血痕に少し驚いた様子はあったものの、申し訳なさそうに頭を下げる大江に、勘違いしてしまったことを逆に申し訳なく感じてしまう。


「お兄さんも、朝帰り??」

「んなっ!村咲!」

イチの後ろから村咲が割り込み大江に尋ねるが、このまま解放しようとしていた矢先の事だったのでさすがのイチも声を上げた。


「……ええ」

恥ずかしそうに頭をかきながら、少し子どもっぽく笑う大江。

「お城から出てきましたよね?」

「村咲!もういいだろう?」

しつこく大江に話しかける村咲をイチは止めた。


「大江殿、着物汚してしまい申し訳ない。どうすればいいだろうか?」

「いえ、これくらい気にしないでください。巡察ご苦労様です。では、私はこれで」

戸惑うイチに向かって、にっこりとほほ笑むと大江はそのまま大橋の方へ向かって歩いて行った。


その後ろ姿をイチは珍しく見送っている。


「いっちゃん?」

「!!」

ぼーっと大江の消えた方を見ていたイチに、村咲は声をかけた。

ふわふわした時間の中にいるような気分に浸っていたところを、急に戻されイチは声もなく驚く。


「帰しちゃってよかったのか?」

「え?」

突然真面目な顔に戻る村咲を、イチは見上げた。

「お城から出てきたってことは、何か幕府のお役人さんか何かじゃないの?」

「あ」

そんなこと考えもせず、話も聞かずに帰してしまった自分が恥ずかしい。


「ま、悪人じゃなさそうだし警護する心配はないんじゃない?」

そんなイチをフォローするように捨て台詞を残すと、村咲はふらふらと吉原の街の中に消えて行った。



「ていうか、やっぱりお前も朝帰りだったんじゃないか」

大江にかけた村咲の言葉を思い出し、呆れながらその背中を見る。


「さて、もう一廻りいくか」

なんだか朝とは思い難い時間を過ごした気がしたが、イチは残りのメンバーと巡回の経路をもう一度確認し、ゆっくりと歩きだした。


しかしこの後、逸れてしまった軌道を戻したはずのイチの元に、とんでもない依頼が舞い込んでくる事となる。


お読みいただき、ありがとうございました!

相変わらず戦っているのはイチだけの気がしますが、主人公は今回頑張ってくらいついてました!イチが上げた叫び声の真相は次回明らかになります。

次話更新をお待ちください。


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