あの子
あれはばあちゃんがまだ元気だった頃だと思う。
いつもより少し暑かった夏も、ようやく終わりかけようとしていたある日だ。なんとなく秋風の吹くその日も、ばあちゃんからいいつけられた、お使いのために、村で唯一のコンビニへ、僕はいやいや出かけていた、確かその時だったと思うが記憶は定かではない。
もう、日は暮れていたはずだ。見上げると、所々小さな星々の輝きで、澄んだ紺色の空とコオロギの小さな鳴き声が秋風に揺れて美しかったのを覚えている・・・。
その時だった。何も見えなかった暗い道の向こうに一人の女の子が浮かび上がってきた。
村では見たことのない女の子だ。僕と同い年の女の子だ。
ここは北国の小さな村だった。大体の同い年の女の子の顔と名前は押さえていた。その僕の知らない女の子だったのだ。僕はすぐに目と耳を澄ませた。
その子はこの村の女の子にはない、そう、何か、何かだったきがする。その子は持っていた。この村の女の子が持っていないものだった。真っ赤なスカートを履き、少し、香水の臭いをまき散らしながら歩いていた。そんな女の子に僕はすれ違いざまに思わず声を掛けたのだ。
「ねっ、ねえ、君・・・?」声が聞こえないはずはなかった。しかし、彼女は僕が声を掛けても振り向きもせずに、通り過ぎて行った。僕はしばらく振り向いたまま、その子の後ろ姿を、夏の夜風になびく、長い黒髪を見つめていた。僕はその時、村で唯一の小さな小学校へ通っていた5年生だった。恋愛というほどの年齢ではなかった。僕の心にはそれほどの傷は残らなかった「どうせ知らない女の子だ」僕はしばらく振り向いたまま思っていた。
ところが次の日だった、学校に行くと、先生の横に、その子があの真っ赤なスカート履いて立っていたのだ。そして先生がにっこり笑って、クラスのみんなに向かって言った。
「今日からみんなの友達になる美里理恵ちゃんです」
するとその子は深々と頭を下げた。
「美里理恵です。理恵って呼んでください」
そして彼女は頭を上げると、その子を見つめていた僕をチラリと見つめた。めったに来ない転校生だったので、休み時間はみんな彼女の周りに輪になった。しかし僕はその輪に入れなかった。
恐かった。「また無視されるのじゃないか」僕は一人で机に座って、そ知らぬふりで教科書を呼んでいた。
すると良太が一番に彼女に声を掛けたのだ。
「ねえ、どこから来たの?」人の子とは言えないが、奴はやたらと女の子に近づいていく。
他の男子は一歩引いて彼女を見つめてるというのに、声までかけていやがる。
僕は少しムカついた。奴は僕といろんな面でライバル関係にある男子だった。
(成績は一番は無理だったが、二番と三番を争った)
とりあえず彼女がなんと答えるか、僕は耳を澄ましたが、意外に彼女の声が小さくて聞こえなかった。しかし、にこやかに笑って何かを言っていた。良太は笑っていたのだ。
あの様子からするとあの子はかなりおとなしい女の子に違いない。
すれ違いざまに声を掛けられ、返事をするような子ではないらしい。
僕を嫌がって無視したわけではないと思い、僕は少し安心した。
そこでお昼休み、給食を早めに済ませた僕は、思い切って彼女の机に近づいた。
その時、恵の視線を感じたが、僕は気にしなかった。
しかたがない、彼女は恵よりも可愛いいのだ。
恵は4年生になった頃から僕と良太が奪い合ったが、恵は僕を選んだのだ。
それ以来、学校が終わると、僕は毎日公園の分かれ道まで、少し遠回りになる道を恵と一緒に学校から帰ることにしていた。だが僕は心の中で決心していた。今度はこの子だ。
当然良太も僕を見ていたようだが奴には今度も負けない。僕は思っていた。
彼女の机に近づいた僕は彼女に聞いた。今度はただの好奇心ではなかった。昨日僕の家の近所で会ったのだ。家は僕の近所に違いない。「これからは、この子と学校から帰る」。僕は決心していた。
「君、どこに住んでるの?」
まだ、給食を食べていたその子に僕は聞いた。
その子は何も言わずに給食を食べ続けていた。僕はもう一度聞いた。
「ねえ、どこなの?」
するとその子は言った。
「よしてくれない、まだ食べてるの」
僕は驚いた、というか、傷ついてしまった。さっきの良太への返事とはまるで違う、その子は僕にきつい一面を向けたのだ。もろくも僕の決心は崩れ、しかもそれが僕のトラウマとなり、僕はそれ以来女性への「告白」という行為がまるっきりできない男になってしまった。
ただ恵は違った。それ以前に自分の思いを打ち明けていた恵には、何でも言えたのだった。
その日も学校が終わった帰り道、ちょっと冷たい恵の横で僕は俯きながら歩いていた。
「今日の給食美味しかったわね」恵はいった。
「そうだね・・・」僕は俯いたまま囁いた。
恵は体格とおり寛容な女の子だった。その一言で、その日のことを恵は許してくれた。僕はそれ以来、理恵に近づくことはやめた。
終わり




