雪舞う街に 8
雪女と正体を明かした天華を追って、犬神である東雲が吉原の街に降り立つ。
村咲は倒れた棟方に代わって、天華の手を引き街を走る。しかし、すきを突かれ天華は東雲の手に渡ってしまう。
「よー村咲!楽しそうなことしてんじゃねーか。俺も混ぜろよ」
棟方の刀は真っ直ぐに東雲の首筋に突きつけられていた。
だが、東雲は薄く笑うだけ。
「生きてたんだ?」
村咲が棟方を見ながら嬉しそうに笑った。
「棟方様…どうして…」
寅吉に捕らえられている天華が信じられないものでも見たかのように目を丸くし棟方を見る。
当の棟方はケロッとした顔をしていたが、天華に氷を張られた腹の辺りには帯のようなものが巻かれ、そこから少しだけ血がにじんでいる。
「冷たくて余計に目が覚めちまったじゃねーか」
棟方は軽く腹を触り傷は浅かったことを天華に向かって叫ぶ。
「ごめんなさい…私には…あなたを殺すなんて…」
天華の瞳からまた、涙が溢れる。
「兄さん…あんたかい?うちの『雪女』に変なこと吹き込んだのは…」
東雲が呟くと、カチッと棟方の刀に何かが当たった。
力など全くいれていないのにその刀にものすごい圧力がかかり、弾き飛ばされそうになる。
「なんだこれ!!」
必死に東雲に刀をあてがおうとするが、その手に持つ鉄扇は凄まじい力を蓄えていた。
刀がガチガチと震える。
腹のサラシ帯がジンワリと赤みを帯びてきた。
「人のクセによく耐える」
東雲は余裕の表情でもう一度その鉄扇を当てる。
一瞬で棟方は道の端まで吹き飛び、店の壁に激突し、衝撃で上から大量の雪が落ち、その姿を隠した。
「棟方様!!」
「あらら…」
村咲は拍子抜けした声をあげ、天華は目を伏せた。
「すまんな…人間に合わせて加減できんのや」
東雲がニコリと笑うと今度は村咲の方を見た。
そして、人差し指を村咲に向け何度も曲げ伸ばしをして、挑発する。
「あんたやろ?メスギツネの抱え込み用心棒て。ちょうどええわ、相手したる」
「余裕だな…」
村咲の手が『蜘蛛切』にかかる。
ゆっくりとその刀を引き抜いた。
はらはらと舞う雪もその刀を避けるように滑り落ちていく。
その一粒が落ちた瞬間。
激しい金切り音が辺りに鳴り響いた。
村咲と東雲の、刀と扇子が交わる。
村咲が刀を押すが扇子は全く動かない。
東雲が嬉しそうな表情を浮かべた。
「おもろいなぁ?」
「はぁ!?」
力に余裕のなくなってきた村咲が、それでも扇子の圧力に食らいつく。
一度体ごと後ろに跳ねると、直ぐに踏み込みまた刀を振り上げた。
先程よりも大きな音が鳴る。
今度は何度も何度も刀を振るいその度に、頭が痛くなるような鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。
そしてまた、同じように刀と扇子が重なり動きが止まった。
「単純やで」
「そうかい!?じゃあ、やり方を変えさせてもらう!!ぜっ!!」
村咲の足が東雲の足を蹴り払った。
体がくらりと斜めになる。
その体めがけて『蜘蛛切』は振り下ろされた。
「じゃあな!!」
村咲は東雲を見下ろし冷徹な視線を送る。
しかし、東雲は刀の光を見ながらニヤリと口許を引き上げ、その扇子を開いた。
一振りする。
「!!」
村咲は周りにあった雪を巻き込みながら、扇子から起こった激しい風に吹き飛ばされ地面に雪ごと転がった。
「残念。イタッ!!転んでもうたやないか!!」
結局雪の中に体を埋めた東雲は一人、楽しそうに寝転ぶ。
「ロン毛の兄ちゃん、これ、扇子やで。本来の使い方知らんのかい?」
扇子を開きながら、雪に埋もれて倒れた村咲の方を見た。
「そうだったな…」
村咲は直ぐに立ち上がり、刀を構え、口許の血をぬぐう。
「さすがは東雲様だにゃ!!人間なんかイチコロだにゃ!!」
「村咲さま!!棟方さま!!」
「動くんじゃにゃい!!」
天華は無惨な光景に、油断して力を緩めていた寅吉の腕から逃れ、雪に埋もれる棟方の方へ走り寄ろうとするが、直ぐに捕まってしまう。
村咲が東雲に刀を向け踏み込み、懐に近づくが、扇子の風力にまた吹き飛ばされてしまう。
「あれぇ」
東雲が雪に足をとられよろけた。
一瞬の隙に村咲が切っ先を向け飛び込む。
「ぐっ…」
村咲の顔が苦痛に歪んだ。
村咲の刀が届くよりも先に東雲の長い煙管が村咲の肩に刺さっていたのだ。
東雲は得意気な表情で煙管を握る。
「特注やねん」
刺さった煙管を引き抜く。
その先端には尖った短い刀が仕込まれていた。
刺された肩をつかみふらつく村咲の顔面に東雲の鉄扇の先端が向けられる。
「じゃあな。きれーな顔のにーちゃん。もっと苦しむ顔見たかったがな」
固い鉄が振り上げられた時、天華が叫んだ。
「もう、やめてください!東雲様!!また、力を貸しますから!!村咲さま!!逃げてください!」
東雲は腕を上げたまま止まった。
「逃げる?」
小さく呟く村咲の肩から血が滴り落ちる。
「悪りぃな、それだけは出来そうにない…」
『蜘蛛切』の柄が赤く染まり、滑り落としそうになったが、きつく握り直す。
東雲は扇子を下げ、それを天華に向ける。
「勘違いするな。オレらはお前を連れ戻しに来たんやない。消しに来たんや…」
「そうだったにゃ!!」
「でしたら私だけを!!その方々は関係ない!!」
東雲は表情を変えず冷たい眼差しを周りに振り撒く。
「オレは邪魔するやつが大嫌いや。メスギツネも、ロン毛の兄ちゃんも、目付きの悪い弱い兄ちゃんも…そして…」
ふと、東雲は空を仰ぎ見た。
白い雪に灰色の厚い雲。
だがその雲のなかには無数に存在する鳥のような影が確認できた。
「天狗党…」
「嗅ぎ付けよったか…」
辺りにまた別の空気が漂いはじめる。
「にやああああぁぁ!!」
突然寅吉が叫び、背中から血を吹き出しながら、東雲の方へ倒れ込んだ。
一同が天華の方を見る。
「貴様ら、如何様でこの吉原に?」
血の滴り落ちる刀を携えた人物が静かに問いかける。
「誰や…」
動揺は全く見せない東雲も静かに口を開いた。
寅吉から離れた天華は、小柄だが頼れるその背中に隠されている。
「イチ様…」
「いっちゃん…」
隊服を着たイチが目をつり上がらせ、そこに佇む。
そして棟方の方から叫び声がもうひとつ。
「おーい!!起きろ!!バカゾ~」
カナが小さな体に戻り、棟方の埋まっている雪を掘り起こす。
「カナ!!」
村咲は視線を移し、その姿に思わず声を上げた。
東雲はカナを見て、瞬きを一つした。
「何してんねん…カナ…」
その声に背を向けていたカナは動きを一瞬止めたが、また手を動かす。
「…しかし、おもろいわ…」
東雲が扇子を口許に持っていき周りの光景を一望する。
「ロン毛の兄ちゃんは、妖怪退治してんのやろ?他の人間もなんでそんな妖怪を庇うねん」
東雲がカナと天華を交互に見ると、眉をしかめ首をかしげた。
「悪かねぇんだよ」
村咲はうつむきながら血で真っ赤になった刀の柄を両手でしっかり握る。
「悪かないんだ…こいつらと過ごす時間がさ。護りてぇーんだよ」
村咲は肩を押さえながら、口元をゆるませる。
その言葉にカナがギュッと目をつぶりうつむいた。
そして、棟方の刀がピクリと動きその手にしっかりと握られていることにカナは気付く。
「妖怪だか、人間だか…んなもん、関係あるのか?護りてーもの護って、何がおかしい…」
棟方が体を地面に預けながら口を動かす。手は、腹を押さえていた。
「棟方さま…」
棟方はゆっくりと立ち上がると東雲に剣先を向ける。
「それにここで騒ぎを起こされちゃぁ困る。オレは…」
ただまっすぐで迷いのない目線が東雲を睨み付けた。
「オレは…吉原警護隊の、隊長だからな!!」
ありったけの体力で棟方は叫ぶ。
「棟方さん、その言葉…忘れないでくださいよ」
そして、棟方の前にもう一人の人物が背を向け立ちはだかった。
手には刀を携え、柄をきつく握っている。
そして東雲に向かって口を開いた。
「吉原警護隊一班班長。沖好司、見参」
「同じく吉原警護隊三班班長。斎藤イチ、見参」
棟方の前にイチも立つ。
天華は棟方の横に連れられてきていた。
「コージ、イチ…おめーら…」
棟方は顔を下げそっとその目元を袖でぬぐう。
「あんたにしか俺らはまとめられないさ。まだまだ俺には隊長なんて無理」
「護るために戦う、それが生きる意味だから」
今まで共にこの街を護ってきた同士の頼もしい背中に棟方がまた顔をあげる。
「そう言うことだ!!俺らがいる限り、ここをどうにかできると思うなよ!!」
棟方が天華を後ろへ隠し、刀を構え直すと、力強く叫んだ。
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戦う村咲・・・吉原警護隊のいっちゃんとコージ君の登場で物語は一気に佳境へと向かっていく・・・!?
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