雪舞う街に 6
吉原の街に積もる雪は何かを隠すかのようにその街を包み込む。
雪女の捜索に、本部への移動…いろいろなものを抱える棟方。
次々と訪れる妖怪たちと生活を共にし始める村咲。
どちらもこの雪に体調を悪くしながらもそれぞれの道を進んでいる。
そして、寝込む村咲のもとに誰かが訪れてきたようだ。
自分一人しかいないはずの部屋の中にいつの間にか人の気配がある。
風邪をひいているせいで夢と現の間、音のない時間をしばらく布団の中で過ごしていたのだったが。
カナが帰ってきたのか。
いや、カナなら天華もいるしもっと騒がしいはず。
それとは別の、静けさを身にまとった怪しい気配。
イチか?以前看病に来てくれたことがあった。
しかし、誰かが頼まない限り来る用事はないだろう。
四の五の考えるより、確かめたほうが早い。
村咲は考えるのをやめ、ゆっくりとその目を開けた。
「起きましたか?」
村咲の横で女が静かに座り佇む。
真っ黒い長い髪に、赤い着物の襟を大きく開き色目かしく肌をだしている。
つり上がったその目はまるで獲物を捉えた獣のようにじっと村咲を見つめていた。
「樹狐…」
吉原を牛耳る伊勢千暁という女。
なにもない村咲を拾い、それから何かと村咲を気にかけて妖怪の情報を寄越してくれる、村咲には恩人である女だが、その使いとしてこの樹狐とは面識があった。
知っている気配だったからあせることはなかったのだ。
「『座敷わらし』に憑かれているそうですね」
「まあな…」
村咲は立ち上がることもなく、寝そべったまま両手を頭の後ろに組んだ。
「千暁様はさほど驚いてはいないようでしたが…よろしいのですか?」
「あぁ…」
相変わらず樹狐には感情がなく、会話も淡々と進むだけだった。
村咲にはそれは面白くないのだが、今は具合がよくない。
逆にこの方が気を使わないし、楽だった。
「さらに、また可笑しなモノと関わってらっしゃる。こちらは千暁さまが心配しております…」
「…珍しい」
熱のせいか、ぼんやりと眺めた天井が歪んで見え始める。
「…その妖怪の命を狙うものが現れました。アイツは恐ろしい…」
感情のないはずの樹狐の顔がどことなく暗闇を湛えた様に見えた。
「天狗以外にか?」
「ええ、その輩は問答無用の抹消を企んでいます。自分の領地を広めるため、西からやって来たようです。千暁さまはその存在の入所を懸念されておられるのです」
「ふーん…そんな奴がね…」
とても大事なことを話しているようではあるが、村咲はきちんと考えることも出来なくなり、返事もそっけないものとなった。
「『犬神』です…お気をつけください」
ほとんど、朦朧としていた意識が瞳を閉じることでふわりと体ごと軽くなる。
「宜しいですか?あなた様のその『蜘蛛斬』で斬らなければ妖怪たちは救われないことを努々お忘れなく…」
消え行く意識の中で、樹狐の姿が人ではなく獣のように見えたが、村咲の視界から溶けるようにしてその姿は消えていった。
村咲はそのまま静かに眠りについてしまう。
「ここが九六助稲荷じゃ」
カナが天華を連れて吉原の外れに建てられた鳥居と神を奉った祭壇の前にやって来た。
神社の縮小版といった様子だ。
「苦労を助ける。と、イワレがあるそうですね」
天華が笑顔で小さな神社を見つめた。
「妖怪が神頼みか?」
カナは横目で天華を見る。
「藁をも掴む思いです!!」
天華はさらに笑顔を全開にして微笑みを返してきた。
「しかし、その神は、何度見ても、おらぬ。気配はあるのだが…」
「そうですね…意味、ないですね。どこへ行ってしまったんでしょう?」
二人は敷居も跨がずその目前で揃って首をかしげる。
「こんなとこで何してんだ?」
そんな二人の後ろから聞き覚えがあるが若干、鼻づまりで生気のない声が聞こえた。
「げっ!!棟方…」
「おっ!!貴女は!!」
数名の隊員と連れ添って棟方が見廻りをしていたところだった様だ。
カナを見つけるなり、満面の笑顔を向け素早く寄ってくる。
そして、隣の天華に目が行くと口を閉じ、驚いたように眉をしかめた。
「知り合いだったのか?」
「え?えぇ」
「ヘタレ村咲はどうした?あの野郎…女二人だけで放るなんてどういう了見だ…」
ただでさえつり目のその目じりはさらに持ち上がり、いかにも機嫌が悪いといった表情を見せる。
「村咲様は風邪をひかれております。私たちが勝手に出てきてしまったのです…すぐに帰ります…」
天華がカナの腕を引っ張り、早くその場から離れようと棟方に背を向けた。
「待て待て待て!!」
「なんじゃ?」
「あそこの近くまで、見廻りコースです!一緒に行きましょうか!カナさん!」
棟方は今度はにこやかな笑みを二人に向けてきた。
天華もカナも無言で頷くと、その一行の後をゆっくりと着いていくことにした。
掘り沿いの単純な道だったが見慣れた景色とは違い、雪化粧をし新たな表情を見せる吉原の路。
真っ白に凍った水辺に夕日が反射したと思ったら、あっという間に日が隠れた。
分厚い雲が日の光を遮り始めたのだ。
「また、降るか?…暗くなる前には帰れると思うんだが…えと、こっちだったよな…」
「あの…棟方さん?」
隊員の一人が眉を潜めて、挙動が落ち着かない棟方を見る。
「なんじゃ、帰り道わからぬのか?来た道を帰っていればよかったのぉ…」
カナがスバリ言うと、棟方の肩がピクリと上がった。
「た、たしか、どこかの角を…」
普段なら何でもない道が頭に入って来ない。
明らかに体が重たく、足もうまく前に進まない。
「大丈夫ですか?なんかフラフラしてますけど…」
天華が棟方の腕に触れた。
「…手、気持ちいいな…」
棟方はその手を取り、自分の額に当てる。
「熱い!!」
思わず、天華が棟方から手を放した。
棟方の身体中から残りの熱が沸き上がり、天華もまたのぼせたように赤くなる。
「ぬしらまっかじゃぞ…」
「や、やはり、ご無理をされているのでは?」
「うるせーっ!!」
そう棟方が叫んだときだった。
薄く張られた堀の氷がピシピシと音を立てる。
ほんの些細な音だったが、その下から溢れてくる怪しげで危険な妖気の様なものを棟方とカナは瞬時に察した。
「引け!!」
棟方が天華とカナの手を取り掘り沿いから離れるように走り出す。
「どうしたんですか?」
事情がわからない三人の隊員は困惑の表情を浮かばせ棟方たちを見た。
「バカ野郎!!早く来い!!」
そして隊員の背後の氷がすべて裂かれその中から真っ黒い影がたくさんの冷水を撒き散らしながら勢いよく現れる。
目に止まらない速さでその影の掌が大きく振られた。
巡察隊員の三人はその風圧で一瞬にして吹き飛び、家屋の壁に激突し、動かなくなる。
「鬼じゃ!!」
「何で、こんなとこに!?」
「見ツケタ…」
「あいつ!!あん時の!?」
その鬼の胸には斜めに斬られた刀傷があった。
棟方は自分が斬った傷だと気付く。
「お前らここを動くなよ!!」
棟方はカナと天華を家屋の影に隠れさせ、刀に手をかけながら鬼に向かって駆けた。
「おい!!」
勢いよく鬼の前に飛び出し刀を鞘から抜き去る。
「人間ノクセニ!!」
堀の中から鬼が飛び出してきた。
その手には刀が握られている。
冷たい水が雨のように棟方に降り注ぎ視界が悪くなった。
しかし、棟方の瞳は一点の黒い影を捉え決して離さない。
「一太刀だ!!」
素早い構えから刀を振り上げる。
しかしそれは鬼の刀によって静止し、同時に鋭い音が辺りに響いた。
「コンナモノカ…」
「くっ…」
意識が遠くなりそうなところを必死に繋ぎ止める。
寒いはずなのに身体中からは熱を発し、汗が吹き出てきた。
「あいつ、体調悪そうじゃな…」
「え…」
カナの一言に、天華は目を丸くし、すぐに棟方の方を見る。
確かにまっすぐ立っているようで足元がふらふらしているようだった。
そして、天華は力強く鬼を睨み付ける。
「モウ終ワリカ?」
「ふざけるな…お前、仲間呼ぶなんて卑怯だぞ!!」
「ハ?」
棟方の視界がぼんやりとし、鬼が何重にも見えている。
その全てが刀を振り回し、向かってきた。
「ヤバッ…」
避けきれない、と体を硬直させたときだった。
「棟方さま!!伏せて!」
「ん!?」
突然の叫びに思わず体が反応してその場に体を倒した。
背後からものすごい冷気が押し寄せ、棟方の上を通過する。
そして、鬼の叫びに慌てて顔をあげた。
「氷!?」
鬼の体は丸々全て氷に包まれている。
後ろを振り向くと、天華が掌から冷気を帯びた真っ白な煙を燻らせていた。
「お前…」
空から白い雪がゆらゆらと吉原の街に降り始める。
突然現れた鬼に天華の力が発揮される。
一体その力はなんなのか??
そろそろ、あの方が優雅に登場してきます!!
物語は急速に進んでいきますので、次回更新をお待ちください!!
お読みいただきありがとうございました!