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雪はやがて、溶けるだろう

大江戸をにぎわせていた雪女の事件は天華の消失によって幕を閉じた。

しかし、あの男は行き場のない思いを抱え街を巡回している。

「雪舞う街に編」最終話です。


雪女、そして犬神の大江戸騒動は一旦幕を閉じた。

吉原の街に降り続いていた雪は止み、街は何事もなかったかのように、女たちの活気に満ちた声であふれている。

だがこの騒動の渦中にいたある男だけは、未だに事件の解決ができないでいた。


夜の吉原に真っ青な羽織を靡かせ、傍らには刀を携えた男がやる気になさそうな顔を浮かべて歩いている。


「はぁ…」

ため息と共に吐き出された白い息は、冷たい夜空に消えていった。

見上げた夜空は、冬の澄んだ空気のおかげで満天の星空を映し出す。


「ここにいたのか」

哀愁漂う男の背中に、声をかけるものがあった。

「遠藤さん」

大江戸警察の隊長で、目の前にいる冴えない表情の男棟方の田舎時代からの親友である。

「どうだ?一杯」

気付けば、棟方がよく通っていた飲み処『呑』の前だった。


「イチから話は聞いた」

熱燗の入った徳利をそっと棟方の猪口に傾けながら、遠藤は口を開いた。

「…そうですか…」

いつもならグイッと口へ運ぶはずの並々と注がれた酒の透明な面を棟方はただ眺める。

「大変だったみたいだな…退治屋にも協力してもらったんだって?」

「!」

その言葉を聞き、にやりと笑う村咲の顔を思い浮かべた瞬間、手に持つ酒は棟方の喉を一気に通過した。

その様子を見た遠藤は何かものありげな瞳を棟方へ向けた。


「なんにしても、今回の騒動は解決したわけだ!ありがとうな!」

棟方の空になった猪口にまた酒を注ぐ。

「…あぁ…遠藤さん、俺は…」

「正三…」

棟方が何かつぶやこうとした言葉を遠藤は遮り、自分の酒を口に運んだ。


「今回の件で、アイツら自分の力のなさに絶望したって言ってたぞ」

遠藤は口の端を緩ませ、優しい笑顔を見せる。

「ったく、しょうがねぇ奴らだ」

ふと、犬神の力に歯が立たず吹き飛ばされた自分の前に現れた、イチと好司の背中を思い出した。

頼もしい背中だと思った。

そして、こいつらとこれからも一緒に居たいと思った。


「まだまだ…だな…」

「!?」

遠藤がニヤッと笑い棟方に徳利を差し出す。


「もうちょっとお前さんにはここで若いやつらを見てもらわないと、駄目なんだろうな」

本当は、棟方の存在は遠藤にとって喉から手が出るほど欲しかったものだった。

困ったような、期待するような複雑な顔をしながら、遠藤は笑いかける。


「遠藤さん…」

「あいつらの事、この地の事…これからも、頼まれてくれ」

今度は、迷いのない力強い視線を棟方の弱っていた瞳に向けた。

遠藤の眼差しを受け、棟方の瞳に少しだけ光が射す。


「ああ、任された」

半ば照れ笑いのように微笑んだその表情は、悩みが消え安堵した表情だった。


「ここには、退治屋もいるしな!」

「!!」

遠藤は見事に機嫌のよくなった棟方の地雷を踏んだ。


その後はもう祭りのように棟方は暴れるように飲んだわけだが、突然我に返ったように立ち上がった。


「遠藤さんわりぃ!」

「なんだ!どした!?」

真っ赤な顔をして、辺りをきょろきょろと見回す遠藤。

完全に酔っぱらった遠藤の目の前には、顔面蒼白の棟方。


「『アイツ』迎えに行かなきゃ!」

「『アイツ』??」

「くっそ、あのヘタレにまた貸し作っちまう!」

遠藤の言葉など耳に入らない様子の棟方は、急にそわそわと動き出す。

そして、遠藤の肩に手を置くと、にんやりと微笑んだ。


「今回の騒動の報酬ってことで!じゃ!!!」

ぼやっとしている遠藤と飲み代の書かれた伝票を置き去りに、棟方はその場を走り去ってしまった。


「…やっすい報酬だ…」

すでに姿のなくなった棟方の消えて行った方を見ながら、遠藤は笑い、伝票を見る。

「安くねぇ…」

一瞬にして、酔いが醒めた。



夜も深くなってはきたが、街は店の灯りと街燈の優しい光にまだ輝いている。

その中をものすごい速さで、走り抜ける棟方の姿があった。


手には、途中で寄っただんご屋の包み。


そして、目的の建物に到着しその階段をゆっくり上がる。

もし眠っていたのであれば起こしてはいけないと物音に気を使った。

が、その部屋の前についたが明りがついていない。


「眠っちまったのか?」

酔っ払った状態で走ったせいか、急に胸が気持ち悪くなってきた。

「しょうがねぇ」

なるべく大きな音がしないよう、そのドアをコツコツと叩く。

「?」

誰かがいる様子もない。


その時、階段の下の方から声が聴こえてきた。

棟方は慌てて下を覗くと、見知った顔が仲よく話をしながら昇ってくる姿がある。


「村咲~っ」

低く腹の底から出された声に上を見上げた村咲は一瞬にして表情を硬直させる。

「げ、帰ったの正ちゃん…」

その隣にはカナ。

そして、村咲の肩には小さな少女が乗っかっていた。


「ムナカタっ!」

棟方を見つけると少女は満面の笑みでその両手を広げ、足をバタバタさせた。

「ちょっ!危ない危ない!!」

「てめ!落とすなよ!!」

少女が暴れバランスを失った村咲に棟方は駆け寄る。

だがその状態を少女は楽しんで余計に体を大きく揺すった。


「あああっ」

村咲の体が傾く。

「わーい!」

少女は地面へ向かって一直線に倒れるスピード感を楽しむ。


「小雪っ!!」


ズザーッ


棟方は地面すれすれで少女を抱きしめるとそのまま積もっていた雪の山にダイブした。

村咲はそのまま一人雪に埋もれてしまう。


「大丈夫か!?けがはないか!?」

雪の中から這い出した棟方はその腕の中に抱かれていた少女に声をかける。


ぼふッ


棟方の顔面に雪の塊が直撃した。


「ムナカタ、臭い!」

小雪と呼ばれた少女が棟方の顔に掴んだ雪を塗りたくる。

「ムラサキがい~い!」

棟方の凍結した顔は今にも血管が切れそうなほど真っ赤だった。

そんなことお構いなしに小雪は棟方の顔に雪を当て続ける。


「こらぁ~!!」

何かが切れた音と共に棟方も小雪の顏に雪の塊を当てた。

「ぶわっちべたい!」

ぶるぶると顔を振りその雪を落とす。

「えい!」

小さな手に握られた雪は固まる間もなく棟方の顔面に投げつけられた。

近距離の雪合戦がしばらく続くと、まわりの雪も少なくなり手に泥が付く。

お互いにそのまま硬直すると、小雪は手につかんでいた泥の塊を地面に落としその手で棟方の手を握った。


「おかえり」

ただ自然と口を滑った言葉。

小雪はなぜ言ってしまったのか分らない顔をしたが、すぐににっこりと笑った。


同じく、小雪から出たその言葉に棟方は違和感を覚え驚きを隠せなかったが、小雪の笑顔を見て表情をゆがませる。


「ただいま」

少し、のどに何かが詰まり目頭が熱くなったが、ぐっとこらえて小雪に笑顔を送った。


天華が求めていたのはきっと、こんな平凡な事だったんだろうと思いながら。



「しょーちゃん今、泣きそうになったでしょ!!」

「ぐへへ、年だけは取りたくないですね~」

その横で、村咲とカナが煽り立てた。

棟方は、地面にむき出しになった土を思いっきり握る。


「へたれ、礼だ!」

こみ上げる怒りを抑え、村咲にだんご屋の包みを投げた。

村咲はそれを受け取ると、にやりと笑う。


「俺を太らせる気か」

「……ふん!そのつもりだ!」

素直じゃない棟方の背中を村咲は見ると、その視線を小雪に向けた。


「おやすみ、小雪ちゃん!またね!」

村咲は棟方に抱き上げられ笑顔の小雪に手を振る。


「またね!ムラサキ!」

それに応え小さな腕を大きく振りながら、棟方と小雪はその場から消えて行った。



「まったく、雪ん子を預かるなどこの地を一生雪国にするつもりか!?」

二人の影を見送りながら呆れた様子でカナは村咲を見上げる。

「ん~そうでもないんじゃない?」

村咲は、棟方と小雪が掘ってしまった地面を指さした。


そこにはむき出しになった土壌から、小さい何か草のようなものの芽が出ている。


「ちゃんと春は来るさ」

カナの頭をポンッと触り、村咲は階段を昇って行った。



どれくらいの冬を超えてしまったんでしょうか…

雪舞う街に編、やっと完結に至りました。根気よくお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。

次話更新をお待ちください。

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