雪舞う街に 7
鬼と対峙し、最悪の状況に陥った棟方を救ったのは天華だった。
天華の正体とは…そして、天華を追うもう一つの存在が姿を現す。
やっとあの方が登場してきます!!
目の前には氷の中で苦しみの形相を浮かべたまま凍り固まる鬼の姿があった。
この光景は遠藤から話で聞いていた何かのイメージと同じものであると気付く。
棟方の頭の中で色々なものが繋がっていく。
「お前がやったのか…!?」
天華は煙が涌く手のひらを押さえながらコクリと頷いた。
違うと言って欲しかった。
棟方の表情はまるで凍りついたように固まり、その場から動くことも、他に言葉も出ない。
降り始めた雪が二人の間を遮りはじめた。
「オレは…」
棟方の手が雪を掴み震える。
雪を踏みしめる音が棟方の方に近づいてきた。
「棟方さま。お願いがあります」
地面に座り込み動けない棟方の前に天華がしゃがむ。
天華の微笑みはなぜだか、憂いが込められているようだった。
「?」
「私をこれで殺してください」
雪に埋もれかけた棟方の刀を天華は掴むと柄を向け手渡す。
「なにをバカなことをいっておる!!」
そこにカナが慌てて姿を表した。
「お願いです!!」
天華は棟方に向かって土下座した。
「俺に…お前を斬れと…」
「お願いします」
「お前『雪女』なのか?」
「…はい…」
「…」
棟方の手が刀の柄を握った。
「待ってくれ!!棟方!貴様、命の恩人を斬れるのか!?よく考えるのじゃ!!」
カナだけがこれから起こることを食い止めようと必死になっている。
だが、二人の時間はまだ動き出さない。
出会わなければ良かった。
棟方は天華を知らなければ迷うことなく斬ることができたはずだ。
遠藤の期待に応え、そのまま本部に合流できたのだ。
だが、目の前にいる天華に刀を向けることができない。
自分に救いを求めた天華を、自分を捕まえる立場の人間を救った天華を、どうすればいいのかわからなかった。
「ダメですか?…では…」
低く小さい声で天華が呟くとその手のひらから冷気があふれ出す。
天華が棟方に体を寄せると、棟方の体はピクリと動いてそのまま力無く地面に崩れた。
「天華!」
カナが二人に駆け寄り棟方を見る。
怪我をしていた部分だけが凍り固まっていた。
「何をしたんじゃ…」
「大丈夫、気を失っているだけです。棟方さんをお願いします…」
そういうなり天華は立ち上がり、雪の中に走り去ってしまった。
「おい…生きてるのか?」
カナは棟方を抱き寄せ声をかける。
しかし返事はなかった。
「この程度でくたばる霊か!?」
カナがそう怒鳴った時、その背後にゆっくりとした足取りで雪道を歩く音が近づいてきた。
「騒がしくて寝てられないんだけど…」
「村咲!」
村咲は煙管の煙を吐きながら氷の像と化した鬼を眺める。
「どっちへ逃げた?」
「頼む…あやつを救ってやってくれ…」
「…九六助のほうか…大変なことになりそうだな…」
村咲は白しか色がない道の先に目を向け、静かに息を吐き煙管を加え、放した。
「番屋よりうちの方が近いだろう。暖めて寝かせとけ。オレが何とかしてやるよ!」
そう言うと村咲は雪闇の中へ消えていった。
あの人は殺せない…
もう誰も手にかけたくない…
天華は深々と降り続く雪の中を転びそうになりながらも走っている。
やがて先ほどの九六助稲荷の前に辿り着いた。
「オサキ様!!お助けください!」
いるはずのない祀られた神の名を叫び膝をつく。
「もう、逃げるのは疲れました!どうか…出てきて…」
瞳から涙を流しそれは氷の粒へと変わる。
だが現れたのは別の存在だった。
「妖怪が神頼みとは、落ちたものだな『雪女』よ」
ゆっくりとした台詞に、妖しい闇をまとった影が天華の後ろに立っている。
天華の顔がその正体を確認する前に、恐怖で歪んだ。
「全くですね!!」
もう一つの声も敵意をむき出しの声を上げる。
「東雲様…」
「会いに来てやったで」
振り向くと、人間の風貌をした男が二人立っていた。
東雲と呼ばれた男は、首に長い布を巻きつけ白い着物が似合う妖しくも品のある整った顔立ち。
しかし、その頭部には獣の耳がくっついていた。
瞳の中には色と狂気を湛えている。
「仕事の続きをしようではにゃいか。幕府の要人をもっと氷漬けに…」
もう一人はつり上がった目に同じく耳をつけ、頬から細く長い髭を伸ばしている猫のような男。
「嫌です…」
猫のような男に対しては強気に言葉を発する天華。
「にゃにを言ってる。貴様は東雲様に救われた恩を忘れたか?」
「確かに、東雲様に救われた命です。ですが、もう終わりにさせてください…」
二人の会話を聞いているだけだった東雲は、怪しく口許を引き上げた。
「では、そうしよう」
一言だけ呟くと、懐から華の柄が描かれた扇子を取り出す。
それを閉じたまま天華の頭上に掲げた。
この扇子が振り下ろされれば全てが終わると、天華は目を閉じ最後の瞬間を待った。
「待てよ…」
降り続く雪の中から派手な刀を肩にかけその声の主は近づいてくる。
「にゃんだ貴様は!?」
「にゃんだと聞かれれば教えてやろう。我の名は村咲シオン!天華を預からせてもらうぜ」
姿を現した村咲は刀を腰元に構え、低い体勢になった。
「ほう…」
村咲の構える刀に目をやった東雲は顎をあげ、面白そうに村咲を見下す。
「お前が『犬神』か?」
「そんな名もあったがな。名乗ってもらったついでに教えてやるわ。東雲月夜の通り名でやらせてもらってん」
「しののめつきや…」
「そーや。東の千暁、西の月夜。妖怪退治するんなら覚えとき。まあ、妖怪統一するんは…」
東雲が今度は顎を下げて、眼下に影を作り、村咲を睨み付ける。
「オレだけど…」
「東雲様…関東弁になってます!」
「うるさいわっ!」
猫男の突っ込みに東雲は間髪入れず扇子をその頭部に叩き落とした。
「あがぁぁっ!!」
バキッと頭が割れる音が響き、猫男は頭部から赤い血が流れるのを手で押さえながら地面を転がり回る。
その扇子は鉄製の重たく固いものだった。
「さて…あ…」
東雲が目を村咲に向けるとその姿は、天華と共にその場から消えていた。
「あいつ…」
余裕のあった東雲の表情に怒りが浮かぶ。
「猫!いつまでやっておる!!はよ追いかけんか!!あっちや!」
「はいにゃー」
のたうち回っていた猫男は平然と立ち上がり、東雲の指した方へ走っていった。
東雲は腰にぶら下がる長い煙管を掴むと草を積め火を着ける。
「このオレから逃げられるわけあらへん」
平静を取り戻した東雲の口から洩れるピンク色の煙が、雪に溶けて消えた。
「村咲様…」
「へ?」
村咲は天華と共に雪降る吉原の街を急ぎ走る。
仲の大通りに出たが、降雪のため人もおらず、店もほとんど閉まっていた。
「無駄です。あの方からは逃げられません」
「そんなことわかんねーよ。だけど、オレはお前を守るって決めたからな!!」
白く熱い息を吐きながら、まっすぐ前だけを見て走る村咲の手は天華の冷たい手を強く握る。
「むだむだにゃ~」
通りに面した店の屋根の上をすごい勢いで猫男が駆けてきた。
「なんだあいつ!!」
「猫又の寅吉です。東雲の仲間です!!」
「猫なのか寅なのかわかんね~なっ」
突っ込んでいる場合ではないことはわかっていたが言わずにはいられなかった。
寅吉が屋根を跳ね上がり、二人の方へ飛び降りる。
咄嗟に村咲は天華を後ろに隠すと、刀の柄を素早くつかみ引き抜いた。
「猫はこたつで丸くなってろ!!」
真上から落ちてくる寅吉を、光を帯びる刀はあっさりと真っ二つに引き裂いた。
「うぎゃあああ!!」
寅吉は影となりゆらゆらと消える。
村咲は刀を納め天華の方を振り向いた。
「!!」
「まんまと幻覚に騙されたな!お前はバカにゃ!!」
寅吉が天華の腕をつかみ村咲の前に立っている。
「よくやったな」
寅吉の向かい、村咲を挟んだ反対側に雪の中から東雲が怪しい笑みを浮かべながら現れた。
だが、振り向いた村咲は東雲の姿に危機を覚える様子がなく、少しだけ口許を緩める。
「バカはテメーらの方だ」
東雲の背後からその頭部に刀の切っ先が向けられた。
東雲は焦ることなく目線だけを後ろの人物に向ける。
「棟方様…」
そこには眼光鋭く東雲を睨み付ける棟方の姿があった。
お読みいただきありがとうございます。
東雲月夜と寅吉に追われ、囚われてしまった天華。
忘れてもらっちゃ困ると棟方が復活してきました。
東雲の実力は次話で!!
次話更新をお待ちください。