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雪舞う街に 9

「雪女」天華を巡って、現れた犬神達との戦い。そして、降りつづける雪のなかの戦いに、果たして終止符は打たれるのか?!

どんよりと空を覆っていた分厚い雲から静かに舞い落ちる雪が、その場を白く染める。

乾燥した空気の中佇む刀を携えた者たちは、寒さを感じさせない熱い眼差しを湛えていた。


誰一人として、言葉を漏らすものはない。

ただ白く吐きだされる息の幽かな音だけがそこにあった。


「参ったな…」

先に話し出したのは関西の妖怪犬神である、東雲月夜だった。

「妖怪をかばう人間などみたことないわ」

その怪しい微笑みには呆れた様子がうかがえる。


「人間が我々に何をしてきた!見た目が違うというだけで、住処から追い出し!生きようとその手を伸ばしたのに蹴り飛ばされる!お前らは消えればいい!消えればいい!!」

静寂をぶち破り東雲は両手を広げありったけの声で大空に向かって叫んだ。

その瞳には、憎しみと怒りに歪んだ感情とほんの僅か、どこか憂いを感じさせるものを湛えて。


「東雲様…」

天華の瞳からまた大粒の氷の結晶が浮かんだ。


感情を露わにした東雲の迫力に動けなくなる一同などお構いなしに、ぎろりと目線だけ村咲の方に落とす。


「邪魔をするやつも、人間につくやつも消えればいい!!」

突然東雲の下に積もった雪が舞いあがると、その体は村咲に向かってとてつもない速さで接近してきた。


咄嗟に刀を構え突き出された刃を受け止める。

身体の芯にまでその重みが響いた。

開いた隙間に『蜘蛛切』を滑り込ませ体勢を直すと今度は村咲が切っ先を東雲に向ける。

しかし、その突きももう一方の手に持つ鉄扇によって遮られた。

村咲の刀はさらに次の手を繰り出すが、両手に得物を持つ東雲に全てかわされる。

東雲のスピードに村咲の神経と体は必死に食らいつく。

激しい刀の動きにその場の緊迫感は一気に高まった。


刀の交わる高い音ではなく低く鈍い音がその場に舞い落ちる雪の動きを止める。


村咲の腕から流れ出る血が滴となり東雲の頬に撥ねた。

東雲の視線と村咲の視線が交わる。

東雲がにやりと笑いその血を長い舌でぺろりと舐めた。


村咲の動きが止まったほんの一瞬の隙。

見失った片肘が村咲の顎に横から振り落とされる。

骨の衝突する重たい音がした瞬間には村咲の体は東雲の下に転がっていた。


「村咲!!」

村咲が倒れると棟方が抜刀し、同じタイミングでイチと好司も刀を構え東雲に元へ駆け出す。


「無駄や!」

村咲の身体を蹴飛ばすと、東雲は鉄扇を開く。

滑らかな動作でその鉄扇を振ると辺りの雪や店の外に置かれた棚や木片などが視界を遮り三人の足を止めた。

それでも、足をしっかりと地面につけ吹き飛ばされるのをこらえながらじりじりと前に進む。


「なんや、そんなに死にたいんか」

足止めにも動じずそれでも向かってくる棟方たちに東雲はイラつきを隠せなくなる。

さらにもう一度、その鉄扇を振った。

先ほどよりも激しい風が起こり、巻き込まれて飛んできた物と共にイチと好司が吹き飛ばされる。


「イチ!コージ!」

棟方は何とかこらえるが一歩も前に出ることができない。

「なんで、そんなに必死になんのや!?コイツは妖怪やで?」

東雲は眉間にしわを寄せ、棟方に憎悪の視線を向ける。


「妖怪だろうが人間だろうが関係ねぇって言ってんだろうがっ!!!」

棟方が巻き起こる雪の嵐の中精一杯の力を込めて叫んだ。

「棟方様…」

天華の瞳から涙が零れ落ち滲んだ視界に、止まったかのような景色が映る。


「お前は特に嫌いや…」

全く前が見えていない棟方めがけて東雲の仕込み刀の切っ先が風を斬る矢のように迫っていた。


「棟方様!!!」

天華は考える間もなくその足を前に踏み出し雪で覆われた地面を蹴っていた。


その尖った剣先に気付いた時にはもう遅かった。

肉体を刃物が通過する生々しい音が棟方の耳に届く。

だがそれは自分の体でなく、目の前に突然割り込んできた長くきれいな髪を揺らす別人のものだった。


「天華!!!」


天華の体から突き出た真っ赤な血を染み込ませたその刃は棟方の腹の手前で止まる。

髪で顔は見ることが出来なかったが、小さく声が漏れた。

「余計なことを!!」

天華を挟んだ向かい側の目の前にいた東雲は、その刀の先をさらに深くねじ込もうとしたが、棟方の体の前で突き出た先を天華の手が掴んでいる。

そして、その手の先からとてつもない冷気があふれ、煙管を伝って東雲の腕を凍らせた。


「ちっ!」

腕を固められ、動けなくなった東雲の背後でギラリと光る刀が渾身の力を携えて振りかざされた。

「終わりだ!!」

その刀は東雲の背中に大きな傷を負わせ、吹き出した血が真っ白な景色を真っ赤に染めた。


「村咲!!」

そこには立つのもやっとな苦悶に満ちた表情を浮かべた村咲が、意識などないような状態で『蜘蛛切』を握りしめていた。

深く背中を斬られ、動揺した東雲は煙管の刀を天華から引き抜くとその場から離れる。

その瞬間天華の体は地面に崩れ落ちそうになるが、棟方がしっかりと抱きとめた。


「まあ…ええわ」

フラフラとおぼつかない足取りで今にも倒れそうになりながら東雲はそれでも、余裕を感じさせる笑みを無理やりに浮かべる。

「目的は果たされた、おもろいもんも見れた。わざわざ足を運んだ甲斐っつうもんがあったわ」

東雲は棟方と天華の方をちらりと見ると、村咲たちに背を向け、鉄扇を頭上で旋回させた。

瞬時にあたりの雪が巻き上げられ、一帯に竜巻が巻き起こり村咲たちの目をくらませる。


「痛み分けや。こっちも、部下をやられた…」

東雲は血まみれになって倒れる猫又の寅吉に視線を落とした。

「ほな、行くで猫!」

「ハイにゃー」

倒れていたはずの寅吉が何事もなかったかのように立ち上がり、東雲の横に走り寄る。


「元気じゃねぇか…」

歪む視界の中にあってその状況が見えていた村咲がつい突っ込んでしまった。


「またな」

地面のほとんどの雪が舞いあがったと思うと、急に動きがなくなりはらりと雪が地面に舞い落ちる。

「待て!」

村咲が東雲たちの方へ駆け寄ったときにはもうその姿は竜巻の中から消えていた。


「あいつ、なんなんだ…」

敵の姿を見失い、風の動きが収まると緊張の糸が解け、体の痛みが村咲を襲う。



「おい…」


訪れた静寂の中、棟方の声が力なくその場に響く。

その胸に抱かれた天華の着物は真っ赤に変色していた。


「むな、かた…さ、ま」

天華の声は、白く吐き出される息とともにすぐに消える。

「なんで、こんな俺なんかを庇ったんだ…」

悔しさと無力さで棟方のかすれた声が涙のように天華に零れる。


「人間も…妖、か…いも、関係…な…い」

棟方の腕に天華の体の重みが伝わってくる。

その体から、冷気が漂い始めるとだんだん体が軽くなり始めた。


「私、の…罪は…消えな、い」

身体から浮き上がる冷気と共にその存在も消え始める。

「もう、いい何も言うな…」

天華の消え始めた体を棟方はきつく抱き寄せた。


気が付くと雪の勢いが消え、はらりとひとつの雪の結晶が天華の頬に落ちる。


「ありが、とう…」

天華は棟方の胸に顔を寄せ微笑んだ。

その瞬間、天華の体が弾け、棟方の目の前には雪の塊だけが音もなく残された。


「ち、くしょう…」

天華の体であった雪を握りしめ、あったはずのものがその手にないことに空しさを覚える。


「棟方さん…」

イチと好司が瓦礫から這い出し、棟方の背中を見つめた。

「しょうちゃ…」

村咲も、棟方の方へ体を引きずりながら近づく。



「うをあ!?」

「!?」

突然、棟方が後ろに飛び退いた。

ついでに、真後ろにいた村咲も巻き込んで二人は雪面に倒れこむ。


「何!?痛いんだけど!!」

押し倒された村咲をよそに棟方の体は震えていた。

「う、動いた!!」

恐る恐る棟方は天華の残した雪の塊を指さす。


「??」

一同はその塊をじっと見つめた。


「ぶはあああっ!」

「うわああああっ!」

その中から、勢いよく飛び出してきた物に全ての人間が目を丸くして驚いた。


「?」

口をポカンと開け硬直している全員の目に前に、小さな女の子が怪訝そうな顔をして立っている。

「な、なんだお前…」

棟方が意を決して言葉をかけるが、女の子は、首を横に傾げその大きな瞳をぱちくりと動かすだけだった。


「おーこれは、『雪ん子』じゃな」

カナが、女の子に近づき上から下までじっくりと見つめる。

真っ赤なほっぺに、ざっくりそろっている前髪。大きな瞳。

「雪ん子!?」

「…そうか、そういうこともあるのじゃな」

何が何だか分からなくなる一同に、カナだけは冷静に何かを悟ったようだった。


『雪ん子』と言われた女の子が小さな口を開き、まるで初めて言葉を口にするかのようにたどたどしく何かを呟く。

「む、な…」

「!?」

一言一言を思い出すように繋げた。


「む、な、か…た」

「!?」

雪ん子は見たこともない人間のその中から棟方を見つけ、名前を呼んだのだ。


「天華…」

その小さな体は棟方に近づくとその腕の中に潜り込む。


その体はとても冷たいものだった。

だが棟方は何も言わず、その腕の中にある確かな存在を優しく抱きしめる。


こみ上げてくる熱い思いに雪ん子が溶けてしまわないかひやひやしながら。



お読みいただきましてありがとうございました。

今回で、雪女編は一応おしまいです。次話で、その後を綴っていきたいと思いますので更新をお待ちください!

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